斎賀健二の場合 08
第十節
「…」
美夕はうつむいている。
橋場と美夕は一緒の方向に歩いていた。
降りる駅は同じではないのだが、通学定期で通り過ぎる範囲内に存在しているので送って行けるのだ。
「あー…いやー大学生ってのも困ったもんだよねえ」
適当に話しかける。
「そーねー」
もう会話が途切れた。
学ランとセーラー服姿の二人が並んで歩いていればカップルそのものだ。まるで地方で流れている制服メーカーのコマーシャルみたいである。
「…ありがとね」
「まあ、とりあえず落ち着くまではさ」
それなりに性格も操作して放り出しはしたものの、女になったストーカーが逆恨みして襲ってくる可能性がある。
行方不明扱いとはいえ、“別人”となった形で間違いなくこの世に存在はしているのだ。殺していない。
そうなると、一番危険なのは美夕だろう。
ここまで付き合ったのだから、最後までガードしなくてはなるまい。
…今度見かけたら、人格まで完全に変えてしまうしかない。
本当に殺す訳ではないが、臭いにおいは元から絶つ必要がある。
大学生だか何だか知らないが、ここまで人に迷惑を掛ける人間に更生など期待出来まい。
この日は何も起こらなかった。
第十一節
「…ということらしいぜ」
「ありがとう。助かった」
「別にこれくらいはな」
クラスメートの鈴原健介がスマホの画面を切り替える。
潮崎美夕にストーカーを仕掛けた「大学生」とは、どうやら都内に存在する、日本中にその名を轟かす体育大学の大学生軍団であった模様だ。
朧げに聞いていた、美夕の「お姉さん」の交友関係とも状況証拠は一致する。
これが調べれば調べるほど胸糞が悪くなる様な話のオンパレードなのだ。
運動の特待生として、高校時代からちやほやされてきたこいつらは下手すると中学時代からロクに学校の勉強などやったことがないバカ揃い。
正に『脳まで筋肉が詰まっている』連中だ。
バカなだけならばともかく、人間よりもケダモノに近いだけに性欲も旺盛。
それをそれこそ「恋人」や「配偶者」に発散するか、或いは自家発電など、『公序良俗に反しない』形で処理していればいいのだが…当然そんな範疇に収まらない。
大学に入学した未成年時分から飲み会を開催しまくる。
合コンともなれば参加者は全員お持ち帰り。
合意の上ならばともかく、強力な酒や時には薬物まで使って酔い潰し、集団で手籠めにすることを週単位で繰り返す外道どもだったのだ。
合意の無い性交渉は相手の年齢に関わりなく刑事罰の対象となる。
が、連中は巧みに状況証拠以上のものを残さない様に立ち回っていた。
時には本人に脅迫まがいの口止めをし、摘発されそうになると有力者の親戚を使ってもみ消す。
有名大学の生徒ということで周囲も事態の鎮静化の名の元に隠蔽に荷担しているというのだ。
望まない妊娠の果ての堕胎を苦に自殺した女子大生が出ても結果的に処罰者は一人も出なかったというではないか。
恐ろしいのは、これだけの事態がインターネットで高校生が数分スマホをいじっただけで発覚してしまうことだ。
そして、事実がここまで状況証拠に満ちていても、罰されない者は罰されない。
…どうやらやるべきことは決まった様だ。
(続く)