終わりの時に プロローグ
9章 終わりの時に
「デート中に脱水症で倒れるなんて、お前の甲斐性の無さには呆れるものがあるぞ?」
その隣で友人の家原が野次る如くキツイひと事を吐いた。
そうか、私はどこかで熱中症で倒れたのか。
真っ暗な広場の端にはデカい赤い炎が踊っている。
その輝きには、ついさっき見てた火の粉のような凶暴さは感じることはなかった。神父が熱そうに燃えた花束の行方に目をやっていると、その炎は静かに音を立てながら形を変える何十通りもの美しくも歪な形へと変化する。それは人の心の様で、燃え尽きれば消えてしまうし、水を掛けても消えるだろう。違うのは、もう一度着けることができることだろうか。
でも、そこにも矛盾がある。
もう一度着いたは果たして今まであったあの炎を同じなのだろうか。
夜風の中でも一華のぬくもりが伝わる。
その一華と言うと、こんな中で、うたた寝を打っているのだ。
「もうすぐ時間だな。」
と空を見上げる。
何の事かと、分からぬまま数秒待つと、暗黒の空から光の花が数発も浮かび揚がる。
「何の音?」
と、目を覚ました一華も花火へと顔を向けた。
頭を退けようと思った力を抑えるように一華の手が自分の頭と肩へと置かれている。そのせいで一華の顔も確認できない。
花火を打ち上げ終わると、姫子たちもこちらに来るだろう。姫子に今の姿は見られまいと、一華にもう大丈夫だと言い、頭を起こした。それに、寝たままでは家原に買ってきてもらった飲み物が飲めないじゃないか。一華は私から何かを奪ったかのようなうっすらとした笑みを見せる。
それに気づかないふりをして、ただ過ぎる時間に目をやった。駆けよってくる姫子はやはり修道服は似合わなかった。熱そうに、人前でベールを外すと、一華を一瞥してちょっと拗ねたようにほっぺたを膨らます。そのあとすぐにもう子供じゃないんだからと自分に言い聞かすように、そのあとは一華にぎこちない笑顔を返す。そのあとも、焼ける炎をみんなで見ていた。
いつのまにかやってきていた間宮さんも炎の近くで太古の思いを受け入てるようだった。
そのあと、絶え間なく話をした。
気が済むまで、無くした時間を埋めるように、
帰り際だった。
「姫子に言わなくていいのか?」と家原。
その言葉は、先輩の間宮さんに向けられた一言だった。
「何をだ?」
「あの日、姫子を助けたのはアンタなんだろ?」
「もし、そうだとしてどうする?あの子が幸せならそれでいいんだ。」
帰り際、間宮は、楽しかったなと興内から出ていくと、また会えると良いな。と帰りの電車へと向かった。送っていくかという声には片手でそれを否定した。
いつまでも空を見上げる一華は、とても愛し気に夜空を見上げては、遠い昔思い出しているようだった。
もう帰らねばいけない時間は刻々と迫ってきているのに、最後に彼女へ駆ける言葉は見つからなかった。電車へ向かう彼女は、「また会おうね。」と笑顔を向ける。
つかさず、笑って見せたが上手く笑えていただろうか。
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その帰り道だった、母親ならこの事件を知っているかもしれない。そう思い電話で聞くと、事実は誘拐されて助かったのは本人のことだった。
そして、一華は誘拐とは関係なく、人ごみを越えた大通りでダンプとの接触事故で死んだということを母親は語った。
一度、誰も通るはずがない田舎道に車を止めて、廃村のある山のほうを見上げた。
「おいおい、いきなりどうしたんだよ?」
あのさ、母親から連絡があって、今確信した。あの日、彼女は間違えなく死んでいる。
それで、子供誘拐殺人事件、唯一生き残ったのは、、俺一人だけだったんだ。
背中から夜風以外の寒気がぞわぞわと押し寄せる。この二日間にあった幻を順に考えてみた。
まず、一華は本当に幼馴染の一華なのか?
