43.
こぽこぽと空気が上がっていく音がする。
アサコは薄く目を開けて、閉じた。また夢かと思う。薄く開けた目で見上げたのは、青みがかった波打つ水面と自身の長く伸びた黒髪だったのだ。それにしては全身を包む水は冷たく、本物の様で息苦しい。試しに息を吸ってみる気にもなれないが、どういうわけか体も動かないので浮上することもままならない。
高い少女の歌声が響いた。水の中のためその声は遠く曖昧なものだ。けれど、どこかラカのものと似ている。アサコはもう一度薄く目を開けた。顔に花の仮面を付けた、黒い羽の衣装の少女が手を伸ばしてくる。その異様な光景に全身が総毛だったが、やはり体は動かない。少女の細い指はアサコの頬を包み、首筋へと流れた。
冷たい。全身を包む水よりも、その少女の手は冷たかった。
後悔してるの?
少女の冷たい指先が瞼に触れた時、アサコは言葉にならない声で訊いていた。夢の中だからだろうか。自分自身の質問にも疑問が湧かない。
――だって、彼は見てくれなかった。すぐに諦めて帰ってしまった。
大人になって、王妃を娶り、小さな少女を囲った。ラカ。わたしたちの夢の中のお友達
大きな花の向こう側で少女は言う。その言葉にアサコの体はまた総毛立つ。
――彼が宝石のようだと言ってくれた、緑の目を差し出して作り出した魔法だったのに
大きな花が散り、花びらが気泡と共に水中を舞い上がっていく。最初に見えたのは少女のぽってりとした唇だった。次に整った鼻梁の小さな鼻。そして、目があるはずの場所にそれはなく、あるのは真っ黒な空洞だった。
アサコは目覚めると飛び跳ねる様に体を起こした。暫くその体制で呼吸をして、ようやく先ほどのことが夢での出来事なのだと理解する。
ぼんやりと空は明るみ始めているが、部屋の中はまだ暗く、空気は冷たい。太陽が上がってきていないのだろう。アサコは夢の余韻を引きずったまま恐る恐る部屋の中を見渡した。天井が高く、小さな寝台が三十台も置けそうな部屋の広さは、小さな島国の中流家庭で育ったアサコには落ち着かない広さだ。それなりの広さはあるが、物が多く、いつでも明るいディルディーエの部屋が恋しくなった。
けれど今日でこの城を発つのだ。
寝台から降りようと身体を動かすと、強く髪を引かれてアサコは仰け反りそのまま仰向けに倒れた。上から緑色の瞳に覗き込まれて、蛇に睨まれた蛙の様にかっちりと固まって動けなくなる。頬を伝った汗は、決して先ほど見た夢のせいだけではないだろう。その汗を優しく拭われて身震いする。
「随分魘されてたよ。怖い夢でも見た?」
以前にもこのようなことがあった気がして、アサコは顔を顰めた。
どうして同じ寝台にいるのかなどという質問は愚問だ。そもそも此処はイーヴェの部屋なのだから。寝床に着く前のことを思い起こせば顔から火が出そうになる。
昨日は、もともとは普通に部屋で寝ようとしていたのだ。けれど、サリュケも部屋を出た頃に、水鳥の少女が部屋に現れた。火の落とされた真夜中の部屋で見る彼女の姿は思いの外おそろしく、アサコは隣にあるイーヴェの部屋に逃げ込んだのだ。
アサコは自身の肝の小ささを呪いたくなったが、無理もないことだった。生きている人ではないと分かっている少女に覗き込まれたまま落ち着いて寝れる人がいれば、常人ではないだろう。
窓の外はまだ暗く、けれど薄っすらと明るさが滲んできている。日の出前なのだろう。日が上がったとしても、ここでの日中は雲に覆われたものなので、空を見ただけでは時間帯を把握することは難しい。
アサコが現実逃避をしている間に、質問の答えを諦めたらしいイーヴェは枕についていた肘を崩し、体を横たえ目を閉じた。日が上るまで眠るつもりらしい。城にいた時はアサコが寝ている間に部屋を出ていることが多かったイーヴェだが、この旅の間はその必要もないのだろう。
