第3話「殺さないでください」
「ほら、見せろ」
部屋へと連れ戻され、ソファーに座らされる。
「……」
観念して、ソファーの下に隠していた箱を取り出す。
蓋を開ければ、今まで描いてきた花の絵が大量に現れる。
「これがお前の絵か」
「……」
「なんで無言なんだよ」
イライラとした口調で言われるが、私はそれどころではない。
「お、おい?」
泣いている。ただひたすら泣いている。
恥ずかしいのと、やっと見つけた娯楽を取り上げられる悲しさで泣いている。
変なことしていたので殺されるかもしれないという恐怖も手伝っている。
「……そんなに嫌だったか、絵を見られるの」
旦那様(仮)の問いに、ブンブンと首を横に振る。
見られるのは別にもういいのだ。心底恥ずかしいが、大勢に見られているので今更である。
「じゃあ、なにが駄目なんだよ」
「……こ」
「こ?」
「殺さないでくださいぃぃ……」
言葉にすると、尚更駄目だった。
ぼろぼろと涙が落ちて、嗚咽が溢れる。
「……」
「おね、ひっぐ、おねがい、ひっ、殺さないで……!」
死にたくない。死にたくない。
痛いのは嫌だ。苦しいのは嫌だ。
みっともなく、命乞いをする。
「なんで俺がお前を殺さないといけないんだ」
静かな声だけど、怒っているのが分かる。
空気がビリビリ震えている。
「奴隷のくせに、人間のくせに。生意気言いやがって」
首を掴まれる。
ああ、やっぱり殺されちゃうんだ私。
「泣くな」
────べろり、と舐められた。
「……へ?」
何が起こったのか全く理解できずに間抜けな声が出る。
「しょっぺぇな」
そう言って、もう一回、頬を舐める。
「え、え?」
両頬を舐められて、混乱が極まる。
「な、なんで、な、舐め……?」
「お前が泣くから」
平然とそう答えて、箱の中から絵を一枚取り出す。
「絵を描くのは好きか」
「……は、い」
「殺されたくないか」
一生懸命、頷いた。
「お前が描いた絵をひとつ残らず全て隠さず、一番に俺に見せると約束するなら、殺さないでおいてやる」
絵を描くのを止めないでいいのか。
殺されないのか。
────ああ、良かった。
「ありがとうございます……!」
笑顔を、浮かべていたと思う。
頬が緩んで、口の端が上がったのを感じたから。
そうしたら。
「あっ……」
目の前の男が、私の口に噛みついてきた。
「ふっ、ん……!」
舌が入り込み、口内を這う。
抗おうとした両手は、指が絡まって動かない。
「ん、んん……」
やっと離れた口を追うと、旦那様(仮)が笑っていた。
「好きなだけ描けよ。そして俺に一番に見せろ。いいな?」
臙脂色の目が弧を描く。
思わず見惚れてしまって、そのまま夢心地の状態で頷いたのだった。
何だったのだろうと、ぼんやり考える。
旦那様(仮)がおかしい。
あんなに私を厄介者として扱っていたのに、最近じゃ他のひとのように絵を強請りに来る。
何が目的なのだろう。
「おい」
怪訝そうにこちらを見ている旦那様(仮)に、先んじて用意していた絵を捧げる。
「準備が良いな」
直ぐに上機嫌で絵を受け取る。
「この花はどこに咲いている?」
「……ここからずっと遠い、南の国で咲いています」
常夏の国。多くの草花が自生している。
毎日のように眺めていたから、その景色はよく覚えている。
「故郷の花か?」
「故郷……そう、ですね。私が生まれて育った場所です」
もう二度と戻れない場所だ。
「戻りたいのか?」
「……戻りたくは、ない、ですね。きっと、怒られてしまうので」
「怒られる? 誰にだ?」
「それは」
不思議そうに訊いてくる旦那様(仮)に、どう答えようか少し悩んだ。
言葉を選んでいるうちに黙りこくってしまい、痺れを切らした彼の方から「もういい」と言われてしまう。
「何にせよ、お前は死ぬまでここから出さねぇ。それなら怒られずに済むだろ」
「……そうですね」
もう充分、怒られてしまっているけれど。
それでも、あそこよりはマシかもしれない。そう自分に言い聞かせた。