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第6話「知らないこと」

R15注意



 慎ましやかなお茶会を終えて、再び旦那様(仮)と手を繋ぐ。

 家に帰るために乗り込んだ馬車の中、隣同士で座っていた。


「……楽しかったか」


 ぶっきらぼうに問う旦那様(仮)。

 少しだけ、手に力が入るのを感じた。


「はい」

「…………そうか」


 更に力が込められる。

 どうしたのだろう。


「なあ」


 呼びかける声に元気が無い。

 いつもとは違う様子に身構えていると、臙脂色の目を不安げに揺らして私に問う。


「お前、俺の名前を知っているか」

「え」


 旦那様(仮)の名前。

 知っているに決まっている。いくら(仮)とは言え、書面上とは言え、私の夫であるひとの名前を知らないなんて────。




「……………………ご、」


 カタカタと身体に震えが走る。


「ご、ごめ、ごめんなさ、申し訳、ありま……っ!」


 ゴチャゴチャと絡まる謝罪の言葉。

 頭の中を隅から隅まで探しても、旦那様(仮)の名前は出てこない。

 そう。


 ────私は旦那様(仮)の名前を知らなかった。

 

「……やっぱりな。俺も名乗った覚えはねぇし、バカ親どもも俺の名前はあまり呼ばねぇし」


 声は凪いでいて、諦観交じりだった。


「俺もお前のこと、何も知らねぇし」


 繋いだ手を、握った手を。

 確かめるように、旦那様(仮)は何度か小さく力を込め直して、私を見る。


「俺はグルナ、グルナ=オラージュだ。お前の名前は?」


 旦那様(仮)、いや、グルナ様に促されて、久し振りに自分の名前を口にする。


「ラシーヌ、です」


 日の目を見ない、根っこのラシーヌ。

 私を侮蔑して付けられた名前。あまり好きではない。

 堂々と名乗れるものではなく、尻すぼみになってしまう。


「ラシーヌ=オラージュ」


 グルナ様がポツリとそう呼んだ。


「え?」

「俺の嫁なんだから、家名も入れろよ」


 ────手が熱い。顔も熱い。


 グルナ様の言葉を解した瞬間、身体のあちこちで熱が生まれる。全身が熱くなっていく。

 言葉を無くして真っ赤になった私をグルナ様が抱き寄せる。


「ラシーヌ」


 甘く爛れた声が耳を犯す。グルナ様のそんな声、初めて聞いた。

 握っていた手が動いて、指を絡め合う形になる。もう片方の手は背中に回されて、しっかりと抱き締められる。


「名前を呼べ」


 短く命じられて、沸騰した頭で言われるがまま、名前を呼ぶ。


「ぐるな、さま」

「……ああ、ラシーヌ」


 猫のような、喉を鳴らす音が聞こえた。

 今までで一番に機嫌が良さそうだった。







 熱い、熱い。

 熱を分け合う、更に熱が上がる。

 痛がるのを経験で知っていたらしい彼は、怪しげな薬を飲ませて私を徹底的に快楽に落とした。

 善がる私を嬉しそうに見つめて、名前を何度も呼んだし、何度も呼ばせた。

 薬のせいで頭がバカになってしまった私は甘く啼きながら、バカみたいに彼の名前を叫んだ。そうすると彼はもっと喜んでくれて、私も死にたくなるほど嬉しかった。

 私たちは夫婦(仮)だから。いつ終わるとも知れない、仮初の夫婦だから。今だけは、存分に甘えようと。





 ────大丈夫、大丈夫。


 バカになりながら、隅っこに追いやられた理性が、ひどく冷めた私が、必死に言い聞かせてくる。


 ────私は使い捨ての消耗品。いつか捨てられる代替品。


 ちゃんと覚悟は決めてる。だから、今だけは幸せを感じていたい。

 身体は燃えるように熱く、心は凍えたように冷めた夜だった。

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