22
今日も昨日と同じ時間が廻る。
ほの暗い部屋の中時々現れる鬼たちは、ラカの忠実な僕だ。アサコは隠れた壁に凭れて膝を抱いた。
「ねえ、鬼ごっこをしましょう?」
そう言ったのは、大きな鷲だった。小さな首を傾げて言われた言葉に、アサコは目を円くした。動物が話しをすることに驚いたのではなく、彼女がその言葉を口にしたことに強い違和感を感じたのだ。彼女は時々とても不可解なことを言う。
「おにごっこ?」
アサコが呟くように訊くと、大きな鷲は目をきょろりと動かした。
「あら? 言葉を間違えたかしら? あなたに貰った言葉にはまだ少し慣れていないの。ごめんなさいね?」
そう言い終わらないうちに、鷲は愛らしい少女へと姿を変えていた。ふわりと漂うように、アサコの座っていた寝台の上に膝で降り立つと、両手でアサコの頬を包んだ。柔らかい仕草に優しい笑顔、けれどそこに狂気が混ざっているように感じるのは、どうしてだろうか。
アサコが微かに身じろぐと、少女はますます笑みを深くした。
「追いかけるのが鬼で、その鬼から逃げる遊びよね? あなたは、逃げる方。負けたら、罰があるの。怖がることはないわ。だって、ただの遊びだもの」
アサコは小さく頷いた。どうせ此処にいてもとくにすることなどない。昼も夜も分からないこの場所が、どこなのかも分からない。けれど、そのお陰で弛緩してしまった意識が今はありがたかった。
ラカは、アサコの記憶の代わりにラカの傍にいることを要求した。アサコはそれに従っているだけ。此処に来てからどれほど経つのか分からないが、彼女に対しての感情はいまだ湧いてこない。ほんの少し、僅かに残った感情のどこかでこわいと感じるだけ。
その時から、二人の鬼ごっこは始まった。
鬼は、ラカの創りだした異形のものたち。それは、その時によって違っていた。大きな怪物に、白い人影のようなものに、紳士のような服装をした小さな鼠。その全てが、アサコにとっては恐ろしいものだった。それらに捕まった時に見せられる記憶は、嫌な感情ばかりを引き起こさせる。ラカがそんな悲劇の中心人物だったのかと思うと、アサコは彼女がますます恐ろしかった。彼女が狂ってしまっても仕方のない理由が、鬼達には詰め込まれていた。
城の中で行われていたその遊びの一部をイーヴェに話すと、彼は端正な眉を微かに歪ませた。
アサコが今までで思い出せたのは、その鬼ごっこの一部の記憶だけだ。城の中で、毎日のようにその鬼ごっこは行われた。一度頷いたアサコは、それからは否応なしにその遊びに参加させられたのだ。狂ってしまいそうになるその記憶のなか、いつもアサコを引き戻したのは、その元凶であるラカだった。その記憶の波に呑まれておかしくなってしまいそうになれば、ラカはいつもアサコからその記憶を抜き、再び鬼ごっこに巻き込んだ。そして、またその記憶を見せてはアサコを苦しめた。一体、彼女は何をしたかったのだろうか。
「それで、見せられた記憶っていうのは……覚えてる?」
アサコは、首を横に振った。
「ほんの少ししか」
嘘だった。その時見せられた記憶の数々は、貯蔵庫で影に捕まってしまったことにより、アサコのなかに残っていた。
けれど、そればかりは口にするのも嫌だった。口にすることによって、強い印象が頭の中に蘇ってくることをアサコは知っていた。
鬼ごっこのことをイーヴェに話す前、彼が教えてくれたことは、やはりラカがまだこの城に嫁いできたばかりのことだった。彼女はまだ幼く、そして更にまだ幼い少年従者を引き連れて、たった二人でこの城にやってきたこと。そして、少年王子のことだった。
かつての王子はラカよりも二歳年上だったが、それでもまだ幼い子供だったという。けれど、とても大人びた子供だったと。
