第7話「幸せに溺れる」
グルナ様が最近、色んなことを教えてくれる。
例えば仕事のこと。グルナ様は、なんと騎士様だった。
義父母(仮)曰くとても強いらしくて、今まで何度も大きな戦績を上げていて、魔族領でとても恐れられているらしい。そのせいで縁談もままらなくて私を買う羽目になったのだ。
「すごい強いんだけど恐いんだよ」
「すごい強いのにモテないのよ」
「うるせぇ!」
こんな息子でごめんねと、いつものように私の頭を撫でくりまわしながら言う義父母(仮)に、グルナ様がツッコミを入れる。
「嫁ちゃんがラシーちゃんで良かったね」
「嫁ちゃんがラシーちゃんで良かったわ」
グルナ様が私を名前で呼ぶようになって、義父母(仮)たちもズルいよズルいわと文句を垂れて、息子に対抗するようにラシーちゃんと愛称で呼ぶようになった。
禁止していた食事の同席も半ば強制的に解禁され、毎度の如くグルナ様に連れられて家族(仮)揃って食事を摂る。
その様子を、屋敷中の使用人さんたちに微笑ましく見守られるのだ。
────幸せに、呑み込まれそうだった。
溺れ死んでしまいそうだ。
毎日が楽しくて、嬉しくて。満たされると同時に空っぽになっていく、そんな矛盾に苦しみながら日々を過ごしていた。
「ラシーヌ」
私を呼ぶ声に瞼を上げると、グルナ様がいた。
眉間にシワが寄っている。
「大丈夫か。粥、食べられるか?」
良い匂いがする。美味しそうな匂い。
小さく頷くと上半身を抱き起こされて、湯気が立っている匙が口元に来る。
匂いに誘われてかぷりと噛み付く。冷ましてくれたのか、程よい熱さでするりと食べることができた。美味しい。
「倒れたのは覚えてるか」
もぐもぐと咀嚼する私にグルナ様が問う。
正直に言って全く覚えてない。私は首を振った。
「部屋から食堂まで来る途中で、廊下でぶっ倒れたんだよ」
そっか。私、倒れちゃったんだ。
他人事のように考えてしまう。
「ラシーヌ」
呼ばれたので見上げると、グルナ様が珍しく困った顔をしていた。
「どうしたんだよ、お前」
言われている意味が分からなくて、首を傾げる。
「声、出ないのか」
そこまで言われて、ようやく自分が一言も発していないことに気が付く。
失礼に当たると、慌てて声を出そうとした。
ポタリ。
ポタリ、ポタリ。
────え?
視界に映った、赤い染み。
その色は鮮やかさが少し欠けていて、グルナ様の目には到底及ばない。
ああ、汚いな。そう思って、これ以上染みが広がらないように、滴り落ちてくるその場所を、口を両手で押さえた。
「ラシーヌ!」
焦りの混じったグルナ様の声。
「口の中を切ったのか!?」
両手を剥がされて、徐々に血で満ちる口の中を覗き込まれる。
収まりきらなかった分が流れ出て首を伝い、服を少しずつ赤く染め上げていく。
コポリと喉から出る感覚がして、これは喉奥から吐き出されているのだと気が付いた。
「医者だ! あの女医者を呼べ!」
グルナ様の大声が、遠くなっていく。
しっかり抱き締めてくれているのに、行かないでと言いたくなる。
────私をひとりにしないで。
幸せにどっぷり浸かって慣れきってしまったこの身体では、ひとりで生きていくことはできない。死んでいくしかない。
どうせなら、ひとりになる前に死んでしまいたいものだ。
そう、叶うのならば。
────グルナ様の手で。グルナ様の腕の中で。
みっともなく命乞いをした、かつての自分を嘲笑う。
────グルナ様に、殺されたい。
自分で自分を貶しながら、そんな願いを胸に、私は意識を失った。
私の書くヒロインはなんで皆ぶっ倒れるんですかね(震え声)