今にも寝息を立てそうなイーヴェの姿を見て気を抜いたアサコは、ぼんやりと伏せられた蜂蜜色の睫毛を眺めた。こうして見るととても害のある人には見えない。
「……みどりの宝石」
小さく呟く。そういえば、ラカも昔は緑色の瞳をしていた。魔法を手にしたものは目の色が変化するのだろうか。ラカの弟もラカも、魔法使いと契約してから金色の瞳になった。イーヴェも、色味は違えど緑色の瞳をしている。あの城を連れ出されて最初に見た時、綺麗だと思ったのだ。
後悔しているかなど、夢の中とはいえなぜ訊いたのだろう。夢の中の少女の姿や言葉を思い出し、アサコはぶるりと身震いした。すると、強い力で引き寄せられてぎょっとする。寝台で腕の中に閉じ込められれば、いくら慣れてしまっているとはいえ心臓がうるさくなった。
彼女の頭の上に顎を乗せたイーヴェは、小さく欠伸を漏らした。
「今日は雪が見れるよ」
眠そうな声で囁かれて、アサコは状況も一瞬忘れて思わず顔を綻ばせた。
「雪、降るんですか」
「うん。今日行く街では雪が積もってるらしい」
あと数時間でこの湖畔の城を発つのだ。それを思い出すとほぼ同時に、アサコは身体を起こした。その勢いに、彼女の身体に腕を絡めていたイーヴェは小さく呻く。
「朝から元気だね」
寝転がったまま言われた厭味を無視して、アサコは窓の外を見た。ほんの少しの時間でも空を覆う雲には明るさが増してきている。それでもまだ部屋を出るには躊躇する暗さだ。
夕闇の姫だという水鳥を一度ちゃんと見てみたいと思ったのだ。本当か嘘かも分からないが、水鳥に姿を変えたという少女のことで分かったことがある。馬鹿げた話かもしれないが、本人に訊けるのであれば確認したい。
「わたし、ちょっと出かけてきてもいいですか。出発する前には戻ります」
少し慌てた様子でアサコは言った。確かサリュケは今日の朝方この城を出発すると言っていたのだ。
そんな彼女を少し眠そうな目で眺めながらイーヴェは体を起こすこともなく、再び枕の上で頬杖を着いた。
「ああ。俺も行くよ」
え、とアサコは思わず声を漏らした。
「大丈夫ですよ。ちょっと湖を見に行くだけですから、一人で行きます」
「君、この前自分がどんな目にあったかもう忘れたの? いなくなったと思ったら、人形の姿で現れたんだよ。昨日はサリュケと一緒にいただろう。今日は俺が一緒に行こう」
呆れ顔で言われてアサコが言葉に詰まると、イーヴェはにっこりと微笑んだ。
できればサリュケと行きたかったのだ。水鳥に話しかけている姿など見られたら、頭がおかしくなったと思われるか、また誤解や疑いを生むかもしれない。宵闇の姫は神出鬼没だ。次に現れるかも分からないものを待ってはいられない。
「……あの、ちょっと訊きたいことが」
「うん?」
眠そうなイーヴェにアサコはすっかり気を緩め、寝台の上に両手を着いて彼を覗き込んだ。長い黒髪が、細やかな刺繍の施された絹織りの敷布の上に流れる。その様子をイーヴェは目を細めて眺めた。
「この間話してくれた宵闇の姫の王子様って、もしかして、ラカを緑の天蓋に連れてきた王様ですか?」
ああ、と興味がなさそうにイーヴェは言った。
「そうだよ。サリュケにでも聞いた?」
アサコは頷きかけてやめた。
「……夕闇の姫が言っていました」
もともと、彼からこの城で起こったことを聞いた時に、なんとなくそうではないかと思っていたのだ。ラカが城の地下室で見た自身によく似た少女の絵。あれは水鳥の少女だったのだろう。