少年王子は、二人のことをとても気に入った。その時までも友達はいたが、みんな家来のようで、無礼とも言えるあるがままの二人の言動はとても新鮮だったのだ。
夢の中で見たという光景を語るイーヴェの口調は、けれど自分が見てきたことを話しているように実感の篭ったものだった。それを聞いて、アサコは分からなくなった。彼が酷くラカを憎んでいることは分かっている。けれど、その憎しみの正体はなんなのだろうか。呪いをかけられ、晴れることのない緑の天蓋に閉じ込められた。理由はそれだけではないような気がしたのだ。夢の中で見た過去の出来事を話す彼には、憎しみは感じられなかった。
「ああ、もう日が暮れるな。今日はここまでにしよう」
そう切り出したのは、イーヴェの方だった。アサコはほっとした。蝋燭の灯りが灯されているとはいえ、暗くなり始めた部屋でいるのは少し落ち着かなかったのだ。相変わらず、雨が止む気配もない。できれば早くディルディーエの部屋に行きたい。
あからさまなアサコの態度に、イーヴェは眉を顰めた。
「また、魔法使いのところに行くつもり? 彼はあれでも、一応男なんだけど」
その言葉に、きょとんとさせた目をアサコはイーヴェに向けた。
みんな小さな魔法使いを大人扱いするが、アサコにとってはやはりその姿は子供にしか見えない。男と言われても実感が湧かないのだ。少年の姿である彼は、確かに精神的なところでは大人かもしれない。だからこそアサコは彼に頼ってしまうのだけれど、やはり外見上では子供でしかない。それはとても違和感のあることだが、それも今では普通のこととして認識している。
「そういえば……大人なのに子供の姿をしてるって、どういうことなんですか?」
「どうしてって、魔法使いはそういう生き物だよ。一度は大人まで成長するけど、あとはまた成長した時と同じ様に退行していく。その時間は人間より大分とゆっくりだけどね」
つまり、その姿は彼の寿命を表しているということかと、アサコは解釈した。簡単には信じられない話だけれど、魔法使いと人間はやはり違う生き物のようだ。
アサコはため息を吐いて寝台から足を下ろした。室内履きの靴を探して足を彷徨わせる。つい先ほどまで寝ていたせいかまだ眠くはないが、完全に暗くなる前にディルディーエの部屋に向かわなければいけない。
「ところで、君自身のことは思い出せた?」
立ち上がろうとして力を篭めた足を、アサコはぴたりと止めた。目を円くさせて目の前で立つ男を見上げると、よく解らない、という風に首を傾げる。イーヴェにとっては世間話しをしている様な感覚で訊いたのだろうが、アサコにとって彼の質問は意外だった。イーヴェは今まで自分に対して欠片も興味を抱いたことがない様に思えたので、そんなことは訊いてこないと思っていたのだ。何歳なのだろう、と言ったことはあったが、アサコ自身に歳を訊いたことも家族のことや住んでいた場所のことさえ訊いてきたことがない。普通、見ず知らずの娘があんな古城で眠っていたのなら、少しは気になるだろうに、少しも気にする様子が彼にはなかった。今となっては、曖昧な自分の記憶は何所までが正解なのかアサコ自身にも判らないから、歳を訊かれても困るのだけれど。
「最後の記憶は?」
返事がないことに、記憶は戻っていないのだろうと判断したイーヴェは次いで訊いた。
最後の記憶。それを言うのであれば、あの城の中で続いた鬼ごっこだろう。どれが最初で最後かも判らないが、毎日行われたそれ。
けれど、別のことが浮かんでくる。此処へ来る直前の自分が何をして、何処にいたのか。
アサコは目を大きく見開いて、足元を見つめた。膝の上に置いた手でぎゅっとワンピースの裾を握る。嫌な汗が出てくるのを感じながら、また首を横に振った。
無意識に右手で服の隠しを探ったが、小さな鹿は少女に持っていかれたままだったことを思い出し、心許ない気分になった。
