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君と僕の最後の100日

作者: あかねいろ

風呂で思いついた話を一気に文章化しました。

 僕には、特殊な力がある。


 それは、人の寿命が見えるというものだ。


 人の寿命が残り100日を切ると、頭上に残された日数が表示される。


 僕の家は、有名な霊能者の家系だから、僕にもそのような力が備わっていたのだろう。


 僕は今まで何人もの人間の最後を見てきた。それというのも、僕が家から与えられた仕事に関係する。


 僕が家から与えられた仕事は、寿命が残り10日を切った人間に、自然と、正体がバレないよう近づき、死ぬ前最後の願いを手伝ってあげるというものだ。


 まあ、この仕事を一人でこなすのはかなり難しい。そんなわけで、僕にはもう一人、仕事仲間がいる。


 親父の知り合いの霊能者の娘――秋野あきの月姫つきひめだ。


 月姫とは幼少の頃からの付き合いで、なんでも、僕の許嫁らしい。


 僕としても、月姫としても、お互いに恋愛感情などなく、結婚する気なんてさらさらないのだが、お互いの親父の面目を保つために今は婚約者のふりをしている。


「私は別にあなたのことを好きではないわ。だから、お父さんたちにばれなければ、あなただって恋をしたっていいのよ?」


 この言葉はかつて、恋人が欲しいと願った中学二年生の女子生徒のために、僕が少女の恋人役をやってあげた時に月姫が言った言葉だ。


 おそらく、今まで一度も恋をしたことのない僕を気づかって言ってくれたのだろう。月姫には、好きな人がいるらしいからな。


 恋人を持つというのは、とても良いことだと思う。数日ではあるが、少女の恋人役をしていた時に、そう思った。でも、失ってしまう時の悲しさは、想像を絶する。


 僕は、少女の頭上に浮かぶ数字が0になった日に、初めてそれを知った。


 だから、僕はあまり人を好きになりたくない。月姫とも、このままドライな関係を築いていけたら良いと思っている。


 ――――――――――――


 ある朝のことだ。僕はいつものように、洗面所で顔を洗っていた。その時に、気がついてしまったんだ。


 鏡に映る自分の顔。その上に、100日と書かれた数字があることに。


 つまり、それは、僕の寿命が残り100日であることを意味していた。


 これを見た時に僕が思ったことは、なんだ、意外と冷静でいられるんだな、ということだった。


 僕はあまりにも人の死に向き合いすぎてしまったのだろう。死というものに、慣れすぎたんだ。


 悲しいことに、『死』が日常の一つになっていたんだ。だから、自分が死ぬということも、日常として処理してしまったのだろう。


 ――――――――――――


「よお、月姫。どうやら僕、あと100日で死ぬらしい」

「そう。それは残念ね」


 学校に行って、月姫に死ぬことを報告した。


 月姫に、寿命を見る力はない。彼女は視線を僕の頭上に向けて、瞳を細めたあとに、素っ気なく呟いた。


 どうやら、彼女も彼女で『死』に慣れすぎてしまったらしい。許嫁であり幼い頃から共に過ごしてきた僕が死ぬというのに、涙はおろか表情一つ変えないのだから。


「このことは、まだ親父たちには話してない。100日後、僕が死んだら君から親父たちに謝っておいて欲しい。隠しててすまなかったって。できれば死ぬまでいつも通りの暮らしをしていたいからね」

「分かったわ。普通ならあなたの頼みごとなんて聞かないけどね。これはあなたからの『お願い』ってことにしておいてあげるわ。普通なら10日前からなんだけど、幼馴染のよしみとして、100日間、あなたのお願いに協力してあげるわよ。仕事としてね」

「ありがとな。恩に着る」


 月姫は、ぷいっと、そっぽを向きながらそう言ってくれた。彼女は僕と同じでひねくれている。


 こうして、僕と月姫の、最後の100日が始まった。


 ――――――――――――


「そういえば、あなた、遊園地に行ったことがなかったはずよね? どうせ最後になるんだから、連れて行ってあげるわ。これもあなたからの『お願い』っていうことにしておいてあげるから、安心して」


 僕の残り寿命が100日と分かってから4日後の朝、急に月姫が僕の家を訪ねてきた。この言葉は、開口一番、月姫が僕に向かって言い放った言葉だ。


 この時、正直に言ってしまうと、僕は戸惑った。なにせ、彼女から僕を誘うことなんて、今まで一度もなかったから。月姫はいつもお高くとまっていて、自分から人を誘うことなんて一切しないやつだったからな。


