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闇猫を介抱しました  作者: 小鳥空羽
第一之章 初の敗北、拾われる闇猫
2/2

壱*闇猫、逃亡


「ハッ、……あの【闇猫ダーク・キャット】が何とまぁ無様な姿だな!」


新品の黒のスーツをまとった痩身のクズは、込み上げる笑いを抑えながらも、目下もっかに力無く伏せる“俺”を見下し嘲笑った。


「テメェ…ッ、何の、真似だっーー!」


いうことを聞かない傷だらけの己の身体に鞭を打ち、地に伏せたーー血みどろの自分は両腕の力だけで何とか上半身を起こした。


「ほぅ、それだけの手傷を負っていながらまだ動けんのか。流石は【凄腕の暗殺者】様ってところか! …ロベッツェル家前当主、父上を殺しただけはある」


「! ……なるほど、“復讐”か。…チッ…、こんな面倒な屑の依頼なら、承諾すんじゃなかったな…」


露骨に皮肉る【元】依頼人ーーアズール・ロベッツェルから目を逸らし、自分の仕事に付き纏うその慣れ親しんだ言葉に、彼への関心が一気に消えた。


…チッ、今回は俺の完全なヘマだな。

薄々勘付いてはいたのだ。ロベッツェル家といえば、裏では闇の貴族の部類に入り、主に奴隷の人身売買を扱っている。そんな闇の貴族“様”の癖に家族愛なんてもんを人並みに持ってやがる家系だとも有名だ。…要するに、親族以外はどうでもいい自己中連中って訳だ。


そして、もう一つ有名なのは異常な潔癖性だ。潔癖性の貴族様が、王に見限られた町ーー【捨魂町スロール】の、取り壊し間近なボロ宿を待合に指定するとは考え難いが、何らかの企みがあるとすれば話しは別だ。


この町にいる奴は自分テメェのことで精一杯だからな。…それが、まさかまた面倒な復讐が目的だとは。チッ、これだから(俺以外の)人間は嫌いなんだ。


血みどろの俺こと“シーザ”はーー通称【闇猫ダーク・キャット】と呼ばれ、裏の世界では凄腕の暗殺者として名が知れている。


そんな自分だからこそ、数多くの【依頼】をこなしてきたってことで、当然幾度もの許されざる罪ってもんを犯してきた。


【暗殺】の仕事にとって【復讐】は、例えるなら金魚の糞だ。【標的ターゲット】にはほぼ100%の確率で、家族や部下や仲間等がいる。相手が孤立した依頼は皆無に等しい。標的に親しい連中がいればいる程、復讐なんて気を起こす屑共が次々と現れて面倒なことこの上ないが、“暗殺者”は“あの男”に辿り着く一番の近道!!


…雑魚で面倒な屑共に構ってる暇はない。

俺には…、殺らなきゃならねぇ奴がいんだよっ!


「…まだ減らず口を叩くだけの体力はあるみてぇだな。…おい、クロードッ!」


アズールは一瞬俺の【屑】という言葉に眉を顰めたが、身体を真っ赤に染め上げ這いつくばる自分に機嫌は戻り、己の目的を完璧にさせようと【ある男】の名を呼んだ。


「ーーおや…? 先程ので死ななかったのですか? …これは面白い。そう思いませんか…? オネット」


「……私でも死にはしませんよ、その程度」


引きつった女の悲鳴に似た音をたててゆっくりと開いた半壊の扉から、一つの忍び笑いと共に現れたのは、見目は気色悪い程整った二人の青年クズ


「おやおや…、オネット。エルフィリア族である貴方と比べては彼が不憫ですよ。貴方方は人間よりも遥かに丈夫なんですからね。

…ああ…、成程、一撃でトドメをさせなくて拗ねているのですか。貴方のトラップに掛かって尚生きているのは、彼が初めてですから…無理もないですね」


盲目なのか両目を閉じた、如何にも皮肉屋そうな黒の長髪の青年クズクロードは、両手を軽く左右に広げ然も楽しげに言葉を並べた。


「ふん、当たり前です。我々エルフィリア族は人間やエルフと容姿は似てはいますが、その力と身体の出来の差は歴然です。元よりそんな軟弱な種族共と比べる脳は持ち合わせておりませんので。…それに、正確には“貴方”が“初めて”で彼は“二番目”です」


しかも、貴方が負ったのは掠り傷のたった一つだけ…。

憎々しげに言い放ったのは、これまた如何にも生意気そうな薄い栗色のサラサラとした髪を肩まで伸ばした見た目ガキな青年クズオネット。奴のエルフィリア族の証である“虹の瞳”が、爛々と妖しく光っていた。


