遺言書、真夜中の散歩
遺言書、真夜中の散歩
「思ったより、住み心地も悪くない。」
車から持ってきた紅茶を啜る家原は。
立地条件最悪で自給自足に日々焦がれてたわけでもない。そんなこと、子供のころは考えていなかった。
祖母が作る料理お粗末ながらおいしかったし、庭に出れば遊具や虫たちがいる。今となっては遊具や昆虫には興味が無いが、子供の自分には周りにあるものすべてが宝物だった。
「火も使えるし、あらがちまだ誰か住んでるんじゃないか?」
そうなんだよ。家原にこの洋館の風変わりな幼馴染について説明した。
「妙な物好きもいるもんだな。」
確かに家に入ったときから、可笑しいと感じていた。
親戚がたまに訪れる程度でここまで状態がたとつことができるかといわれると無理だ。本当は半分、廃墟ツアーになることも容易ないと心もち決めていたが、そんな必要は無さそうだ。
そんなことを話していると、家原はこの家に来た当初の目的を話し出す。
「んで、どこらへんがそうぶつこか分かるのか?」
その言葉に返す言葉が無い。
この洋館は、幼少期に過ごした家だからといっても、余所者の家であるという概念が抜けることがなかった。この頃を思うと「借りてきた猫」という言葉がとても似あう。今でさえ、多少勝手に弄ることには 癪に触らないと言ったら嘘になる。
「何処か目星つけてる部屋はあるのか。」
という返事には幾つか思い当たる節がある。
子供の頃、一度だけかくれんぼをしたときにこのような部屋があったような気がする。
とにかく、部屋が多くて、それがどこの部屋なのか覚えてはいない。
「どちらにしても、年寄りの家だ。」
顎に手を当てながら、家原はポケットからメモとペンと取り出し、何かを書いた。
『倉物庫』?
「メモどおりにそうぶつこって言ったらおそらく倉物庫のことを指していたんじゃないか?昔の人はこうやって当て字で漢字を組み合わせたらしいしな。二階に『そうぶつこ』なんてものを作る家庭も少ないと思うね。
だって、年寄夫婦だろ?
態々宝となる壺や巻物を大変な2階にしまうか?それに俺だったら火事になったときに、すぐに持ち出せる場所を選ぶね?」
探偵みたいなことを言ってやがる。
そういえば、あいつ、推理小説が好きなんだったな。
家原は家柄が由緒正しき陰陽師の末裔であるにも関わらず、高校時代からオカルトに近い推理小説やマジックというものを趣味としている。二人が出会ったのも高校時代のオカルト研究部であったものは、遠い良い思い出だ。
「とりあえず、明日の買い物が終えたら一階を探してみないか?」
そうだね。今日中に掘り出す部屋ぐらい見つけておくのもいいかもしれない。
見つけるだけの価値があるものって信じたいけど。流石に孫に自分のオカルト趣味の秘伝奥義の魔術所だったり、ミステリーアイテムだったらひく。
「それはないことを是非とも願いたいね。」
と逆に推奨されてもなぁ。
どちらにしても、倉庫や部屋の装飾をまじまじと見ればバレてしまうのだが、風水の度を越したような水晶やら装飾品の数々を見ないふりをした。
おそらく、そのことに家原も気づいているのだろうが、態とだろうか。
家原が紅茶の味を確かめるように舐めている。
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夕日が沈んだ頃だった。
急に夜風にあたりたいと思い、寝ていた何も誣いていないベットから身体を起こした。
「どこかいくのか?」
と、ソファーのほうから、気だるげな家原の声がする。
顔を洗ってくるだけだ。と返すと、またしても気だるげな声で「あぁ」とだけ答えた。
洋館から出ると、太陽が当たっていた時と違い、少し寒く感じるぐらいの風が吹いていた。
記憶を頼りに、井戸のあった洋館の裏へと踵を踏みながら歩いた。
風が吹く度に、木々が揺れる音がして、止むと同時に何もない沈黙が訪れる。
