山賊
王族用に作られた専用の馬車に揺さぶられながら外の景色をぼんやりと見つめる。
隣ではレミリアが長旅の疲れからかうとうとと首を揺らし、時にバッと顔を上げながら眠気と戦っていた。その愛らしい動作に思わず口元が緩むのを感じる。
王城を出てから約1ヶ月、山脈に入る前は景色もそれなりに変わったのだが、今では何処を見ても木々が森茂っているだけだ。つまらないことこの上ない。
野生動物の一匹でも見れないかなぁ、と外を窓からダラダラと見ていると、御者との連絡を取るための扉が開きそこから声が発せられる。
「さて、エンフィール様。いい加減私めに何故クラウン男爵領へ行くのかお教え頂けませぬか?」
御者の位置で軽快に馬を操っているネストリウス老が此方を見ないでそう尋ねてくる。
不敬罪とも取られかねない態度だが此処には俺とレミリアしかいないし、俺自身そんな事でいちいち言うほど神経質でもない。
それが分かっているからこそネストリウス老は馬の操縦に専念してるんだろう。
「別に大した理由じゃない。ただ、あの領地は王都から離れていると言う事と、俺の予想が正しければ中々に価値のある領だからだ」
背もたれに体重を掛けてのんびりしながらそう答える。
俺の目的は自分の言う事を聞いてくる部下を探してくる事だが、同時に王子としての役目も果たすという目的もある。
クラウン男爵領はその二つを同時に満たせそうだから最初の場所として選んだのだ。
「…………価値があるですか?」
ネストリウス老が怪訝そうな声を出す。
その正直な反応に苦笑してしまう。
ネストリウス老の言いたい事はわかる。
そもそもクラウン男爵領を治めるクラウン男爵家はわずか8年前に誕生したばかりの新興貴族だ。
成り立った理由はこうだ。
今から約10年前、俺の両親のせいで国が二分しかけていた当時隣国である『ペルセウス王国』がアルテリア王国に侵攻して来た事がある。
侵攻してきたペルセウス軍は総勢5000程の兵数で、本来のアルテリア王国であれば瞬く間に殲滅できる程度のもろい、オブラートに言うならば大して強くはない軍だった。
しかし国が二分しかけていた事で軍事系統が乱れ、国から軍を派遣する事が出来ないでいた。
その結果二つの騎士爵家と一つの男爵家が滅ぼされた。
そしてペルセウス軍がその勢いのまま男爵家に隣していたハレオウン伯爵家まで侵攻しようとしたその時、ある傭兵団がペルセウス軍に立ちふさがったのだ。
現クラウン男爵家当主エヴィリオ・クラウン率いるクラウン傭兵団だ。
総勢1000人程のその傭兵団はペルセウス軍と正面からは戦わず、夜戦や奇襲など相手の神経を減らす戦い方をして時間を稼いだ。
結果ハレオウン伯爵家は自領の私兵団と、国からの援軍を集める事が出来、見事ペルセウス軍を破る事が出来た。
その功績とハレオウン伯爵家からの推薦もありエヴィリオ・クラウンは男爵家の位を授けられ、同時に滅ぼされた二つの騎士爵領と男爵領も治めることになった。
8年経った今でも国中で語られる最新の英雄譚の一つだ。
しかし
「あそこはこう言ってはなんですが、あまり栄えていなかったはずですが」
ネストリウス老が不思議そうに言う。
そうネストリウス老の言う通りクラウン男爵家は栄えていない、もっとはっきりと言うならば貧困とした土地だ。
気温は悪くないが降水量が少なく、領内で戦争になった事で領内のあちこちの農地が荒れ地となったのだ。
その結果まともに作物が育たず、国に税を納めるのも苦労していると聞く。
ゆえにあの土地は、不毛の大地と呼ばれている。
初めクラウン男爵領を調べた時は俺もさして興味が無かったのだが、ある事が書いてありそれから興味を持ちここに来る事を決めた。
そしてそれは俺の想像が正しければクラウン男爵領は国を常識を一新する事になるだろう。
「まぁ、それは着いてからのお楽しみだ。それよりもクラウン男爵領の治安はどうなんだ?いや、傭兵が多いから治安はいいと思うが」
「…………いえ、どうやら治安はあまり良くはないようです」
「え?」
疑問の声を発した次の瞬間金属と金属がぶつかり合う音が響き、馬車の外で矢が地に突き刺さる。
「ん、なっ!?」
「ふぇっ!?えっ!?」
馬車が急停止し、体が馬車の壁にぶつかる。
俺は地に突き刺さった矢といつ間にか目の前に立っていたネストリウス老に驚き、レミリアは金属と金属がぶつかり響いた音に驚き飛び起きる。