「そう? まあ、早く戻るといいね」
本当に大して興味のない様な口調で言われて、ほっとしたアサコは指先に当たった靴を手繰り寄せた。手を使わずにそのままそれを履く。暫くの時間履いていなかった靴は少しひんやりとしていたが、かえって少し心地よかった。
その部屋は相変わらず眩しいほどの灯りに包まれていて、ディルディーエは部屋の真ん中に置かれた大きな机の上で分厚い本を開いている。大きな扉の隙間から見えたその光景に、アサコは安堵した。どういう訳かディルディーエの部屋へ向かう間、ずっと繋がれていた手のことも忘れて顔を綻ばす。すると、隣から小さなため息が聞こえてきた。
「一体、魔法使いのどこがそんなに気にいったのかな?」
訊かれて、アサコは首を傾げた。
「どこがって……分からないですけど、なんか安心できるんです」
「ふうん」
そこで短い会話は途切れた。
本に向けられていた少年の顔が、扉の前に立つアサコたちの方へと向けられる。一度は怪訝そうに顔を歪めたアサコが、あからさまに表情を明るくするのを見て、イーヴェは苦笑した。まるで飼い主を見つけた犬の様だ。探してみれば、尻尾や耳が見つかるのではないだろうか。
「ああ、そうだ。ディルディーエ、ティンデルモンバが今いる場所が分かりますか?」
「彼なら、ロヴィア王子と温室にいるよ」
「こんな時間に?」
「アリアゾネの季節だからね」
「ふうん。もうそんな時期ですか」
イーヴェは驚いたように声の調子を上げた。部屋の真ん中で立ち止まり、二人の会話を聞いていたアサコは、首を傾げる。アリアゾネ。聞いたことのある様な気もしたが、それがなんなのかは思い当たらない。すぐ横で硬質な音がして、ディルディーエが椅子から下りたことに気付いて見下ろす。
「年に三日間しか花弁を開かない、発光性の花だよ」
アサコの疑問を読み取ったのだろう。ディルディーエは淡々とした口調で言うと、机の上に黒い表紙の本を置いた。その分厚い本は、最近のディルディーエの愛読書らしい。毎日の様に彼が机の上でその本を開いている姿を目にしている。
「発光性? 光るんですか?」
小さな少年が頷くと、アサコは体をむずむずと動かした。今すぐ見に行きたい衝動に駆られるが、そんなことは言い出せずに口を噤む。この部屋まで手を繋いできたイーヴェにこれ以上子供扱いされるのは嫌だったし、なにより夜、あの植物園に向かうのは気が引けた。昼間でさえ少し不気味な場所だったのだ。それに、一度捕まったからと言って鬼ごっこが終わったわけではない。きっとラカは新しい鬼を創り出すだろう。
「見に行く?」
少し面白そうに言われて、アサコは唇を引き結んだ。小さく首を横に振る。変なところで意地を張ってしまった。見に行くかと聞かれれば、やっぱり見に行きたいと思ったのだけれど、イーヴェに対して意地を張るのが癖になってしまっているのかもしれない。今、聞いてきたのがディルディーエだったならば、鬼ごっこのことも忘れてすぐに頷いていただろう。
イーヴェは肩を竦めてディルディーエと二、三言葉を交わすと、夜の挨拶をして部屋を出て行ってしまった。
アサコは少ししょんぼりとした気分で、当たり前の様に部屋の隅に置かれた寝台に上がりこんだ。この部屋に来る前に入浴と着替えは済ませてある。寝てばかりいたせいか、余り食欲はなかったのだけれど、食事も殆ど強制的にイーヴェに摂らされた。
布団に潜り込んで、横になったまままた先ほどの席に着いたディルディーエをなんとなく眺める。そういえば、つい数時間前に彼がラカの魔法使いだったのではないかと聞いたところだったことを思い出す。
「なんだ、眠れないのか」
この部屋へ来てから眠れないのはいつものことだ。外が暗くなる前には寝る準備を済ませてここへやってくるのだから。その上、先ほどまで眠りこけていたところなのだ。アサコはそれでも頷いて「はい」と答えた。
