斎賀健二の場合 07
第八節
ストーカーだった筋肉男がその後どうなったのかは知らない。
一つだけ確かなのは、クラスメートの潮崎美夕につきまとう存在が煙の様に消え、二度と出現しなかったということだ。
二三日はこのことについて忘れていたのだが、次の週に美夕に声を掛けられた。
「あの…橋場くん」
何となくぼうっとしていた橋場は突然声を掛けられて驚いた。
「うわっ!…どうした?」
「この間のことだけど…」
「えーと…何だっけ?」
「大学生の…」
ここで橋場は思い出した。
「えっ!?あいつ大学生だったの?」
「そうよ」
確かにどこかの体育大学の運動部っぽい風情ではあったが。
「で、それが何か?」
それが何かも無いもんだ。あいつ自身が自分に対してストーカーしたくなるような美少女にしてやったのは橋場自身なんだから。
「ありがとう!助かったわ…」
「あ、いや…まあ」
やっと事態が飲み込めてきた。
「で、その…あの人ってどうした?あれから」
「えっと…」
どう答えたもんだろうか。まさか『美少女に性転換させてセーラー服着せたった』と正直に答える訳にもいかない。
「あの人…行方不明らしいの」
第九節
「ああ…そうなんだ」
「お姉ちゃん心配しちゃってて…」
「そのお姉ちゃんって…」
「いとこの女子大生のお姉ちゃんね。子供の頃からお姉ちゃんって呼んでるから」
そういうことか。
こちらからしてみれば、キングコングみたいなストーカーというどうしようもない存在だが、顔見知りからすれば行方不明は心穏やかではあるまい。
「…知らない。ぼっこぼこにして放り出したから」
「そう…ゴメンね」
「いや、別にいいよ」
「あの…気を悪くしないでね?」
物凄く言いづらそうにしている美夕。
「こ…ろしてないよね?」
「はい?」
「ご、ゴメン!お姉ちゃんがそう聞いて来いって!」
泣きそうになっている美夕。
「…」
少し時間を取る橋場。
事態に合点が行ってきた。それを探りに話しかけてきたのだ。
「殺してない殺してない。そんな馬鹿なことする訳ないじゃん」
「だよ…ね。ゴメンね」
まあ、嘘は言っていない。
「行方不明ってだけで死体が出た訳でもないし…でも、その後本人を名乗る謎の女の人が現れて部屋をあらしたりして大変だったみたい」
「あ…」
そりゃ変わり果てた“本人”だ。間違いない。
(続く)