表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Canopus  作者: 水野葵
5/11

第2章 歌声と少女(1)

 気が付くとフィリップは草むらの上にうつ伏していた。首だけを起こしてそっとあたりをうかがう。化け物の姿はどこにも見当たらない。フィリップはほっと息を吐くと立ち上がり ――― あれだけ高い所から落ちたというのに、体にはかすり傷のひとつもついていなかった。どうしてだろう? ――― 両手でシャツやズボンについた枯れ草を払った。そばに落ちていた横笛を拾い、ベルトに挟むと崖を見上げる。そこに人影はない。けれど、崖から落ちる瞬間、フィリップは確かに見たのだ。こちらに手を伸ばす少年を ――― 自分と全く同じ、黄金(こがね)色の髪をした少年の姿を。あれはいったい誰だったのだろう?

 フィリップは再び周囲を見回した。うっそうとした森は暗く静まり返っている。時折ヤギの番をするフィリップだが、ここまで深く森の奥に入ったことはなかった。今にも山犬が飛び出してきそうだな、とフィリップは身震いした。早く町に戻ろう。でも、とすぐに考え直す。もしまたあの化け物が現れたら? ――― ざわざわとうるさい胸を押さえる。“嫌な感じ”はまだ続いている ――― 町で暴れでもしたらどうしよう?

「……あれ?」

 ふと物音に気付く。悩むのをやめて耳を澄ますと、高く弾むような声が聞き取れた。歌だ、とフィリップは思った。幼い子どもが歌をうたっている。その声は森のさらに奥から聞こえてくるようだった。誰だろう、とフィリップの好奇心が首をもたげた。何をしているのだろう? 見たい、と強く感じたフィリップは声の聞こえるほうへと歩き出した。山犬や化け物のことなどもうすっかり忘れている。

 “さあ、――― に会いに行こう”

  頭の片隅で誰かがそうささやいた。そんな気がした。


 歌声を頼りにフィリップは森の奥へ奥へと歩いていく。幸いなことに、草むらを横切る猫以外は何も ――― 山犬にも化け物にも出会わなかった。奥に進むにつれて草丈は低くなり、木々もまばらになっていった。代わりに、ごつごつとした大きな岩が増えた。月明かりにぼんやりと輝く岩を眺めながら、フィリップはさらに森の奥深くへと歩いていく。やがて、行く手に小さな(あか)りが見えた。ろうそくのようだ、とフィリップは思った。やはりひとがいるのだろう。その灯りを目指して進むと開けた場所に出た。ぼつぼつと岩が並ぶなかで、ひときわ大きな岩の前にそのひとは立っていた。長い髪にリボンを結び、細い腕にランタンを掲げたそのひとは、なにやら熱心に岩を調べているようだった。自分と同じ年頃の少女だろう、とフィリップは考えた。ランタンの灯に照らされた横顔ははっとするほど美しい。あの少女が歌をうたっているのだろうか?

 夜空に明るく無邪気な歌声が響く。


 帰ろう 帰ろう われらの城に

 戻ろう 戻ろう 主人(あるじ)のもとに


 われらの城は影の城

 逆さまにつなぐ()の土地で

 まやかしのときを刻んでいる


 帰ろう 帰ろう われらの城に

 戻ろう 戻ろう 主人のもとに


 われらの主人は城の奥

 星の予言者にかしづかれ

 火の輪の子どもを待っている


 帰ろう 帰ろう われらの城に

 戻ろう 戻ろう 主人のもとに


 ふたごの人魚が泣くころに

 望月(もちづき)が欠ける その前に

【用語解説】

 山犬:野生化した犬。野犬。

 ランタン:角型の手提げランプ。光源にろうそくを用いる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 続きはよう!
[良い点] 続きはよう!
2020/06/27 00:14 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