表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Canopus  作者: 水野葵
9/11

第3章 北へ(1)

 町へ戻る道すがら、フィリップはアリアからいろいろな話を聞いた。おとぎ話や(りゅう)のこと、飾り(だま)のこと、不思議な岩のこと、それから ―――。

「ええと、じゃあ、アリアは大剣(つるぎ)を探してるんだね?」

 こめかみを手で押さえながら ――― なんて突飛な話だろう、おとぎ話の大剣がこの世に存在するとは! ――― フィリップが言った。

「飾り珠を集めるために?」

 アリアは「ああ」と大様にうなずいた。

「飾り珠は大剣に引き寄せられるそうだ。ならば、宝珠(たま)を探すよりも先に大剣を手に入れるべきだろう」

 でも、とフィリップはアリアを見た。その横顔は至ってまじめで、フィリップはますます頭が痛くなった。

「集めてどうするの? この宝珠、持ち主と認めたひと以外に力を貸したりはしないんでしょう?」

 アリアはまっすぐに前を見据えたまま

「この世から消す」

と、答えた。ひとつ残らずな、と続ける。フィリップはこめかみから手を離した。

「どうして ―――?」

「戦争の火種になるからだよ」

 白いスミレの上を滑るように歩きながらアリアが言った。

「飾り珠には厄介な伝え話もあってな。宝珠を八つ、全て手にした者は世を統べる王になると()われているんだ」

「そんな言い伝えがあったの? ぼく、はじめて聞いた!」

「一部の王族や貴族の間にのみ伝わる話だ。市井の者は知らないだろう」

 だが、とアリアはかすかに眉を寄せた。

「強い力を秘める宝珠だ。王侯貴族以外にも狙う奴輩(やから)は多い」

 フィリップは「そうなんだ」とつぶやくとじっと足元を見た。そっと赤い宝珠に触れる。アリアの話を全て信じることはできなかった。けれど、この宝珠が ――― 本当の家族に通じる宝珠が、自分の手に余る物()()()ということはよくわかった。

「これからどうするの?」

 アリアに目を移しながらフィリップは言った。ぎゅうと赤い宝珠を握る。

「大剣がどこにあるか、わからないままなんでしょう?」

 アリアはきっぱりとした口調で「北に戻る」と答えた。

「王都で文献を洗い直す。君も上着を取ってくるといい」

 なんだって? フィリップが思わず聞き返すと、アリアは

「向こうはまだ浅春(あさはる)だ。ここよりもずっと寒い」と、言った。「シャツ一枚ではさすがに風邪(かぜ)を引くぞ」

 そうじゃなくて、とフィリップは強く首を振った。

「ぼくも行くの? きみと一緒に?」

 アリアはまばたきをすると「ああ」とうなずいた。

「君の意見も聞きたいしな」

 フィリップはまじまじとアリアの横顔を見つめた。考えたこともなかったのだ。アケルナルの町を離れる? ぼくが? そんな ―――。

「……行けないよ」

と、フィリップはつぶやいた。ぽりぽりと耳の後ろをかく。

「王都に着くまでふた月はかかるんでしょう?」

 行ってみたい気持ちはあった ――― この国一番の町とはどんなところだろう? 旅の商人が言うように、珍しい物や人であふれているのだろうか? ――― だが、あまりに遠い道のりだ。さすがのフィリップも気安く行くことはできなかった。

養父(とう)さんも養母(かあ)さんも心配するだろうし、町のみんなだって……」

 アリアは「そうか」とうなずくとじっとフィリップを見た。低い声で

「君は大切な人々がどうなってもいいんだな」

と、ささやく。フィリップは目をしばたたいた。

「言っただろう? 戦争の火種になる、と」

 声を押し殺したままアリアが続ける。

「飾り珠を手に入れる、それだけのために村を焼き、町を瓦礫(がれき)に変えた王侯貴族は数知れない。大切な人々を戦火に巻き込みたくなければ、君はこの土地を離れるべきだよ」

「そんな……」

 フィリップは呆然(ぼうぜん)と立ち止まった。でも、とシャツの裾を強く握る。

「この宝珠、すごい力を秘めてるんでしょう? なら、その力を使って ―――」

「使えるのか?」

 冷めた口調でアリアが言った。

(やす)い宝珠ではないぞ。君に使いこなせるのか?」

 フィリップははっと左手を見た。アリアの言う通り、ぼくは赤い宝珠の使い方を知らない。けれど、昨夜は確かに、この手に炎が踊っていたのだ。あれはいったいどうやったのだろう? フィリップは記憶をたぐったが、こめかみがずきりと痛むばかりで、何も思い出すことはできなかった。

「……使い方を教えてくれる?」

 フィリップはおずおずと顔を上げた。

「きみと一緒に行ったら?」

 アリアは黒い()を細くすると「さあな」と答えた。

「飾り珠はむら気が強くてな。使い方を教えたところで、君の思うままにはならないだろう」

 ただ、と視線をそらす。少しかすれた声でアリアはつぶやいた。

「守ってはやれる」

 フィリップは開きかけた口を閉じて懸命に考えた。町の住人を危険にさらすことはできなかった。しかし、アリアの言葉を信じて町を離れることもためらわれた。ぼくはどうしたらいいのだろう? フィリップはぐっと奥歯をかみしめた。大切な人々の顔が次々に思い起こされる。船の親方、山羊(やぎ)飼いの少年、ペシュールおじさん ――― そして、町長夫妻。

 どれほど悩んでいたのだろう。こめかみがずきずきと痛み始めたころ、フィリップはようやくうなずいた。

「わかった。きみと一緒に行くよ」

【用語解説】

 王都:国王の住む都。首都。この国で最も栄えている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 海外の翻訳小説から影響を受けたであろうことが見受けられ、とても丁寧な造りだなと感じました。読み手の年齢をやや低く設定されているのではないかと感じましたが、そんな雰囲気が牧歌的な街の様子をよ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