ある女探索者の皮算用
洞窟の中に自分の足音が響く。暗闇に支配された世界。太陽の恩恵もここまでは届かないようだ。光の暖かさに代わって、冷たい空気が牢獄の看守のように居座っている。
手に持っているランタンの灯りが無ければ、まっすぐに歩くこともできない。この漆黒の世界においてランタンの灯りはひどく心細い通行許可証だった。
この許可証がなくなれば、たちまち看守たちに捕まえられて牢獄の住民にされてしまう気がした。身体の芯から身震いが起こる。寒いのか怖いのか。私は慎重にあるき出すために、ランタンの取っ手を握り直した。
洞窟の看守は厳格に牢獄と外界を隔離していた。常に外敵に怯える草食の獣でさえ、この牢獄には留まろうとは思わないはずだ。
天井からは雪解け水が染み出している。水は厳しい環境において、仲間を求めるように身を寄せ合い水滴となっていく。しかし大きくなった水滴は重力に気づかれる。重力の鎖に囚われた水滴から順々に地面に落ちていった。
入り口からしばらく歩いたところで不思議な現象に出会う。天井からの水滴が、曲線を描きながら地面に落ちていく。ランタンの光を反射した水滴たちは、触れてはいけない何かを避けているかのようだった。
洞窟の中央に氷の塊が鎮座している。
足元を照らしながら進んでみると、水滴が避けているのではなく、氷の外殻を伝って落ちているのがわかる。氷の塊は洞窟内の高さとほぼ同じで、恐ろしく透き通っていた。だからすぐそれに気がついた。
氷の塊の中に男が囚われている
民族衣装だろうか、珍しい服を身に着けていた。全体的にゆったりとした作りになっており、狩人や探索者が好むような服ではない。腰から足元にかけて腰布が伸びており、腕には複数の装飾品がついている。気品の感じられる服装だった。きっと生前は良い生まれだったのだろう。
しかし現在の彼の表情からは、幸福な生活の片鱗さえ窺うことはできない。白髪の隙間から見える表情はひどく焦っていた。片腕は上に伸び、なんとかこの状況から脱しようともがいている。
男は冷たい棺の中で何を考えているのだろうか。足早に来た道を戻りながら考えていた。
出口の明かりが見えるといつもの気分が戻ってきた。冬が終わり、春の暖かさが感じられる。冬眠明けの動物たちのあくびまで聞こえてくるようだ。
その声を想像するうちに、いつのまにか私の頭は彼が古物商でいくらで売れるのかについての考えていた。




