白馬の王子様【エピローグ小話】
本編「白馬の王子様」を読んでからをおすすめします。
【ケンジット男爵家の朝】
すっかり日が昇ってしまった寝室のベッドでヴァレリーは目を覚ました。起き上がろうとしても隣に眠る夫、ヒューバートが彼女をしっかりと抱きしめているため、身動きが取れない。
「ヒューバート様」
体をゆすってみるが起きようとしない彼にヴァレリーはため息を吐いた。
「ねえ、起きて。ヒュー。」
愛称で呼ぶと、途端に榛色の目がぱっちりと開いて、夫は笑顔で妻の頬にキスをした。
「おはよう。ヴァレリー。」
この人がその昔“氷の貴公子”と呼ばれたあの、ヒューバート・ダンヴィルだと思う人がいるだろうか。というほど昔の彼とは似ても似つかない。今となっては働き者の愛妻家だ。
ダンヴィル子爵家から勘当されたヒューバートだったが、ヴァレリーとの婚約は解消せず、ケンジット家に入り婿としてやって来た。
元来馬好きな彼は喜んで馬の世話をして、妻を抱いて夜眠る、充実した生活を送っている。
馬のヒューとヴァレリーはそれぞれユール、ベリンダと名を変えて広いケンジット家の敷地でのびのびと暮らしている。
白馬のベリンダはあの嵐の夜に本格的に足を痛めて競走馬を引退。黒馬のユールも足を骨折したが、治療もうまくいき、生活するのに支障は出なかった。
競走馬を多く育てているヴァレリーの実家なので、ベリンダは早速サラブレッドとお見合いをして、お腹に子供を宿している。
残念ながら仔馬の父親はユールではないのだが、ヒューバートは、いつか黒馬の子供も産んでもらいたいと思ってた。
「いい加減起きましょう、ヒュー。もう日が高いわ。」
腕の中でもぞもぞもがく妻を見下ろしてヒューは眉を上げる。
「まだ6時だよ。」
ヴァレリーは腕を突っ張って夫の胸から少しだけ離れる。
「もう6時、よ。仕事をしなくっちゃ。」
「?君の仕事って?」
寝ぼけ眼で肘をついているのもサマになっているハンサムな夫に見とれつつ
「馬の世話よ。水や飼い葉を入れ替えたり、掃除したり…」
ヴァレリーはベッドから抜け出そうとしたが、とっさに腕を掴まれてヒューバートの胸に逆戻りすることになった。
「それはアントーニオやベンがする仕事だよ。君の仕事はもう少しベッドで俺と仲良く眠る事。」
朝からあやしい空気になりそうだったので、ヴァレリーは必死で言い訳をした。
「ダメよ!最近仕事もせずにいるものだから、わたし太ってしまったの!厩舎に行って馬の世話をして、それから馬にも乗りたいの!」
「ヴァレリーは太ってないさ。」
そう言ってヒューバートは赤くなった新妻のおでこにキスをした。
「そうだな。じゃあ、久しぶりに遠乗りでもしようか。」
渋々起き上がった夫にヴァレリーはぎゅっと抱き着いた。
「どこまで行くの?」
ヒューバートはヴァレリーを優しく抱きしめ返した。
「俺はベリンダに乗って、君はユールに乗って…あんまり遠くへはいけないな。あの子たちの足を考えると。」
「そうね。じゃあお弁当持って行きましょうよ。ピクニックね。」
「ずっと、散歩をしたかったんだ。馬たちと、君とね。」
初夏の風が吹く。あの日ヴァレリーを背に乗せた頃と同じ風が。
「俺が馬だった時からの夢さ。」