何パターンとも言える、可能性を考えてきた。
家原の言う、いたこ説、催眠説というのも、改めて考える必要がある。顔の輪郭、姿態というものは歳によって変わるものだが変わっていくものだが、確かにあれは幼き頃見たあの一華を引き継いだ。
唯一変わったもの。
それは、彼女の体格と髪の色だ。成長を考えれば当たり前だが一華から取って変えられたというと、それぐらいしか想像ができない。
彼女には不審な点がいっぱいあった。だけど、何が不審な行動だったかといわれると、それは何のことだか分かるはずもなかった。
洋館へ着いたとき、家の電燈はつかず、仕方がなく、車の中に置いといた懐中電燈で部屋中を照らした。部屋の中は急激に歳を重ねたかのように、カビやら、埃の匂いが急激に嗅覚を刺激した気がした。
俺は祖母の部屋を見てくる。
「まじかよ。まぁ、、分かった。」
暗くなった洋館は、昨日観ていた洋館とは違う雰囲気を感じる。
気が老朽化し、触るところが、廃墟で感じるあの威圧感に似ていた。
つま先の感覚でさえ、正直ねっとりとした朽樹のようなしなやかさが体中に響く。
祖母礼子の部屋を訪れたのは二日前だ。
祖母の存在を信じて、開けた扉が目の前にあった。
でも、今度は違う。
今度はルチアを探すためのモノであった。
深夜は0時を過ぎ、もう明日へ達しているはずだ。
この扉を、ドアの向こうにいる誰かに問いかけるため、掌を握りしめ、数回ノックした。
誰の返事もない。
そもそもだ。
一華がいたはずなのになぜ電機はつかないのだろう。
一華はその扉を開いた。
暗くなった部屋は、月夜が、祖母の好きだったロココの椅子に注がれている。
そこには、身体を丸めたあの銀髪の小柄の少女はいなかった。
その代わり、一冊の本が置いてある。本棚の廊下を渡り切り、この本を手にした。グリム神話と知らない書体で書かれた本には写真が一枚挟まれている。月の光を頼りにこの紙切れを取りだすと、ここには幼少時代の一華と自分、祖母礼子が洋館の前で撮られた姿が映っている。
ちょっと、笑ってしまった。
写真の中の彼女の顔は、昨日まで見ていた彼女のモノとは違っていた。彼女は、とてもナナサイと似た姿をしている。それと、写真の裏には日本語表記のまま『だいすきな歩生ちゃんへ』と書かれていた。
一度、何も考えずに縁側の外を眺めたくなった。
錆びれたブランコが夜風でひとりでに揺れている。
カタカタと窓が揺れる音が止むとともに、ブランコの揺れも徐々に収まってきた。
もう一度洋館に訪れたときも、一華の姿はもう見当たらなかった。
あの日、ナナサイの母親は見つからず、結局このあと教会の神父とともに施設に預けられる、がすぐに謎の失踪をとげる。警察も後を追っているが、彼女は誰かさえも明らかになっていない。
プロローグ
九月になると姫子が大学受験で泣きつくふりをした。
彼女は勉強ができるほうだと思い込んでいたため、その事実は受け入れがたいものがあった。しかし、大学の心理学科というもののほとんどの教科がノート持ち込み可(先輩からの秘伝ノートも受け取り済み)のため時間にも余裕があった。
さらに無料というわけではない。
バイト賃月々三万円という金額は、懐を温める良い思案でもあった。
今まで働いていたアルバイトを減らすことには躊躇というような迷いは一切なかった。アパートが近い姫子は毎日のように炬燵の上に教科書を広げて勉強はするものの質問を問い投げることはほぼ無かった。たまに難しい問いにぶつかると、甘えのない流行口調で「この問題がわかりません。」と投げかけることがあった。しかし、このような問題を解けるわけもなく、大体の時間を検索要員と説明要員で事なきを終えた。
