武林光の場合 01
第三章 武林光の場合
第一節
「本当にありがとう」
笑顔がまぶしかった。
「あ…ああ」
橋場の返事はそっけなかった。
クラスメートの潮崎美夕を悩ませていたストーカー事件は完全に解決した。
ストーカーは依然として行方不明。数々の淫行事件を引き起こしていた悪の巣窟である某体育大学のクラブは不思議なことに全員が除籍となり、完全に消滅した。
世の中の男性による暴行事件が全て消滅した訳でも何でもないが、少なくとも直接の加害者はきれいサッパリいなくなってしまったのである。
実態は橋場と斎賀によって全員が性転換され、お互いを性的欲望の餌食にする…先に変えられたものが一方的な被害に遭った訳だが…という凄まじい結末だった。
美夕が知っているのは、橋場が最初のストーカーを普通に腕力で撃退するところまでではある。
だが、それでも事件解決に大きく寄与したのは間違いないという認識を持ってくれているらしかった。
橋場は考えた。
女きょうだいのいない橋場には特に同世代の異性の考えることは分からん。その「同世代の異性」を量産している人間にしてはだ。
もしも仮に自分の知っている女が、夜な夜な女同士戦って負けた方を男にする特殊能力持ちだったとしたらどう思うか?
…状況が余りにも特殊すぎてイメージし辛い。
別に異性装が趣味と言う訳でもない。
毎夜「美少女戦士」に変身しては悪の怪物と戦ってるとなれば多少は複雑だろうが、オレ自身は男のままだしなあ…。
「橋場くん…」
「ん?」
「今日…放課後ってヒマかなあ?」
第二節
橋場は困っていた。
会話が続かないからだ。
美夕は徐々に打ち解けてきたのか、こちらに会話を合わせず、自分の話をし始めた。
曰く、好きなアーティストが誰だとか、友達がどうしたとかそんな話だ。
こちらに知識が無いので、適当な相槌で済ませる。
都内のど真ん中にある公立高校なので、クラブ活動を熱心にやっていなければ渋谷だろうと原宿だろうと池袋だろうと電車で一時間も掛からない。
二人は渋谷を歩いていた。
渋谷についてはそれほど詳しくない。
繁華街を歩いていて、腹が減ったので牛丼を食べたことがあるくらいだ。
「あ、あれ何かな!?」
陽気に駆け出す美夕。その行く先には人だかりが出来ていた。
(続く)