何だ、こいつ等…? …! いや、あの盲目のクズには見覚えが…。


「…おい、テメェ等にそんな無駄話をさせる為に高ェ金を払った訳じゃねぇんだぞ…? さっさとコイツにトドメをさせ!!」


暢気に言葉を交わす奴らにいい加減痺れを切らしたアズールは、床に腹這いなった俺の頭を虫ケラのように踏み締めた。


「ぐッ! …おい、俺様の頭に、薄汚ねぇ足のっけてんじゃねぇっ…!」


「ハッ、相変わらず口だけは達者な野郎…、いや、…野良猫か。…いいか、テメェはもう終わりなんだよ…。……この“敗北者”ッ」


「ーーーッッ!?」


“キミは、敗北者だよ”


脳裏に蘇った“奴”は、相変わらず腹が煮え繰り返る程ふざけた顔で、お決まりの台詞を吐きやがる…っ。


「っ……胸糞悪ぃ」


己が這いつくばる古く荒れた木造の床板に、右手の爪をガリッと血が滲むくらい引っ掻いた。


ーーそうだ…、俺は何をしてる。

たかがトラップくらいでヤラレるなんざ真っ平ごめんだ。“奴”を、…“奴”を見つけてるまで…、俺はっ……

“死のふちだろうと這い上がる!!!”


「糞っ、がァッ…!!」


俺は残り少ない渾身こんしんの力で、右腕をアズールの足めがけて振り上げた。


「っな…!!?」


アズールの屑は、俺の突然の反撃を避けるのに必死だったのか、呆れる程無様にバランスを崩して床に尻餅をつく。


肋骨や背骨に腕や足が何本折れていようが、視界がグラグラ揺れていようが、心臓がドクドク煩く暴れていようが、身体全体の感覚が麻痺していようが、切り裂かれた数多の傷口の出血が止まらず流れ出ようがんなの関係ねぇ!!


ガクガクと震え覚束ない両足を、四つん這いで同じく震える両手で何とか支え、フラフラと左右に小さく身体を揺らしながらもその身を起こした。


「ほぅ…」


「無駄にタフな人間ですね」


「う、嘘だろっ…!? もう身体はボロボロの筈だ! …なのに、なのにっ…何故まだ動けるっ!!?」


お茶の間の会話かと錯覚するくらい、のんびりとした口調の二人とは裏腹に、アズールは彼等の方に冷汗と恐怖の色を浮かべたじろいでいく。

貴族ともあろう者が“尻”で退くとは、…はぁ、こんな一人では何も出来ないお坊ちゃまにここまでの失態を犯すとはな…。まぁ、問題はこの依頼人アズールじゃなく、あっちの“盲目野郎共”だが。


「俺は、まだっ…“やれる”ぜ?」


これは、半分本当で半分は勿論嘘ハッタリだ。凄腕の暗殺者であろうと所詮人間、こんなガタガタな身体じゃアズールの屑は兎も角、盲目野郎共までは倒せねぇだろうさ。だが、何も奴等とり合う必要はねぇ。そもそも依頼人アズールの屑が裏切った時点で、こいつ等のことはもうどうでもいいんだ。タダ働きな上に、目的も果たさずこんな屑相手に殺られるなんざごめんだ。

…目的の為なら、俺は恥を覚悟で敵に“背を向ける”ことも厭わないっ!!


「……おい、其処の盲目屑野郎っ!!」


ギロリとクロードを睨めつける。


「! も…、……何ですか?」


クロードの余裕に満ちた口元が一瞬引きつったのが見えた。…ハッ、それを見れただけでも今回は良しとするか。


「次会ったら、その余裕面引き裂いてやるからなァ! 覚えておけッッ!!」


「!!」


暗闇に包まれた中暗雲に埋れていた満月の細やかな光が割れた窓硝子を通り、暗い部屋のせいで隠れていた俺の姿を照らし、瞳孔が縦に細長いエメラルド色の瞳を奴らに晒した。この、猫のような眼を。

ソレをクロードは目が見えていない筈なのに、少々驚愕した風に窺えた。それを確認した自分はゆっくり目を閉じた。

…? 本当に盲目なのか? 彼奴…。まぁどうでもい、“どちらにしろ好都合”だからな。


「ーーあばよッッ!!」


「ッ! 主様ッ!!」


「う、うわぁぁあああっ!?」


やはりエルフィリア族のガキは察しが良いな。だが、それも狙い通りだぜ。

“アレ”を俺と奴らの間に投げると、オネット(クズ)は焦燥した顔で跳び上がりそのままクロードを押し倒した。おいおい、依頼人アズールはいいのかよ。叫んでんぞ、思いっきり。

床に落ちた“アレ”はその瞬間、頭中にキーンと直接響いてくる大きく不快な音と共に、目が眩む程の強く眩しい光が部屋中に溢れた。


「ぐぁっ! な、何だこれはっ!?」


「っ!」


「くっ、ーー“閃光弾せんこうだん”か!!」


…どうやら、成功したみたいだな。

いくら俺でもエルフィリア族の足には敵わないだろうからな、テメェの忠誠心を利用させてもらったぜ。まぁ、予想以上だったが。






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