「そうか。ありがとう。君から僕を誘うなんて珍しいな。連れて行ってもらうことにするよ」


 少し怪しいと思ったりもしたけれど、ここはありがたく連れて行ってもらうことにした。『遊園地』という場所にも行ってみたかったしな。遊園地は、一人で行くような場所じゃないだろうし、僕が一緒に行くとしたら、それは月姫しかいないからね。


 お恥ずかしい話だけれど、僕、今まで一度も友達というものができたためしがない。家の仕事などが忙しくて、人とあまり関わることが出来なかったんだ。だから、死ぬ前に一度、誰かと一緒に遊園地に行けて嬉しい。


 準備をして、僕たちはすぐに出発した。電車に揺られて一時間。ついに、目的の場所へと到着した。


 チケットを購入して、園内へと入る。踏み入れた先に広がる光景は、今まで見たことのないような光景だった。


 道行く人々はみな笑顔で、幸せそうで、楽しそうにしていた。ここ以外では絶対に使うことのないだろうキャラクターを模したカチューシャを頭につけて、友人たちとふざけあい、じゃれあっていた。


「ここにいる人たちは、みんな楽しそうだな」

「そうね。多分、私たちとは住む世界が違う人間なんでしょう」


 僕たちはそう言葉を交わしたあと、様々なアトラクションに乗った。


 ジェットコースター。お化け屋敷。ビックリハウス。メリーゴーランド。などなど。


 そして、僕たちは最後に、観覧車に乗ることにした。小さな空間に、僕たち二人きり。


 観覧車は、驚くほどゆっくりと進んでいく。ちょうど半分くらいの高さになった時に、外を眺めていた月姫が、口を開いた。


「ねえ、今日は楽しかったかしら?」


 窓の外に視線を向けたまま、月姫は呟いた。


「もちろんだよ。死ぬ前に、世界にはこんなに楽しい場所があったんだって知れてよかったよ。残り96日、今日の記憶があればやっていけそうだ」

「そう。それはよかったわ」


 月姫と同じように、僕も窓の外に視線を向けた。太陽はすでに沈みかけていて、空は橙色に染まっていた。


 橙色の光が、僕たちを照らす。その光はとても暖かく、僕たちを包み込んでくれているみたいだ。僕は今日、初めて誰かと遊びにきた。そのことを、祝ってくれているようだった。


 ――――――――――


 僕の寿命が尽きるまで残り85日。そんな日の朝、また急に、月姫が僕の家を訪ねてきた。


「そういえば、あなた、映画を見に行ったことがなかったはずよね? どうせ最後になるんだから、連れて行ってあげるわ。これもあなたからの『お願い』っていうことにしておいてあげるから、安心して」


 この日も、開口一番、月姫はこんなことを言ってきた。この時も、僕は驚いてしまった。一度ならまだしも、二度も彼女の方から僕を誘ってくるなんて、何かの間違いかと思ったくらいだ。


「ありがとう。連れて行ってもらうことにするよ。君から僕を誘ってくるなんて、随分と珍しいね」


 この前の遊園地が想像以上に楽しかったので、僕は今回も月姫について行くことにした。


「珍しくなんかないわよ。この前も誘ってあげたでしょ? 忘れないでちょうだい。あなたに最高の思い出を作ってあげたんだからね」

「ごめんごめん。確かにそうだね。最高の一日だったよ。今日もそんな日になればいいなあ」


 正直に言うと、僕はこの時、少しだけ期待していた。これがどういう感情で、何に対する期待かは分からなかったけど、悪い気はしなかった。


 僕たちは家を出て、近所にある映画館に向かった。色々ある映画の中から、僕たちが選んだ映画は、男女の甘酸っぱい青春を描いた恋愛映画だ。


 これをチョイスしたのは月姫で、彼女のような人間でも、年頃の女の子なんだなと思ってしまった。このことを彼女に言ったら怒られそうなので、言わなかったけどね。


 映画を見終わって、月姫が意外なことを口にした。


「私たち、産まれてくる家が普通だったら、この映画のように、普通の恋が出来てたのかしら?」


 月姫は、瞳を細めて、そんなことを口にした。


「まあ、今よりは間違いなく普通の恋はできただろうな。でも、僕はこれで良かったと思ってるよ。自分の死ぬ時期が分かるって、怖いことなんだろうけど、逆に言えばそれまでは死なないってことで、終わる最後の日が分かってるぶん、こうやってやり残しがないよう楽しめる。死ぬ時期が分からないと、後悔が残るだろうしね。それに、君に会えた。君がいろんな場所に連れて行ってくれるから、僕は霊能者の家系に産まれたことを後悔はしていないよ」


