まいごのまぞく
「魔族」
そんなん急に言われてもリアクションできんわ。
なにそれ。この世界ってば、そんなのいるの?
「魔王とか召喚するって話は聞いたけど、それの……」
劣化版と言いかけて本人の前だと気付く。なんぼなんでも失礼だ。そもそも、この子だって無理やり召喚された被害者だろうしな。
怖いのか寒いのかその両方なのか、こっちを睨んだまんまプルプルしてるし。
「まあ、いいや。助けよう」
「そう、だな。危ないぞミーチャ、ここはあたしが……って、うおぅッ」
前に出かけたティカ隊長の鼻先に小さな雷撃が弾ける。咄嗟にステップバックして躱した反射神経は大したもんだけど、相手も只者ではなかったようで二発三発と追撃が打ち込まれた。
「ちょッ、おい! ちょっと待て!」
「来ルな! 近付けバ、殺ス!」
「……ああ、もう……」
神経質になってるのも尤もだ。俺だって、召喚直後にいきなり身長ほどある戦鎚を背負った異世界人が迫ってきたら警戒くらいはしただろう。
実際、俺の場合はゴブリンの集団だったけどな。
「ヘイゼル!」
ティカ隊長を止めて下がらせ、トラックに残ってもらってたツインテメイドを呼ぶ。見た目で言うと、彼女の方が警戒されないんじゃないかと思ったのだ。なんとなく魔法に対する耐性も強そうな気がする。
「なあ、ちょっと落ち着いてくれ。危害は加えないし、助けたいと思ってるんだ」
「信用デきルか!」
「そらそうだよな。わかる。俺もさ、同じような目に遭ってんだよ」
「ア⁉︎」
小さな雷を指先に宿したまま、魔族の少女は俺を睨みつける。どうも消耗が激しいらしくて、顔色が見るみる青褪めてゆく。低体温症か貧血か魔力欠乏症か、もしくはその全部だ。
「俺も異界から召喚に巻き込まれたんだ。ほら、俺には魔力がないの、わかるか?」
「……無能、だナ」
ひでえ。いや、魔族基準で言うと、そういうことになるのかも知らんけどさ。
「そういうわけで、巻き込まれた不運は理解してる。それで、魔物やら事故やらで君がこれ以上の不幸な目に遭わないように助けに来た」
「……」
「ミーチャさん、お呼びですか」
睨み合っているところに、ヘイゼルがやってきた。
俺は彼女に頼んで、タオルと毛布、それと着替えを出してもらう。
「温かい飲み物があればそれも」
「では紅茶を出しましょう。真空魔法瓶に用意があります」
ヘイゼルを見た魔族娘は、ビクリと身を強張らせた。
……あれ。なんか、俺とかティカ隊長に対するのと、ずいぶん反応がちゃうんですけど。
「……キ、貴様、……何者ダ⁉︎」
「何者と言われましても、通りすがりのメイドですが」
「嘘を吐くナ!」
指先の電撃は消えて、両手は胸元を掻き抱いている。背後の壁にピタリと身を寄せ、あからさまに怯えていた。なんなんだろう、メイド嫌いかゴスロリ嫌い?
首を傾げたヘイゼルが、怪訝そうに俺を見る。
「英国恐怖症でしょうか」
「知らんし。……なんだ、そのパワーワード」
そんなんあんのか。つうか、あったとしても異世界のさらに異世界から来た少女が発症するもんじゃねえだろ。
「だ、騙さレんゾ! 貴様、魔王並ミの魔力を隠匿しテいるナ!」
「「えー」」
ティカ隊長と俺がチベットスナギツネのような顔でヘイゼルを見る。不思議なことに、意外とは微塵も思わなかった。たぶんティカ隊長もそうだったんだろう。
なんかヘイゼルって……ひとりだけ規格外というか、常識の枠外な感じするし。
「……ワタシ、は……」
緊張の糸が切れたのか気力が限界を迎えたのか、魔族娘はパタリと横倒しに倒れてしまった。
俺たちは慌てて駆け寄るが、震えながらも息はしているのを見てホッとする。
「気絶しているだけのようですね」
「ヘイゼル、エルミに頼んで治癒魔法を。その後で、身体を拭いて暖かくしてやってくれ」
「わかりました」
俺が肩に担いでモーリスまで運び、後は女性陣に任せる。
土砂降りの雨のなか外で待つのはなかなか辛いものはあるけれども、さすがに女の子を着替えさせるのに車内には入れん。
「ミーチャさん、お待たせしました」
ヘイゼルにいわれて車内に入ると、エンジンが掛かってヒーターも効いていた。気の利くメイドさんは俺にも乾いたタオルを渡してくれる。
「ありがとう。その子は、大丈夫そうか?」
「お腹が減ってるのと、魔力切れニャ。少し寝てたら問題ないニャ」
「助かる。そんじゃ……」
そこでティカ隊長を見る。ここは治安維持の責任者に確認しないわけにはいかない。
「この子、町に入れても良いかな」
「良いに決まってるだろう。何かあったら、あたしが責任を持つ」
そう言ってくれるとは思ってたけどな。それでも、こんなの衛兵隊長の職掌は超えてる気はするんだよな。
誰の責任かっつうたら、おそらく教会の強硬派とかになるんだろうけどさ。いつか思い知らせてやるとは思うが、それはいますぐどうにかなる問題でもない。
「とりあえずは、俺んとこで預かるよ」
「なに?」
「酒場の二階に、ひと部屋まだ空きがある。そこに置いて、様子を見よう。元いた場所に帰る方法があるのか知らんけど、とりあえず……彼女が落ち着くまではさ」
「……まあ、ミーチャたちなら、任せても問題ないとは思うがな。……本当に、大丈夫なのか?」
正直、わからんとしか言えんわな。魔族なんて存在すら知らんかったくらいだし。
魔王を超える武闘派スーパーメイドのヘイゼルさん(敬語)もいることだし、どうにかなるだろうと楽観視するしかない。
「まあ、なんかあったら……そんときは、そんときだろ」
俺はテキトーな感じで笑いながら、町に向けてモーリスを発進させた。
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