橋場英男の場合 40
第四十節
何の気なしに朝刊を見ていて、心臓が止まりそうになった。そこには見出しがこうあったからだ。
『身元不明の女性、交通事故死』
そこには、所持品にあった写真などから拝借したのか、丸い白黒写真があった。ミリお姉さんに違いなかった。
所謂「ベタ記事」と言う奴で、詳しい状況は何も分からなかったが、要するにあの夜に街をぶらついていた女性がトラックに跳ねられて即死したということらしかった。
ミリお姉さんは男時代の身元を示す所持品をそのまま持っていたはずだから、その意味でははっきりしているのだが、何しろそれに反する形で肉体は完全に女性なので警察は「別人」と認定したらしい。だから「身元不明」ということになるのだ。
何という事だろうか。待望の女体を獲得した正にその夜に、一瞬でミリお姉さんの命は奪われてしまったのだ。
救いがあるとするならば、僅か数時間とはいえ、あこがれ続けた女体を堪能し、ショッピングの間おしゃれを楽しむことが出来たというだけだ。
記事には軽く仄めかされていたが、ミリお姉さんに限って自殺など絶対にありえない。これから女子高生として人生をやり直すところだったのだ。
何という運命の悪戯か、偶然…偶然にこの日の夜に交通事故死してしまったというだけなのだ。
これ以来、橋場は希望者であろう男性にボランティアで性転換を施してあげることを一切していない。これからもしないだろう。
ミリお姉さんの遺言になってしまったその言葉を噛みしめながら。
最後の最後に、「身元不明の女性」という扱いではあったが、正真正銘社会から「女性扱い」してもらえる栄誉に浴することになったのが救い…。そう考えることにした。
(続く)