橋場英男の場合 38
第三十六節
「もしも本当に相手にダメージを与えたいなら、女にした上で二目と見られないブスにして、その上トドみたいに太り散らかさせて、特注の相撲取りみたいなセーラー服着せるのが一番ね。でも、そういう能力じゃないのよね?」
橋場は考え込んでしまった。
確かにそういう“使い方”は想定していなかったのだ。
「多分、出来ないと思います」
「でしょ?だから、自分以外にその恩恵に預かれる人間がいて欲しくないの」
「…は?」
「…意外でしょ?でも人間なんてそんなもんよ」
「それって、そのニューハーフの方々が、自分以外のニューハーフの方々が自分みたいに綺麗な女性になるのを妨害しようって話なんですか?」
「ええそう。あなたが生きてたら、自分以外も今の自分と同じ…可愛い女の子にしてもらえる…ってことじゃない。それは気に入らないのよ」
「そんな…」
「考えすぎかもしれない。でもね、あたしたちってそういう考え方をしがちなのよ。人一倍嫉妬心が強いっていうか…あなたには分かり難いかもしれないけど」
だが、自分の一番大事なものに対する直情傾向ならさっき身を持って体験したばかりだ。危うく絞殺されるところだったんだから。
また手を握ってきた。
「だから、ボランティアで希望者に性転換してあげるのはあたしで最後にして。いいわね?」
「…そうします」
その後、お姉さんは適当な食事を注文した。出て来たのはピザとジンジャーエールくらいだった。流石に酒を出させるわけにもいかないってことなんだろう。
「お姉さんはこれからどうするんです?」
第三十七節
「さあ、どうしようかしら?」
何やら楽しそうに言う。
「でもまあ、大丈夫よ。何とかするって」
心ウキウキが止まらない様子だった。ここまで幸せそうな女子高生を見たことは無い。
「身よりも無いでしょ?」
「あら、何とかしてくれるのかしら。もしかしてお嫁にもらってくれるの?」
「い、いえ!そんな!」
「冗談よ。多分身寄りは無いと思う。戸籍も無いでしょうね。遺伝子的には完全に女だけど、ある意味今までと変わらないっちゃ変わらないからさ。どうにかなるって」
「はあ…」
「彼氏はいたけど、ホストに貢いだりはしてないから蓄えもあるのよ」
少しだけショックを受ける橋場。
「え…そうなんですか?」
「うん。いたよ彼氏。多分まだ新宿にいる」
「その人とはこれからどうするんです?」
ため息をつくセーラー服。
「…どうかしらねえ。その人はあたしみたいな男が好きな人だったから…多分女になっちゃったら振られるわ。間違いなく」
「え?」
複雑な話だ。ただ、ミリお姉さんには借金もあったが、借金取りに隠れて蓄えがあったらしいことは間違いない。この統合性がどうしても取れないのだが、そこは深く入り込まないことにしよう。
(続く)