「こ、これは一体?」
「どうやら山賊のようです」
ネストリウス老が剣を抜き構えながらそう言うと、木々の間から剣や弓を構えた男共が出て来る。人数は30人程だろうか。
「ははっ、久しぶりの獲物だ!」
「しかもありゃ貴族だ、これは期待できそうだな!」
「あの老人が厄介そうだが一人なら囲んじまえばこっちのもんだ」
「さっさとやっちまおうぜ」
次々とそんな物騒な事言ってくる山賊にレミリアが震え、俺の袖を掴んでくる。
しかし俺はそれよりも気になってしまう事があった。
「なんだあの髪型と服装?」
そう、山賊達は皆どこぞの世紀末のごとく個性的な髪型と服装をしていた。
あえて一言で表すならば
「くそだせい」
である。
「んだと、てめぇ!?」
「調子くれてんじゃねぇぞ!」
「全員あのくそったれの貴族様を袋叩きにしろ!」
「てか、ダサくねぇし!ダサくねぇし!」
「…………いや、しといてなんだけどダサいよなこれ」
俺の言葉に山賊達はいきり立ち剣や弓を構え襲いかかってくる。
しまった、失言だったか。
「死ねぇ!」
一人の山賊が和から飛び出し斬りかかって来る。速さも鋭さもない単調な剣使いだが、人を殺すには何も一つ問題ない動きだ。
もちろんーーーーー当たればの話だが。
「私を忘れて貰っては困りますな」
次の瞬間剣線が山賊を走り、山賊は血を吹き出して倒れる。
いつの間にか背後に立って山賊を斬り捨てたネストリウス老は血のついた剣を振り払い、血を落とす。
その姿を見て今にも飛び掛かろうとした山賊共は動きを止める。
「おい、なんだ今の!?」
「あのジジイいつの間にあそこに!?」
「…………動きがまるで見えなかった」
山賊共はその場から一歩たりとも近づけずにいる。
山賊共も気付いているのだろう。
この老人は手強いなんてものじゃないのだと。
全員で襲いかかってもあっさりと殺されるだけだと。
ネストリウスは再び剣を構え山賊共を目を細めながら睨みつける。
その眼光に山賊共はまた一歩後ろに下がる。
この時点で俺はネストリウス老のやり方に尊敬を覚えていた。
山賊はもう襲いかかってくる事はないだろう。
ネストリウス老は圧倒的実力差を最初に見せつける事で他の山賊に恐怖を覚えさせたのだ。
ーーーー此方が不利な状況だと理解させないために。
声を出さず山賊とネストリウス老を見る。
一人斬られたとはいえ山賊達はほぼ完全な状態だ。だからこそ、もしまた全員で襲いかかられた場合此方が不利だ。
ネストリウス老は負けないだろう。山賊共とは比較にならない程の力を有しているし、山賊はネストリウス老に恐怖を抱いている。そんな状況で山賊共がネストリウス老に勝てる訳がない。
問題は俺達だ。
はっきり言って俺達は足手まといでしかない。ネストリウス老もそれが分かっているからこそ最初に力量差を分からせ、山賊共が逃げるように仕向けている。
そして、それは今上手く言っている。
なら、俺達がすべき事はただ一つ。山賊共に意識を向けられない様に大人しくしている事だろう。
レミリアにもそう伝えようとして馬車内に視線を戻す。
しかしーーーーー 一歩遅かった。
「い、いい加減帰ってください!そ、その人は強いんですよ!前騎士団団長だったんですから!貴方達なんかじゃ、ぜ、絶対敵わないんです!だから、さ、さっさと帰ってください!」
しまった、そう思いながらも急いでレミリアの口を塞ぐ。
とっさに体ごと抑えしまったレミリアの体は細かに震えていた。
それはそうだ。
まだ幼く貴族の令嬢でもあるレミリアにとって山賊はとても恐ろしい存在に見えているのだろう。その状況から解放される、そう思って心が緩み叫んでしまったのを誰が責められるだろうか。
しかし、この時俺とネストリウス老の心は一つにだった。
ーーーーーマズい、と。
レミリアの声で逃げようとしていた山賊の足が止まる。そして山賊達の目はネストリウス老ではなく俺達に向けられていた。
「野郎共!!アイツ等だ!あのガキ共を狙え!あの化け物ジジイも一度に全員を止める事は出来ねぇ!あのガキ共を人質にしちまえばこっちのもんだ!全員行けぇえええええ!!!」
山賊の頭と思われる大男の声が轟き部下の山賊を鼓舞する。
山賊共は雄叫びを上げながら一斉にこちら目掛けて走り出した。
短編の方をやっていたら遅れました。
次話も早く投稿するつもりなのでお願いします。