裏にあるブランコを確かめると、その奥にはもっと茶色の道が続く。ここをずっと進めば、昔は村へとたどり着き、ちょっとした市場や教会があった。
学校へ訪れる友人たちもここからみんな通ってきていた。もう誰も住んでいないと、母にはそう聴いてはいたが。
井戸へ着くと、人は誰もいないと思っていたので、一瞬驚いてしまった。
白い素肌と髪と黒のゴシックのファッションと明暗が逆のせいで真夜中の彼女の顔だけ浮遊して見える。
井戸の裏側に一人の女性が座り込んで、夜空に耽っているように見えた。
「来ると思った。」
という一華の笑みは小悪魔ように、人の気を引き付ける。
「少し学校の方を散歩してみない。私のお願い聞いて?」
そういうと、学校の庭へ歩いてく。
足踏みを合わせて、彼女の隣へ行くと、鼻を鳴らして目を細めた。
学校の渡り廊下を過ぎて、旧校舎の裏側に着いた。
ここは、いつも二人の待ち合わせ場所みたいなところであったが、そこには堀入れたかのように一本の樹が植えられていた。
「この樹がね、トードリーの墓なんだ。
花が咲いているってことは、ちょうどこの時期に眠ったんだね。」
といって、もう一度笑顔を見せる。
ポケットから缶詰を取り出して、よいしょと樹にお供えをすると、祈るように両手を合せた。
トードリーは学校で飼っていたイングリッシュウルフハウンドという大型犬で、生物係の一華は毎日のように朝と夜と餌を与え、学校を終えると散歩をしていた。途中で転校してきた自分も、一華と一緒に何度か散歩へ出掛けたことも、代わりに餌を与えたこともあった。
「ずっとあなたに会いたがってたの。手を合わせてあげて。」
しゃがみ込んだ一華の旋毛を確認したあと、言われるままに両手を合せて祈った。
「最後はね、ちょっと寂しそうだった。でも、一生懸命生きてた。
たぶん、最後まで歩生ちゃんのこと待ってくれてたんだよ?」
胸が痛いような、辛い気持ちに駆られていたが、祖母が亡くなったときに誰もトードリーの世話をする人間がいないことに少しは気に掛けてはいたが、考えても仕方ないことと無意識にそれを無視していた。
トードリーの世話してくれててありがとうな。
「当り前よ。」
一華は乱れた銀髪を直すように掻き揚げる。
木々が揺れる音と共に、その咲いた花弁も何枚か揺れるように地面へ着地する。既に何枚も、夏の終わりを知らせるように花弁が美しくも無残に散らばっていた。
一華の手が咲いた花へと延び、軽く触れられると、愛しそうに確かめるように自身の首を傾げる。
「この村も取り壊しが決まってから、もう何年になるのかな?」
そのことを知っていたんだな、っと言ったら当り前なのか。
この場所に一華はずっといたのだから。
「あたりまえじゃない。」
幼い頃、この廃村の暮らしと都会での生活は、文化圏の違い程度に思っていた。
しかし、植物を切り、タヌキや狼っに熨し上がって、あの町に住んでるから、都会ってのは人間がリズム良い生活のために他の生命との共存ってのを切り離した場所だなんて、気づいたのは最近のことだ。
都会の恩恵を受けていた分、今更この廃村を潰すこを守ることはただの偽善者に他ならない気がした。
「歩生ちゃんはこの廃村が好きですか?」
好きというのは少し恥ずかしい。
「私は私が暮らしてきたこの村が大好き。」
「自然平和とか自然のバランス以上にこの場所が大事な場所だから。」
でも、これが結果だから、私たちは流れるように生きるしかない。
誰かに邪魔されたり、でかい壁があったとしても、それを壊したり、避けたして、どうにかうまく生きていくしかないから。
「みんなが出て行っても、出ていかない。私は信じているから。」
何を?
「神様をです。」
小さく風が吹く。
一華は青々しい木岐を手を伸ばした。
その樹に付いた葉を から一枚をちぎって、親指と母親指でクルクルとまわしながら、一華とは思えない、もっとも祖母の影響だと思われる一言を発信した。
「歩生ちゃんは魔法は信じる?私は信じてる。」
そもそも、祖母の弟子で魔女なんでしょ?
