第9話「厄持ちのラシーヌ」
前作を読んでいる読者様へ
あの魔女がまた登場します(ニッコリ)
私が生まれたのは、ずっと南にある島国だ。
たくさんの花で溢れているその島で、ラシーヌという名を付けられた。
「厄持ちのラシーヌ。お前は大人になる前に死なねばならん」
多くの花が根に毒を持つ。
毒を厄と表して、私は根っこのラシーヌ、厄持ちのラシーヌと呼ばれた。
「まだ子どものうちは良い。子どもの間、厄持ちは厄除けとなる。島を守るのだ」
物心がついた頃に、島長様が私にそう言い聞かせた。
厄持ちは厄を生む。子どものうちに身の内で厄を育てて、大人になると身体を引き裂いて厄を生む。
自分の厄を守るため、子どもの間は他の厄を一切寄せ付けない。
要するに「子どもの間は生かしてやるから、恩返しに島を厄から守れ」と言われているのだと、子どもの私でも分かった。
「どうして厄持ちなんて生んでしまったのかしら」
母は私を見るたびに毒を吐いた。
厄持ちを生んだことで母は島中の人間から責められた。
父は逃げるように母の元を去り、別の女性と再婚した。
父に捨てられた母は、精神を病んで死んだ。
「自分の母を厄で殺したのか」
島民たちに詰られ、どの口がそれを言うのかと私は憤った。
────母を殺したのはお前たちだ。お前たちが、母を追い詰めて殺したのだ!
子どもの私は泣きながらそう叫んだ。
しかし誰も耳を貸さない。
それどころか、私が厄を吐き始めたと、狭い牢獄へ押し込んだ。
こんな島、呪ってやる。
母を殺し、私が殺したと吹聴する人々を呪い殺そうと強く誓った。
「────よぉ」
牢獄の中で延々と呪いの言葉を吐き続けている私の目の前に、青い髪の女の人が突然現れた。
「だ、だれ?」
「私はヴィス。しがない奴隷商人さ」
糸目をした彼女はにやにやと嗤って、私に手を差し出してくる。
「ラシーヌ。お前をここから出してやろう」
薄らと上がった瞼の下から、綺麗な瑠璃色を覗かせる。
「お前を貶めた奴らを、お前の母を殺した奴らを、殺しに行こうぜ」
ヴィスさんの手引きによって、私は牢獄から連れ出された。
「ほら見てみろよラシーヌ! でっかい津波だろう?」
島のはるか上空。大きな白銀の竜の背中に乗せてもらい、島を見下ろす。
小さな島国が大津波に飲み込まれるその瞬間を、その目に焼き付けた。
隣ではヴィスさんがけたたましく、愉しそうに嗤っている。
「あはははは! 呆気ないもんだよなぁ!」
津波でひとつの島国が簡単に消滅した。
生きている者は誰一人としていないだろう。
「さて、お前の願いは叶えてやった。今度は私の望みを聞いてもらおうか」
島があった場所を食い入るように見つめていた私に、ヴィスさんが言う。
「さっきも言ったが、私は奴隷商人だ。今からお前自身を商品として売りに行く」
「……そうですか」
「恨んでくれていいぜ?」
ハハッ! と可笑しそうに嗤う。
どうしてだか、憎いとは思わなかった。
「……いいえ、ヴィスさんは恩人です。国を滅ぼしてくれてありがとうございました」
「あははっ! やっぱり狂ってんなお前!」
私なんかよりもだいぶ狂った嗤い方をするそんな彼女とともに、故郷だったところから旅立った。
海、大陸を越える。竜の背中に乗って、束の間となる空の旅を楽しんだ。
そうして辿り着いた先が、魔族領だったのだ。
「値段くらい設定させてやろうか。幾らが良い?」
「ええ? 別にいいですよ。ヴィスさんが決めてください」
「そんなこと言ってると、とんでもない値段つけちまうぜ?」
ケラケラ嗤いながら高額を口にする。
用意していた値札にそのまま書いてしまいそうだったので、慌てて希望の値段を提示した。
「はぁ!? 何それクソ安! 奴隷市場バカにしてる値段だぜそれ! 喧嘩売ってんのか!」
「ご、ごめんなさい」
「いいぜ気に入った! それでいこうぜ!」
怒ったのかと思いきや、上機嫌でその値段を書き込んだ。そして私の首に掛ける。
「最安値奴隷! やっべ、愉しすぎて笑いが止まんねぇ!」
引き笑いを起こしながら私の手を引く。
こうして誰かに手を繋いでもらうのも、きっと最後だ。
私は噛みしめるように、ヴィスさんの手をしっかりと握ったのだった。