第4話「風邪」
「奥様、奥様」
心配そうなメイドさんの声が聞こえて、目を覚ます。
「大丈夫ですか、奥様」
「……あたまが、あつい」
「……熱が出てしまいましたね。今、氷嚢をお持ち致しました」
ひんやりとしたものが、額に乗る。
「お医者様をお呼びしています。到着までまだ時間がかかりますが……」
「だいじょ……けほっ」
「ああ、申し訳ありません。無理にお話しなくて大丈夫ですわ。ゆっくりお休みくださいませ」
優しく撫でてくれたあと、離れていく。
少し、寂しさが残る。
「けほっ、けほっ……」
咳が出る度に喉が痛む。
頭がぼんやりして、熱い。
「────おい」
手が、ぎゅっと握られる感触。
「大丈夫か」
「あ……」
寂しさを感じていた心が、何かで埋まって温かくなる。
「けほっ」
「舐めとけ」
口を開けられて、固くて丸い、甘いものが滑り込んでくる。
「甘いの好きだろ」
「……うん」
力無く頷くと、頭を撫でられた。
大きな手。いつもは恐いけれど、今だけは。
「……すき」
手がびくりと震えた気がする。
「……また持って来てやる。ちゃんと寝てろよ」
「うん……ありがと」
眠気が戻って来る。
寝付くまでの間、頭を撫でる手も、握ってくれる手も離れなかった。
「おやすみ……」
「ああ、おやすみ」
お医者様が言うには、風邪らしい。
「人間用の風邪薬よ。一日三回、食後に飲んでね」
「ありがとうございます」
薬を処方してもらい、寝台に横になる。
「それにしても珍しい。魔族領に人間なんて、お城の堕ち人くらいだと思っていたのだけれど」
「堕ち人?」
聞き慣れない言葉に首を傾げる。
「最近、異界から堕ちてきた人間が魔王城にいるの。よく怪我をするものだから、人間に詳しい私が呼ばれるのよね」
「あの、よく怪我をするって……」
「自傷行為によるものよ。……陛下には言わないように本人からお願いされているから、伝えてはいないわ」
「……そう、なんですか」
────じゃあその人、近いうちに死んじゃいますね。
「……っ」
なんとなくそう思ってしまったことに、自分でぞっとする。
顔を青ざめた私を見て何を思ったのか、お医者様は困ったように笑った。
「あんまり心配かけちゃだめよ。貴女が思っているよりも、周りは貴女を心配しているの」
そう言い残して、部屋から去っていった。
「おい」
旦那様(仮)が部屋に来た。
「飴だ。舐めろ」
その手に持っている大きなガラス瓶に、色とりどりの飴が入っている。
蓋を開けて一つ摘むと、私の口元に近づけた。
「口開けろ」
言われるがまま口を開けると、甘い食感が舌の上に乗った。
「ちゃんと薬飲んで寝ろよ」
そのまま部屋を出ていこうとするので、慌てて服を掴んだ。
「あ? なんだよ」
なんだ、と言われても。
まだ、出ていってほしくなかったから。
「……」
どう言おうか悩む。
服は掴んだまま、俯いてしまう。
「居て良いのか」
「!」
旦那様(仮)の言葉に顔を上げる。
「どうなんだ」
確認するように言われ、何度も頷いた。
掴んでいた手を服から離し、その大きな手に伸ばそうとして、やっぱり恥ずかしくなって止めた。
止めた、のに。
「お前の手は小さいな」
引っ込めた手が捕まって、ぎゅっと握られる。
ごろっと、口の中の飴が転がる。
顔が熱い。風邪だけのせいじゃない気がする。
「ほら、横になっとけ」
促され、身を寝台に沈める。
手は、繋いだままだった。