姫子が勉強している間と対向側の炬燵の中に潜り、女性の前だからというものあり、厄介そうな哲学書を片手に持ち、できるだけ上品に過ごした。
最初から分かっていた。
やはりというべきか、姫子は私に会いたいが為にこんな胡散臭い真似をしているのではないか。
恋仲同士でない男女が炬燵の中に悍ましくいるのは滑稽ではあるは、この関係には生徒と教師の越えられる壁以上に超えたくない鉄壁のような壁がある気がした。
来年の春、洋館は、あの大穴へと飲まれていった。
潰される前日に家原と姫子と共に最後の洋館をもう一度見に行った。近づくことのできない遠いフェンス越しから、三人で山の向こうを見続けていた。すべては思い出せないが、目周りしく時間というモノに縛られ、生活をした。自然を忘れた暮らしは、それほど苦しくなく、嫌らしいぐらいに身体に貼りつく。
洋館が潰されて三年、大学を卒業すると、某雑誌の就職した。そこで、日本の観光ガイドを作りながら、日々の生活を送っていた。
時々、家原に会うこともある。アパートへ来ると、大学院へ進んだ彼は酒を奢れをいつも近くの居酒屋まで歩き、そこで昔話に耽るのであった。
その一年後、大学卒業後、姫子は知らない男性と結婚した。
その報告には、間宮さんも同席していた。
間宮さんは、母親と同じジャーナリストになったと聞いて驚いた。
その年の暮、ある記事から旅行へ赴くことになった
あの事件からもう五年だろうか。
場所は秘密だ。
日本より北緯があると聴いたこの街はそこまで寒くなく、木の葉は赤く枯れていたがグリーンクロスの草原が風に靡かれる中、彼女は突然現れた。
正直、一目見た時は、彼女と気づかなかった。
「久しぶりだね。」
死神はどうして俺を連れて行かないのかな?
「たぶん、歩生に恋してたんだよ。」
いや、嫌われているからの間違えだろ?
「え、なんで?」
連れていきたくないほど、俺のことが嫌いなんだと思うぞ?
「そんなことないよ。。
でも、好きな人が望まなくても、嫌がることをわざとやる人っているよね。」
そうだな。。
俺だったら、どんなことがあっても、好きな人とは離れたくない。
「なんで?」
なんでって、、、そりゃ好きだから。
「好きだとなんで離れたくないの?」
その人の不幸や、災害から少しでも守ってあげたいからかな。。
小学生の時に好きな子がいたんだ。
その子に挨拶もなしに亡くなったと聞いたとき、どうして自分が守ってあげれなかったんだろうってすごく後悔した。ずっと、一緒に入れれば、彼女を守れたかもって、それがずっと頭から離れなくて。そしたら、好きな子なんか作らなきゃいいって友達とか大事な人をつくらないように過ごしてきたけど。どうしても、誰かに頼ったり、好きな人ができたり、息の合う友達と過ごしたいっていう欲求は満たされなくてさ。結局、誰かに頼ってばっかりなんだよ。
「そうかな。」
そうだよ。
いまだって、一華といて、時代の流れに逆らおうって、考えるには考えるけど、1人じゃ何もできない自分がいるんだ。子供の時の幸せを、いつまでも噛みしめて大人になれない自分がいる。
「いいじゃないの?人間というか生物ってのは本来、子孫繁栄、愛し合う生き物なの。
誰かに頼るようにプログラミングされててね。きっとそれには逃れられない。誰かが誰かを愛してしまうってのは、仕方ないこと。
大人になってもずっと続いてくんだろうな。
あの日から、魔法が終わらないように。
虐められてた私を友達と言ってくれた王子様。
傲慢で意地っ張りだったけど、いまもずっとこうしていられる。」
そのあと、絶え間なく話をした。
気が済むまで、無くした時間を埋めるように。
「ねぇ、あの日の約束覚えてる?」