「そうだったね。でも、私の魔法はね。」
掌を閉じ、今まで手に持っていた葉をその中へと閉じ込めた。
一華は目を閉じて、ゆっくりと願い事をしているようだった。寝顔のようなな安らいだ顔が顎を引くと、手の中から微かに発光のようなものがみえた。
「えい。」
と掛け声とともに手の中からは一輪の花が咲いていた色くてデカいバラのような花は4月に花を咲かせるコブシという樹にできる花だ。
「魔法ってのは誰でも使えるものじゃないし、ましてはこの世に知られちゃいけないもの。
使用によっては、地球の力や生命力を無理に使うことになる。脅威な魔法ほど、そのリスクは高い。
そういうものを悪用しようとする人間が絶えなかった。だから、私たち一族は、この伝統と受け継ぎを止めることにした。」
「それが、おばあちゃんたちがしてきたこと。私が言ったことを、信じなくてもいい」
一度、言葉に躊躇したが、それはとてもじゃないが魔法というものにはほぼ遠い。
それに、その魔法のトリックは知っていた。
「うふっ」
「。。。笑うな!!」
突然、昔の忘れがたい思い出が脳裏に移り、笑いかけて口元を抑えた。
これは、家原との高校時代の話だ。
「いやさ、変なこと思い出しちゃって
「高校生の時の話なんだけど、俺と家原は何も対して活動もしないオカルト研究部という、よく学校も認めたなと御褒めしたいような部活動に入部してたんだ。」
当時俺たちの部活って人数不足で、俺らが二年の秋に先輩たちが抜けてから非合法な部活になってたんだよ。
まぁ、解散ってことなんだけど。
だけど、俺ら二人で勝手に元の部室をつかって活動してたんだよね。そしたら、学校側と生徒会からお咎めを食らってね。それにキレた家原が生徒会室まで乗り込んだら、活動条件として、今月の文化祭で何かしらの活動を行って、それなりの評価をもらえってことになってね。
ふたりで、それなりに公益につながるものはって何かって考えたとき一番に浮かんだのが、体育館でのライブだったんだよ。だけど、俺たちは楽器も使えないわ。音痴なわけで、色々考えたんだ。
それで、結局やったのは、大マジックショーだった。
それから、血が滲まないまでも努力はした。
それとは別に、部室を使って保母から教わったタロット占いをしたり、昼食時や人が集まったのを見計らってゲリラマジックショーなんてのもしたよ。元々、オカルト研究部っては名目だけで、俺は占い目当て、家原は手品志望ってのもあって、道具も経験も恵まれてたおかげもあるんだけどね。
その成果、学園祭のもっとも面白かった出し物ランキングでバンド部に頭二個差で勝ち越しダントツ一位になった。」
だから、俺も魔法的なことはできる。くだらない特技なんだけどね。」
そう言いながら、子供の時みたいに一華の頬へと手を伸ばした。
この歳の女性になんも躊躇もなく触れるのは戸惑ったが、自分の特技は相手に触れることでより多く発せられる。
一華は驚いた素振を見せたが、「いいよ。」と甘い声のあとに両目を閉じ、口を緩めた。
銀髪が垂れた弱そうな頬に手が触れても尚、彼女は目を閉じている。
「もう大丈夫。」
と声をかけると、何が起こったのかと分からない表情を、近づいた自分に対してお道化た顔を見せる。
「キスしてくれないの?」
そんなことはしない。
「じゃあ、何したの?」
性格判断みたいなもんだ。
一華は、男性には慣れていないだろ?
「ん、まぁそうね。」
近づいた瞬間、脈拍が物凄い揚がったからね。少しは免疫をつけるべきだね。
その瞬間、一華がふくれあがるのが見るように分かった。
物凄く彼女を怒らせたのは言うまでもない。
※
子供の頃からの悩みだった。
誰にも言うことも、相談することもなく、包み隠しにしていた。
自分の魔法。
性格判断と言ったらちょっと誤解がある。
自分には見た人の性格や思想、考えていることがなんとなく分かってしまう。
でも、トランプで正格な数字がわかる訳ではなかった。
実か否かの判断しかできない。ただ、考察力、願掛けに優れただけ。
子供の頃からの人間関係が苦手で、ありとあらゆる哲学書を読み耽っていたというのもあるかもしれない。
この能力に気づいたのは転校してすぐのことだった。さりげない同級生からの干渉、その時に頭に異変が起きた。頭の中に在りもしない言葉が入り込む。最初はこの感情にも似た感情が何のことだか分からなかった。
人は人に触れられることで、その人を親身に感じることができるというのは、何かの本で知ってはいた。
その能力が他人より多少優れているだけだ。そう解釈し、日々を過ごしてきた。
そして今、彼女の意思へと飛びこんだ。
それは白黒の世界。
無限ともいえる波紋の波のような物体が揺れている。
何度も何度も揺れ動く中、徐々に色が見えてくる。
青とピンク。
それ以上は触れていけない。
感覚的にそれを避けることにしていた。
その惹かれるものは何なのか理解していた。
彼女は私のことを兄としてみるだけでなく、その枠に超えた愛を欲していたこと。
今もこの関係は変わらない。
私は、居なくなるまで、その感情を無視し続けた。
それだけでなく、彼女には嘘をついていた。
このことが、二度と許されない惨事になるとを自分自身も想像していなかった。
そして、彼女は嘘をついている。
過去の記憶が紙捲りのスライドショーのように、消えては読み替え消えていく渦の中、ある一ページが頭に紛れ込む。
一華の身体から発せられる彼女以外の心といったもの。
それは、彼女を支えているマハトラのような精神なのだろうか。
複数も浮かび上がっては消えていく。
外見以外の容器の中身の様なものが彼女の中で魑魅魍魎のごとく呻きあっている。
人間の素顔に現れない。
このとき初めて、彼女の笑み以外の悪魔というものに触れた気がした。
気づいたというべきだろうか。
複数の怨霊が体の中を通り抜けていく。
過去を思い出した。
自分自身の彼女への嘘は許されるものではなかった。
それが、原因で彼女は動かなくなってしまう。
そうだ。
十年前、彼女は祭りのあの日、亡くなったのだから。