この城に幽閉されていた少女に心を寄せていた少年は、水鳥に姿を変えてしまった少女に気づくことなく、彼女は死んでしまったと思い込んだ。強い想いを残したままあの城に帰り成長し、王位を継いで王妃を迎え入れた。そしてティエルデを含む王子や王女たちが産まれたのだ。
なんという皮肉な話だろうか。かつて王の行為によって少女との恋に破れた王子は、自分自身が王と同じことを繰り返したのだ。悲劇の連鎖はラカより前から続いていたことだった。
「君は、死者の声を聞くことができるのか? ……事の顛末を知っている僅かな者たちからは、この王族は呪われていると思われているよ」
彼女の心を読んだ様に、イーヴェは微笑みながら言った。そこに悲哀などはなく、ただただ他人事の様にどこかさっぱりとした口調だ。
アサコはじっと優しげで端正な顔立ちを見つめた。ラカが見ることの叶わなかった、ティエルデが成長した姿だ。恐らくあの幼かった王子も、青年期には彼の様な姿をしていたのだろう。そして、幼かった頃のイーヴェはティエルデの姿に生き写しだったに違いない。
「さあ、時間がなくなるよ。着替えておいで」
そう言って、イーヴェはくしゃくしゃとアサコの頭を撫でた。相変わらずの子供扱いどころか飼い犬扱いだ。アサコはそれに複雑になると同時に、安堵していることに気づき頭を振った。
その時、見計らった様に扉を叩く音が響いた。サリュケだ。間を置いて彼女はイーヴェの返事も待たずにその扉を開け、アサコの姿を見るとどこかほっとした表情になった。
「おはようございます。殿下、アサコ様」
そう言って洗練された動きで礼をすると、その場所でアサコがやって来るのを待った。
まるで二人の会話を聞いていた様な様子にアサコは微かに首を傾げたあと、寝台の下にある室内履きを履いた。最初の頃は侍女に履かせられていたのだが、拒むと渋々自分で履かせてくれる様になったのだ。それも小さい子扱いされていると思っていたのだが、あとから貴族の子女たちがそういうことまで自分ではしないと知って驚いたものだった。やはり、まるで住んでいる世界が違う。
イーヴェは寝台から身を起こすこともなく、彼女の様子を見守っていた。根っからの王族である彼は、朝の身支度の大体を侍女にさせるのだろう。
アサコは自分に宛がわれた部屋に戻ると、用意されていたお湯に浸かり、顔と身体を洗った。そんな時間はないから顔だけでいいとも思ったのだが、せっかく用意された湯船を無駄にすることはできない。此処では風呂の準備だけでも相当な手間がかかるのだ。それでも少し焦っていたアサコは、鴉の行水の如く入浴を手短に済ませると、慌てて服を着替えた。
「水鳥の姫に会いに行かれるのですか」
サリュケは一つも慌てた様子などなく、いつもの落ち着いた調子で訊いた。
長椅子に腰掛けながら長靴を履いていたアサコは、そのままの体制で小首を傾げる。
「どうして分かるんですか?」
「アサコ様のご様子を見ていれば分かりますわ。疑問は晴れたのでは?」
まるで心を見透かされているようだ。アサコは微かに眉ねを寄せた。もしかすると、彼女に訊いてしまえば全ての疑問は晴れてしまうのではないだろうか。
「宵闇の姫は、ラカのこと知ってました」
アサコのその言葉だけで、十分彼女にはアサコが水鳥の姫に訊きたいことが伝わったのだろう。彼女はまだ湿気た黒髪を一束手に取ると、静かにその色を目に映した。
「アサコ様、人の行いは時に長く連鎖するものです。誰かが断ち切る意思を持たないと、それは半永久的に続くこともある。かと思えば、何か小さなきっかけ一つでもそれは終わることがあります」
まるで教師が教え子に諭す様にサリュケは言った。
