第1話「新しい家族(仮)」
義父母(仮)が個人的にお気に入りです
奴隷妻の朝は恐縮から始まる。
「おはようございます奥様!」
「お、おはよう、ございます」
たくさんのメイドさんたちが素敵な笑顔で起こしに来てくれて、すっごい気遣いをしてくれながら優しい手付きで支度を整えてくれる。
「おはよう嫁ちゃん」
「おはよう嫁ちゃん」
食事の席ではすでに義父(仮)と義母(仮)が居て、満面の笑顔で私を出迎えてくれた。
「おおおは、おはよ、ございます」
「うんうん、今日も可愛いね〜」
「可愛いわ〜」
「ひえ……」
コミュ障を発症してキョドる私を可愛い可愛いと連呼して、綺麗な手で頭を撫でてくる。
「さあ、朝ごはんにしよう。今日は嫁ちゃんが好きなクルミパンがあるよ」
「搾りたてのミルクもあるの。美味しいわよ」
「あ、あありがと、です」
席に着いて、パンを千切る。焼き立てらしく、ほかほかとしていて温かい。
義母(仮)が勧めてくれたミルクも合間を挟んで飲む。とてもまろやかで美味しい。
「……何やってんだよ」
────至福の時は、早くも終わりを告げた。
数日ぶりに姿を現した旦那様(仮)に、私の震えは止まらない。
「おやおはよう馬鹿息子」
「あらおはよう馬鹿息子」
「朝から喧嘩売ってんのか、ああ?」
ダン! と食卓であるテーブルが叩かれて、卓上のものが振動する。
「おいお前」
「は、はいぃ!」
「なに奴隷の分際で椅子に座って食べてんだよ! しかも主人より先に!」
「す、すみませんっ。調子乗ってすみませんっ!」
ガクガクブルブルと震え上がる私に近付いて、襟首を掴んで引き上げる。
「ご、ごめ、ごめんなさっ」
「こらこら、食事中に痴話喧嘩は止めなさい」
「そうよそうよ、男の嫉妬はみっともないわ」
「痴話喧嘩じゃねぇし、嫉妬もしてねぇっての! なんだよこれ! 久々に家に帰ってきてみたら、なんで奴隷と慣れ合ってんだよ!」
「えー、だって可愛いじゃん?」
「可愛いから愛でているだけよ?」
ねー? と夫婦で首を傾げ合うその様子は大変微笑ましいのだが、状況が状況なので私としては早くこの腕から逃れたい。
「お、お許しを……何でもしますので、どうか、お許しを……!」
「あーあ、泣かせた。いけないんだー」
「魔王様に言ってやろー」
「魔王様は関係ねぇだろうが!」
いや、愉快なコントはもうその辺にしてください。
もう本当に、息が、意識が、限界────。
「あ?」
「あらら、気を失っちゃってる」
「首締め過ぎちゃったのねー」
目を覚ますと自室の寝台に居た。
どうやら気を失った後、寝かされたらしい。
「……ひっ」
「ひって何だ、ひって」
視線を巡らせて、傍の椅子に座っていた旦那様(仮)と目が合う。相変わらず綺麗な色をしている。
「ご、ごめんなさ、い」
「……」
謝罪した後、顔を合わせづらくて毛布の下に逃げ込む。
「……お前も、俺が恐いって思うのかよ」
「?」
ぽつりと落とされた言葉の意味はよく分からなかったけれど、なんだか寂しそうだった。
勇気を出して恐る恐る顔を出せば、旦那様(仮)がしょげていた。
「……あ、の」
「あ?」
「も、もう、朝ごはん、いっしょに食べ、食べるの、やめます。ごめんなさ、い」
まだ、お許しをもらっていなかったから、謝った。
「調子に、乗って、すみません、でした。お許しくださ、んんん」
言葉は続かなかった。
旦那様(仮)の手が、私の口を押さえてしまったから。
「止めろ、見苦しい」
苦々しい表情、厄介者を見る目だった。
おとうさんやおかあさん、島の皆とおんなじ────。
「……どうした」
「い、いえ。なんでも、ないです」
毛布を強く握って、カタカタ震えた。
旦那様(仮)の怒りをこれ以上買ってしまわないように、小さく「おやすみなさい」と呟いて、眠りに落ちた。