「そうか。なら、此方においで」
アサコは意外そうに目を瞬かせると、のろのろとした仕草で寝台から抜け出した。おいで、と言ったディルディーエは、再び開いていた黒い本から目を離す気配もない。ぺたぺたと室内履きの踵を踏んだ状態で彼のところまで行き、その本を覗き込んだアサコは絶句した。真っ白だ。絵どころか、一文字さえ記されていない。けれど、彼の目はその真っ白な頁をじっと見入っている。
「なんですか、それ」
「ラカの残した記録帳だよ」
「ラカ……けど、なにがどこに記録されてるんですか。真っ白じゃないですか」
「見てごらん」
そう言って開かれた最初の数頁には、確かに文字が並んでいた。その文字がとても綺麗に整っているものであることは分かったが、読むことのできないそれを見て、最近勉強をさぼっていたことを思い出したアサコは顔を顰めた。その中から数個見覚えのある単語も見つけたが、意味も思い出せない。
「……なんて書いてあるんですか?」
「おそらく、お前のことが書かれてある」
ぎょっとして、アサコはもう一度文字の羅列に目を戻した。城の中で行われた鬼ごっこの風景や、影に捕まった時の記憶は確かなもので、疑っている訳ではない。けれど、現実みのない夢の中の出来事が、急に現実実を帯びたような気がした。ラカの存在を確信しているのに、心の中で曖昧な輪郭を保っていた彼女の存在が浮かび上がってくる。
「記録と言っても、とても曖昧なものでね。こと細かく書かれている訳ではない。始まりは、彼女が歪みの城の中でお前と出会ったところからだ」
「え……? お城の中で、出会った?」
「ああ。お前は何処かからやってきた訳ではなく、忽然と姿を現した様だ。彼女が自分に近しい存在を強く望んでいたら、望みが叶った、と」
ぞっと背筋が冷えた。その理由も分からずに、アサコはただ怖くなって寝着の裾を掴む。心当たりのない話しだ。けれど、咽に何かがつっかえてしまったように苦しい。城の床に浅く張られた、冷たい水を思い出した。近しい存在、と言われたけれど、彼女と自分との間に接点などないように思う。黒髪や同年代らしい外見という意外は。
「……わけがわかんないです」
「だろうねえ」
ちらりとアサコの目を見たあと、ディルディーエは言った。細い指で本の表紙を撫でる。
ピイと鳴き声が聞こえて見ると、鳥かごの中の滅多に動かない様な大きな鳥が宿木の上を跳ねた。バタバタと忙しなく羽をばたつかせる。普段は存在を忘れてしまう程に静かなものだから、アサコは驚いて体を震わせて、思わずすぐ前にいたディルディーエの服を掴んでしまう。
「ああ、お呼びだ」
「え?」
「私はちょっと出てくるから、お前は寝ていなさい。部屋のものは触ってもいいが、壊さないようにね」
「え、待って……」
言い終わらないうちに小鳥の姿に変わったディルディーエは、アサコが止める間もなく僅かに開いた扉の隙間から飛び去ってしまった。呆然と立つアサコの前で、無常にも扉は閉まる。しんっと静まり返った部屋のなか暫く扉を見つめたあと、諦めたように部屋の中をぐるりと見渡す。相変わらず部屋の中は明るく、ほんの少し古い本の香りがする。けれど部屋の主がいなくなっただけで、随分と空虚なものに感じた。追いかけようとも思ったが、アサコの足では追いつけないだろう。
「うそ」
自分でも意外なほど情けない声が出て、アサコは少し驚いた。思っていた以上にあの小さな魔法使いに精神的に頼っていたことに気付き、溜め息を吐く。どういう訳か、彼の傍にいるだけで安心できてしまうのだ。小さい子供の姿でいても、人一倍落ち着いているからだろうか。
