斎賀健二の場合 18
第三十一節
ボキボキと指を鳴らす橋場。
「それならそうと最初から言えっての。相手になるぜ」
「…一応聞くが、僕たちメタモル能力者同士が戦うことの意味を分かってるよね?」
「…っ!そういうことか…」
「ああ。負けた方が女になるってことだ」
河原に風が吹き抜けた。幸い、まだスカートはめくれない。
「…そいつぁ、ケンカにしちゃあえらくスリリングだな」
「そういうことだ。メタモル能力者同士の戦いを特に「メタモル・ファイト」という」
「呼び名なんぞどうでもいい。まだ何か前置きがあるのか?」
「一応ね。僕は対戦ゲームが好きでね。システムに無知な相手に一方的に勝つのは好きじゃない」
「いいぜ。好きなだけ喋れ」
「基本的に相手に接触した場合、相手を女性に性転換させることが出来る。だが、そこだけで勝敗が決する訳ではない」
「女装までさせきれってか?」
「いや、それも絶対条件じゃない」
「じゃあ何だ?」
「相手を精神的に屈服させることだ」
またもや一陣の風が吹き抜けた。
「良く分からんな…屈服ってのは何を意味するんだ?」
「そうかね?キミには分かるんじゃないのか?これまでメタモル能力者以外の相手を随分屈服させてきたんじゃないか?男として、女となった相手を」
橋場の脳内に、直前まで身をくねらせて嫌がっていた相手が、キスの後、情熱的に吸い付いてくる情景がフラッシュバックした。
「…なるほど…そういうことか」
「原理的には相手を屈服させることが出来るなら、性転換も女装も必要なさそうだが…まあ、それはさせておいた方が相手が精神的に“折れ”易い前提条件となることは分かるよね?」
「…そうだな」
橋場は当然ながら性転換したことなどない。女装の経験すらない。
もしも相手にいつも自分がやっているように性転換させられ、抱きしめられたとしたら…それも精神を操作されて…男としての精神を保っていられるかどうか分からない。
「もう一つある」
第三十二節
「キミもやってるだろうが、我々は女になった相手をかなりの程度操ることが出来る」
「…そうだな」
「だがこれは、メタモル・ファイターが相手ではない場合だ」
「メタモル・ファイター…か」
「そう、メタモル能力者のことをそう呼ぶ。メタモル・ファイター同士だと相手を完全に操ることは難しい」
「具体的には?」
「精神的に抵抗すればいい」
「いやだいやだ!ってか?」
失笑する斎賀。
「基本的には正にそういうことだ。肉体の変えあい、着替えさせ合いではあるが、最後は相手を屈服させる戦いだ。途中に於いても精神が影響するのは分かるだろ?」
「ふん…」
「相手に触ってそれで終わりならそんな詰まらん試合などあるものか。場合によっては相手に触っても精神で跳ね返すことはありえる」
「へえ、そういうものかい」
「単純な接触が条件ならボクたちは気軽に握手も出来ない。そうだろ?」
確かにそうだ。
「ボクたちはもう、無意識で行う咄嗟の反射的な動きであってすら、相手に対して『女になっちまえ!』と思って触るだろ?つまりそういうことさ」
「もう一度聞きたい。『精神的な屈服』ってのはつまり何をすればいい?ヤっちまえばいいのか?」
「…随分直接的だね…。まあ、聞きたくなる気持ちも分かる。たしかにそこに至っても精神を保っていられる人間もいるかも知れない。けどまあ…大半はキスでオーケーだ」
駅を電車が通過している。
「キスか…」
「そう、キスだ」
(続く)