エピローグ「仮初から本物へ」
後日。
改めて私を診察しに来たお医者様が、呆れた顔をして言い放った。
「確かにそれは魔力塊ね。溜めずに定期的にちゃんと発散すれば、体内で膨張して爆発四散するなんてことはまず無いわよ」
さらりと恐ろしいことを言われたけれど、死なずに済むという事実を前に私は驚喜した。
「わ、私、死なないんですか……!」
「ええ。安心なさいな」
あまりに嬉しくて、隣で一緒に話を聞いていたグルナ様に抱き着く。
「グルナ様、私、わたし、死ななくていいって……!」
「分かったから泣くなっての」
言葉であしらう一方、優しく頭を撫でてくれるからもっと泣いてしまう。
飽きもせず泣きじゃくる私を、お医者様はやれやれといった様子で見ていた。
「魔力の存在をよく知らない、辺境の片田舎ならではの因習ってやつかしら。……随分苦労したようね、ラシーヌ」
「もう滅んだらしいぞ」
「青い魔女に滅ぼされた、でしょ? とんだ悪党に救われたわね……」
ヴィスさんのことだと、一旦泣くのを止める。
「有名な人なんですか?」
「ええ。白銀の竜を連れた青い魔女のヴィスって言ったら、世界一有名な大悪党よ。気紛れに国を滅ぼしたり、経済に首を突っ込んでめちゃめちゃにしていったり、とにかく悪事を生きがいにしている傍迷惑な人間ね」
「ああ? そいつ人間なのかよ」
「人間のくせに、使えるはずがない魔術を使うらしいわ。そもそも、津波を起こす魔術なんて魔族内でも聞いたことないけれど」
お医者様は額に手を当てて、悩ましく唸る。
「青い魔女がつい最近までこの辺をうろついていたってことは、何か起きるかもね」
「なんだ、殺せばいいのか?」
「こ、殺しちゃダメです! 私の恩人なんです!」
グルナ様の発言に、慌てて止めに入った。
ヴィスさんがどれほどの悪党だろうが、恩人であることは事実だ。殺させるわけにはいかない。
全ての心配事が解決したその日から、私たち夫婦はようやく仮初から本物へと成った。
私の体内に溜まる魔力塊は、グルナ様やお医者様が定期的に抜き出してくれている。
やがて私は子どもを授かり、グルナ様と同じ臙脂色の目を持つ男の子を生んだ。
待望の孫に対面した義父母たちの歓喜具合は凄まじく、元気に屋敷を走り回って夫婦仲良くぎっくり腰となった。魔族は基本的に頑丈なので、大事には至っていない。
その次の年には双子の女の子を生んだ。義父母が前年同様スタートダッシュをキメようとしたので、グルナ様が予め縛り上げて部屋に監禁していた。二人のためとはいえ容赦が無い。
子どもを生むたびに、体内の魔力塊は小さくなっていく。どうやら子どもに魔力を分けているらしいと、お医者様は言っていた。
「魔族の子はちゃんと自分で魔力を発散できるから安心なさい」
一度目も二度目も産婆を務めてくれた彼女の言葉はとても心強かった。
「かあさま、えをかいてー!」
「わたしにも、わたしにも!」
「かいて、かいて!」
絵を強請る声に応えてラクガキを描いてあげていると、ふと長男が私の顔をじっと見た。
「どうしたの?」
「ぼく、かあさまのしあわせなおかおが、だいすきだよ!」
真っ直ぐとした想いを伝えられ、驚きながらもあのひとの子どもなんだと嬉しくなる。
「おにー、ずるーい!」
「わたしたちもー!」
抜け駆けだと兄を詰って、妹たちが私に抱き着いてくる。
『かあさま、だいすきー!』
声を揃えて愛を伝えてくれるふたりを抱き締め返す。
「私も、皆が大好きよ」
そうして四人でじゃれ合っていると、大きな腕に皆まとめて抱えられる。
「とうさまだー」
「わー、とうさまー!」
「たかいたかーい!」
子どもたちの嬌声が響く中、グルナ様が優しい笑顔で「ただいま」と言う。
私はそれに、幸せに満ちた笑みで応えた。
「────おかえりなさい!」
ワケありで最安値奴隷妻だった私はこうして、幸せな家庭を手に入れたのだった。
ここまでお付き合いいただき誠にありがとうございました!