 この言葉を口にして、僕は驚いた。月姫に対して、こんな感情を抱いているなんて、自分でも知らなかったからね。おそらく、僕の寿命が残り100日を切っていなければ、こんな機会はなかっただろうし、こんな感情を持っていたことを知る由もなかっただろう。これが分かっただけでも、儲けもんだと思うんだ。


 ――――――――――


「そういえば、あなた、夏祭りに行ったことがなかったはずよね? どうせ最後になるんだから、連れて行ってあげるわ。これもあなたからの『お願い』っていうことにしておいてあげるから、安心して」


 僕の寿命が尽きるまで残り77日。そんな日の朝、月姫が僕の家を訪ねてきた。夏祭りに行くためか、彼女は赤を基調とした浴衣を着ていた。


 この時の僕の感想は、待ち兼ねた、だったよ。僕は早く月姫とどこかへ出かけたくて、彼女が誘ってくるのを待っていた。こんな気持ちになったのは、産まれて初めてだ。死ぬ間際になって、僕はいろんな経験をしている。これはまあ、幸せなことだろう。こんなことは恥ずかしいので、死んでも彼女に言わないことにするけどね。


「ありがとう。連れて行ってよ」

「もちろん。はやく行きましょう」


 そう言って、月姫は僕の手を引いて、外へと連れ出した。


 夏の強い日差しに打たれながら、僕たちは屋台を見て回った。金魚すくいや射的、型抜きなどなど、僕たちの興味を引いてくる屋台が沢山並んでいた。


「なんでもっと早くこんなに楽しいことに気がつかなかったんだろうな」

「仕事があったからでしょ。仕事を優先して、あなたは自分のことをないがしろにしすぎたんだわ。現に、今も仕事はこなしているけど、楽しめてるじゃない」


 言われてみれば、そうかもしれない。僕は自分が死ぬと分かって初めて、心の底から楽しめることに出会えた。おそらく、昔から、幸せとか喜びとかは足元に転がっていたんだろうな。僕は視野が狭すぎて、それに気がつかなかったんだろう。まあ、死ぬ前に月姫が気づかせてくれたから、良しとしようか。


「ねえ、あれをやりましょうよ」


 そう言って月姫が指差したのは、金魚すくいだ。


「いいよ。やろうか」


 僕たちは、金魚すくいをやることにした。


「見て! こんなに取れたわよ!」

「うおぉ、凄いな」


 月姫には、隠されていた金魚すくいの才能があったらしく、たった一つのポイで金魚をすくいまくっていた。


 その時の彼女は、今まで見たことがないくらい楽しそうで、今までで一番笑っていたとも思う。やっぱり、幸せはそこらじゅうに転がっているもんなんだな。僕たちでも、普通に過ごそうと思っていれば、普通に過ごせたのかもしれない。


 それから、僕たちはいろんな屋台で遊んだ。今までの人生で、ここまで笑えた日は、きっとないだろう。それでも、これから先、もっと笑える日が来るんだろうなと、この時は思えた。


 僕たちが遊び疲れた頃、あたりはもう真っ暗だった。提灯からもれる薄暗い灯りが、うっすらと道を照らしている。


 これから、花火が始まる。僕たちは今、それを見るためにベンチに座っているところだ。


 しばらくしてから、花火が始まった。笛のような音と共に、空へと打ち上がり、夏の夜空に綺麗な花を咲かせる。花が開いた瞬間、回りから歓声が上がった。


「世の中に、こんなに綺麗なものがあったんだな」

「そうね。これ、初めて見たものね」


 それから僕たちは、会話をすることもなく、花火を見ていた。僕は、この光景を瞳に焼き付ける。決して忘れることがないように。


 不意に、月姫が呟いた。


「ねえ、あなたって、キスをしたことがなかったわよね。どうせ最後になるんだから、してあげてもいいわよ。これもあなたからの『お願い』ってことにしてあげるから、安心して」


