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KA・HA・TA・RE

Noel

作者: 木野晴香

12月になると、急に世間がせわしなくそして派手に、かなり苛立ちながら 多忙や無謀の押し競饅頭を演じ始めます。

友達は旅行のパンフを手に、「冬休みどうするんだよ」と口を尖らせ、母は ねっとりとした油まみれの 換気扇を父の古いシャツで磨き始め、取引先は「 アレの支払いどうなりましたか」と、いつもほったらかしのくせに確認のF AXを流してくるし、顧客は「玄関先を飾るナイヤガラライトのコードの色 が去年のと違うじゃないのよ」と苦情をよこし、ゲームソフト会社は注文が 殺到するとわかってるくせに少なめにしか出荷してくれないし、子どもも高 学年になると「ほんとはパパが買ってくるんじゃないの」とサンタの存在に 夢を懐かないくせに「サンタさんプレステ2を下さい」なんてカワイコぶっ たことを書いてニヤニヤ笑ってるし、ケーキはどこで買うとおいしいか真剣 に悩まなきゃ失敗するし、年賀状は早く投函しなきゃ元日に届けないぞと郵 便局は凄むし(ぃぇ、凄まれてません。ごめんなさい)、まあほんとに突然 何が起こったのかと思うくらい忙しくなるのです。

忘年会続きとか言ってダ ウンしてる場合ではないのです。倒れたくても仕事が押し寄せてくるから休 んでられないのす。

いったい何故こんなに忙しい?

私は今年初めてこの師走の忙しさに疑問を感じ、そしてひとつの結論を得たのです。


クリスマスとお正月が、たったの1週間置いてやってくるの がまずい。


この2つのイベント、半年くらい離れて来てくれたら、こんなに忙しくなら ないと思うんだけどなぁ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


Noel


日に日に日没が遅くなり、その日は確実に近づいてくる。

陽が傾いてセミの声も止んだ明るい夕暮れになると、市場は夕食の買出しの 客で活気を取り戻す。昼のきつい日差しを避けるために軒から張り出してい た分厚く重苦しいテントがたたまれ、店の奥の商品が、入れ替わった空気で 深呼吸をしている。打ち水が蒸発するときの懐かしい土のにおいと、熟した 果実の甘い香り、焼き魚を売る店の炭火のにおいや、風呂上りに買い物に来 た女の湿った髪のにおいなど、賑わう人ごみの中はあらゆるものが混ざり合 い、猛暑の昼間に眠っていた嗅覚が目を覚まし、それとともに、耳の中に雑 踏からあふれ出ている声や音や気配の渦巻いた波が押し寄せて、その身を脳 にねじ込もうとしてくる。

真夏の暑さにだらりと溶けてしまった体と心が、日暮れ前の涼やかな風でい ったん冷やされ、そしてまたここで、今度は溶鉱炉の中の鉄のように熱く熱 せられ、もう一度溶かされ、鍛えられ、そして美しく光る鋼になろうとして いる。

「今年はどこに行く?」

彼女の肩には、赤地に白い大きな水玉の柄のブラウスの、リボンになった肩 紐の結び目が左右にかわいらしく蝶のように止まっている。

「去年は山だったから今年は海かな」

「花火の見えるところがいいね」

僕たちは、夕食にローストビーフのスライスと、サラダを買い、バケットを 抱え、そして、一番端の店でソフトクリームを買って雑踏を抜け出した。

溶けて流れるバニラクリームを忙しく舐めながら、僕たちは川の土手の道を ゆっくりと歩いた。

「ほら、あれ。あのテントかわいいじゃん?」

彼女が指差した先を見ると、川遊びしていた家族が休憩用に河原に張ってい たテントを分解して車に運ぼうとしているところだった。

カラフルな布地と丸く湾曲した骨で出来たテントの先には、パンディッシュ くらいもある星が飾られている。

「あれね、LED内臓だから光るのよ。テントの布にもね、張り付ける星、 売ってるの。暗くなるとボーっと光るやつ。」

彼女はクリームを舐める合間に、目線は河原に置いたままで僕に説明をした。

星降るテントで聖夜を祝うのもいいな。虫の音を聞きながら、音の無い、彼 方に上がるちいさな花火が、地平線の上の漆黒に小さなしぶきのような模様 を描くのを観るのもすてきだ。

冬ならばもうとっくに夜の時間帯だが、日没後もまだ明るい今の時期は、こ うやって夕涼みがてら買い物に行き散歩を楽しむのが日課になっている。僕 は一年でこの時期が一番好きで、そしてこの時間帯を最も愛している。

毎年最高気温が34度を越す猛暑になるその日には、神の生誕を祝って町中 の人たちが、美しく彫刻した氷柱を並べ、噴水を高く吹き上げ、大きな花火 に拍手を贈るのだ。

日中の酷暑に、朝顔の花と一緒に萎れようとも、人々は、日が傾くと夕顔の 花のようにじわじわと気持ちを高め、そして祭りは始まり、朝まで厳かに、 華やかに、歌声は響き、喜びは夜風に乗って沖の船にも届き、そして星の輝 きも増すであろう。

夏は聖夜。祭りが終わると、風の向きがだんだんと変わり、陽が和らいで秋 を迎える。

「口の横、クリームついてるよ」

この夏が終わり、木々が色づき始める頃に、僕は彼女と、町の教会で永久の 誓いを立てるつもりだ。



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