イーヴェが遠い昔の出来事と言ったことは、今もラカの呪いとして残っている。それは深く探ると、水鳥の姫よりもっと前から続く連鎖なのかもしれない。アサコは自身がそんな渦中にいることを今更ながらに不思議に感じた。関わるはずのなかった人々の人生に、今触れている。彼女は言わばその連鎖に落とされた異端だ。サリュケが言うように自身がそれを断ち切ってしまいたいなどとまでは思っていない。けれど、その小さなきっかけの一つにでもなれるのであればと、ふと思った。
「わたしつい最近まで、ここは夢の世界のように感じてました。わたしが住んでいた場所とは全然違ったし、ぼんやりとしていて現実感がなかったんです」
けれど、此処で生きていかないといけない。母や祖母や叔父、友人たちとはもう会えないと思うと胸が締め付けられる様な思いになったが、仕方がないとも心の隅で思っている。
此処で生きていく。それこそ現実感がない。けれどももうすでに結構な日数をこの場所で過ごしてきた。此処ではアサコをツヅラアサコとして知る人がいない。居場所を今は制限されているとしても自由過ぎて、ほんの少し先の未来でさえぼんやりとしてしまう。そもそも、アサコは人間に似た生き物であって完全な人間ではない。
「ラカの魔法を解く方法はないんですか?」
子供の頃に見た空の絵を思い出しながら話すイーヴェに感じた気持ちは、気まぐれなどではない。曇り空ではない、刻一刻と変化していく空を見せてあげたい。青く澄み切った空や、夕日に赤く染まった空に染みを落とした様に浮かぶ雲。電気のないここでは、きっと見事な星空を見上げることができるだろう。
サリュケは目を細めると、じっとアサコの様子を見つめた。
「以前お話したでしょう。死んだ人間の思いはいくら強くでも残滓でしかない、と。繋ぐのは、その時存在する者の意思です」
「その時存在する……? 誰かがラカの魔法を持続させているということですか?」
「これ以上は。魔女には他の魔法使いや魔女の情報を漏らすことができない様、心に枷が掛けられています」
その言葉にアサコは黙り込むと考えに耽った。
ラカの魔法を持続させているということは、その誰かも魔法を持っているということだ。それはラカと同じ様な魔女か、魔法使いしかいないだろう。そうなると導き出される答えは一つしかない。イーヴェはそれに気づいているのだろうか。
「さあ、できましたよ」
ふと顔を上げると、鏡に映ったのは黒髪の少女ではなく、茶色の髪を結んだ少年従者の姿だった。鬘の中で濡れた髪の不快感はない。相変わらずの早業にアサコは目を瞬かせた。サリュケはそんな彼女を立ち上がらせると、荷物の準備はできていることを告げ、湖に向かうよう促した。
外の空気はとても冷たかった。先ほどイーヴェが雪を見れると言ったことを思い出しながら、アサコは外套の上から腕を摩った。
灯りがなくとも見える明るさになりつつあったが、辺り一面が霧に覆われている為、サリュケが用意した角灯を持って歩く。雲の中にいる感覚とはこういうものなのかもしれないと思うほど、濃い霧でほんの数歩先が霞んで見えた。
湖は静寂に包まれていた。鳥たちは音も立てずに静かに水の上を泳いでいる。
白い水鳥の中に混ざって一羽の黒い水鳥が見え、アサコは立ち止まった。その鳥は色以外他の鳥と大差ない優雅な姿をしている。その様子を見ると、それが本当に水鳥の少女と呼ばれる娘の化身なのか思わず疑ってしまう。
「ロティエラ様は自らの御身に呪いを掛けられましたが、水鳥のとなった今では、その時の記憶はほんの僅かなものとなっています。今となっては人としての感情は殆ど残っていないでしょう。アサコ様が見たのは、残滓の様なものです」
「……水鳥の姫は、ラカのことを夢の中のお友達と言ってました」