鳥かごの中でまた置物の様に戻った大きな鳥を睨んだあと、寝台に向かおうとする足をぴたりと止めて、アサコは机の上に置かれたままの本を見た。今までティンデルモンバが普通に読んでいると思っていた本が、まさかラカの記録書などとは思いもよらなかった。こわごわと黒い表紙に手を添える。硬い布の感触が指を伝う。
「ラカ……」
無意識に呟く。アサコを城から連れ出したのはイーヴェだと聞いたが、その時に一緒に持ってきたものなのだろうか。それとも、彼らはアサコとは違ってあれから何度かあの城に出向いていたのかもしれない。
こぽっと、水の溢れるような音がした。
アサコは目を見開いて周囲を見渡した。貯蔵庫の中で自分の影からあふれ出した鬼を思い出して、床を見たが、特に異変はない。ほっと息を吐いたものの、不気味さを感じてアサコは寝台へ急いだ。布団の中に頭の天っぺんまで潜り込む。
暫くどきどきとしながらディルディーエが早く戻ってくることを望んでいたが、やがて強い眠気に襲われて眠りに落ちた。眠りに入る前こぽこぽと音が続くのと、鳥が騒ぐのを聞いた気がしたが、それも一瞬のことだった。
いらいらとしたロヴィア王子が植物園を出て行った時、入れ替わる様にして現れたのがディルディーエだった。小卓の前に着いたジュリアスは、小さな青い鳥が木の枝にとまるのを見るなり、浮かべていた笑みを深くした。
「また弟君を怒らせたのか」
「怒らすつもりはないんですけどね」
彼はいつも勝手に怒り出すから困りものです、と悪びれもせずに言ったジュリアスにディルディーエは内心呆れた。確かに一番気の弱そうに見えるロヴィア王子は、実は一番気が短い。彼が、どこかのらりくらりとしたジュリアスに苛立ちを感じるのはよく分かる。
「それよりも、呼び出しがあったから来たのだが。何の用だい」
ディルディーエが鳥の姿のままで聞くと、ジュリアスは肩を竦めてみせた。
「久しぶりに、師弟水入らずでお話でもできたらと思ったんです。ちょうど、アリアゾネも見ごろですしね」
「師匠を呼び出すとは、随分と偉い弟子がいたものだね」
「まあまあ、そう言わずに。この光景は、例え何百年経っても美しいでしょう?」
確かに、植物園の中にぽつぽつと光りがともっている光景は、美しかった。硝子の壁や木の幹、地面にまで張った蔦に咲く、赤子の握りこぶしほどの小さなアリアゾネの白い花がぼんやりと発光しているのだ。今年は特に花の数が多いらしく、灯りがなくとも近くにいる人の顔まで十分見えるほどだ。
けれど、ディルディーエは部屋に一人残してきたアサコのことが気がかりだった。まだ存在の意味さえはっきりとしない彼女は、できるだけ誰かの監視下に置いておきたい人物だ。いつラカの接触があるのかもしれないし、他の王子が彼女を殺そうとするかもしれない。あの部屋の中は部屋の主本人か、部屋の中にいる者の許しがなければ入れない仕組みになっているが、万全とは言えないだろう。彼女は見た目ほど幼い娘ではないようだが、それでもどこか不安定なところがある。夜、一人になるのを極端に恐れるのだ。
「部屋に置いてきた姫君のことが気になりますか? 師匠のことですから、彼女を守るための仕掛けはしてあるのでしょう?」
「物事には絶対、ということはないんだよ」
「あなたには似合わない過保護さですね」
わざとらしく驚いたようにジュリアスは言う。
「なんとでも言え。私は部屋に戻るよ」
言い終わらないうちに羽を広げたディルディーエは、ふと何かに気付いたように小さな顔を上げた。その円らな瞳が向く方向は、城の方だ。
止まった小鳥の異変に気付いたジュリアスは、考え事をする時のように口元に手を当てた。
「どうかされましたか?」
「アサコが、部屋からいなくなったらしい」
淡々とした口調の中に、いつもと違う感情が混ざっていることに気付いたジュリアスは手の下で小さく微笑んだ。