 その時の月姫の表情は、暗くて良く分からなかった。でも、声はとても優しくて、凄く、もの凄く、月姫が愛おしいと感じてしまった。


「うん。お願いします」


 僕がそう言うと、月姫は僕の肩を掴んだ。そして、そのままゆっくりと近づいてくる。月姫の柔らかな唇が、僕の唇と重なった。


 この時、僕は気がついてしまった。多分、僕は恋をしているんだと。


 ――――――――――


 それから、僕たちはいろんなところに遊びに行って、沢山思い出を作った。僕が死んでしまうその日まで、決して後悔しないように。


 ――――――――――


 僕の寿命が尽きるまで残り10日。そんな日の朝、月姫が僕の家を訪れた。


「ねえ、私たちって、許嫁よね。でも、このままじゃ、結婚式を挙げられないじゃない。あなたが死んでしまうから。だから、私たち二人だけでいいから結婚式を挙げようと思うのよ。まあ、これもあなたからの『お願い』って……」


 そこまで言って、月姫は黙ってしまった。何か物凄く恥ずかしそうにしている。


「嘘よ。これは、私からのお願いだわ。叶えてくれる?」


 おそらく、これ以上に嬉しいことは、ないだろう。そんな日が今日、きた。


「もちろんだ。結婚式、挙げよう」


 僕は家から袴を持ってきて、月姫は浴衣を持ってきた。有り金から出せる限界の金額の指輪を購入した。初めて僕たちがキスをしたベンチの前で、式を挙げた。


「ねえ、本当のことを言って良いかしら?」


 式の途中、月姫がそう言ってきた。彼女の顔は真剣そのもので、僕はそれを聞かなければいけないと、そう思った。


「私、あなたが死ぬの、とても怖い。ずっと平静を装ってきたけれど、もう、限界」


 月姫は、僕の胸に顔をうずめ涙を流した。


「覚えているかしら、昔、私はあなたに『私は別にあなたのことを好きではないわ。だから、お父さんたちにばれなければ、あなただって恋をしたっていいのよ?』って言ったことがあるのよ。あれは、半分本当で、半分嘘なの。あなたに恋をさせようと思ったのは、本当。でも、あなたのことが好きではないっていうのは嘘。私、昔からあなたのことが好きだったのよ。前に好きな人がいるって教えたじゃない? あれ、あなたのことよ」

「なるほど、そういうことだったんだね」


 僕は、月姫の頭を撫でながら、彼女の言葉を脳裏に刻みつける。


「『お願い』とか言って、あなたを連れ回したのも、本当は私があなたと一緒にいたいだけだったの」

「それついては、君に感謝しているよ。おかげで僕は、死ぬ前に楽しい想いをいっぱいできたからね。僕は今、とても幸せだ」

「ありがとう。とても嬉しい」


 この時、僕は初めて、死ぬのが嫌だと思った。生きたいと、強く願った。


 この時初めて、僕は本当の意味で、普通の人間になれたのかもしれない。


 ――――――――――


 僕の寿命が尽きる日。僕は自分の目を疑った。いつも通りの洗面所、鏡に映る自分の顔、その上に、0日を表す数字がなかったからだ。



 奇跡が、起きた。



 僕は、生きられるんだ。これからも月姫と生きていけるんだ。そう、歓喜した。


 このことを一刻も早く月姫に知らせないと。そう思い、彼女の家まで向かうことにした。


 月姫の家へと向かう道の途中にある交差点で、月姫を見かけた。


 彼女は、僕の家に向かおうと思っていたのだろう、僕とは反対側から、こちらに向かって歩いていた。


 その時、僕はまたもや目を疑った。なぜなら、彼女の頭上に、0日を表す数字が表示されていたからだ。


 そして、僕は気がついてしまった。車が一台、猛烈なスピードで彼女の方へ走ってきていることに。


 なるほど、そういうことか。運命ってのは、元から決まっているものなんだな。


 本来ならきっと、あそこに僕が立っているはずだったのだろう。


 どんな力を使ったのか、今あそこには、月姫が立っている。そんなことは絶対に駄目だ。


 僕が彼女を助けると決意した瞬間、彼女の頭上から0日の数字が消えた。恐らく、その数字は僕の頭上にあることだろう。


 怖くはない。愛する人を、救えるのだから。


 ただ、もう少し、月姫と一緒に過ごせたら良かった。でも、後悔はない。おそらく僕が過ごしたこの最後の100日は、僕の今まで通りの人生の中では決して体験できなかったであろう幸せな100日だったからだ。今じゃなければ、こんなに幸せには、なれなかっただろう。


 ああ、直接伝えたかったなあ。


 ありがとう、月姫。


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