その言葉が意外なものだったのか、サリュケは目を大きくした後で黒い水鳥に目をやった。
「あの方々の容姿が似ていたのは、ただの偶然ではありません。ロティエラ様とラカ様は血縁関係にありました。ロティエラ様の妹君がラカ様の母君だったのです。かつての王が、ラカ様と出会ったのも、ロティエラ様の故郷を訪れたため。ロティエラ様と妹君は幼い頃から空想遊びをするのがお好きだったと聞いています」
繋がった点と点はそれほど意外なものではなかったものの、はっきりと人の口から伝えられるとぞっとするものだった。
アサコはサリュケを凝視した。それは王子達も知っている話なのだろうか。なぜ魔女とはいえ、ただの侍女であるサリュケがその様なことを知っているのだろう。内容から、多くの人が知る話とは思えない。
訝しげな表情でいるアサコを見て、サリュケは苦笑した。
「なにも不思議なことではないのですよ、アサコ様。王家の血筋は辿ればどこまでも繋がっていて、記録も残されています。それに、魔女は普通の人よりは真実を見抜くことができるのです」
そう言われて、アサコは黒鳥に目を戻した。だとしたら、どうしてラカはティエルデの行動や心を知ることができなかったのだろうか。
近くまで行っても、黒鳥は普通の鳥のようだった。けれど、よく見ると目は閉じられている。水の上をゆっくりと進むその姿を見れば、眠っているわけではないのだろう。水鳥の少女は魔法の対価として、美しい目を魔法使いに差し出したのだ。
二人の人間が近づいていることにも気づいていないようだ。水鳥のもとに行けば何かがあるかもしれないと思っていたアサコは、気抜けした様に小さな溜息を吐いた。
「例えばの話なんですけど、わたしがディルディーエに魔法を貰って呪いを解くことって……」
アサコの言葉を遮るように、サリュケは首を横に振った。
「後戻りができないことなのです。魔女になった者の殆どには強い後悔が待っています。その様なことはお考えにならないで下さい」
そもそもアサコは魔法使いに差し出せる様なものは、何も持っていないのだ。身体の一部を差し出すことなど叶わない。けれど、サリュケが否定するということは、身体を持たないアサコでも魔女になれないことはないのかもしれない。しかし、あくまで例えの話だ。魔女になる気など今のアサコにはなかった。ラカやサリュケほどに自らの身や心を削ってまで切望するものもない。
アサコは水鳥の姿が映る水面を覗き込んだ。角灯の灯りを受けてちらちらと反射する光は儚い。白く霞んだ視界は夢の中にいる様な感覚にさせられる。
「わたしの今の身体は、ラカのお母さんが作ったんですね。この目は、水鳥の姫がラカを囲った王様に貰ったものだった。水鳥の姫に似せて作られた人形。分かってるつもりなんですけど、まだ信じきれてないんです」
一つだけ願いがあったと思い出す。普通の生活に戻りたい。本物のアサコは今でも家で暮らしているけれど、母がいるあの家に帰りたい。祖母の優しい笑顔をもう一度見たい。魔女になればそれも叶うのだろうか。本当はこの先どうなってしまうのか考えだすと不安で仕方がないのだ。今自分は普通の人間ではないと意識すると、途方もない恐ろしさに襲われる。だからできる限り考えないようにしていた。
今まで見て、聞いてきた魔女は誰もが決して幸福とは言えないような結果を迎えてきた。けれど、どの道このままでは幸せな未来など訪れ難いだろう。母や祖母がいれば、不幸な出来事も乗り越えられる様な気がするが、この場所では心の底から頼れる相手などいないのだ。
思いつきはあっという間に強い願いへと変化していく。もし何かを差し出して、願いを叶えてもらえるのなら。
アサコはその考えを追いやるように強く目を閉じた。