橋場英男の場合 37
第三十四節
「多分、安手のSF小説だったら政府が真っ先に飛んでくると思うでしょうけど、所詮はお役所だからね。そんなマンガみたいな話が予算通過するもんですか」
何やら夢の無い話になってきた。
「でも、悪い人は違うの。どんなにバカバカしくても現実は現実。徹底的に使ってくるわ」
確かに『現実的』な話だ。
「あと、自分がしておいてもらって言うのも図々しいけど、これからはボランティアであたしみたいなのを性転換してあげるのはやめた方がいいわね」
「まあ、確かにそうですね」
「どうしてそう思うの?」
「…さっき分かったんですけど、この能力って相手がこっちを襲ってこないと使えないみたいなんですよ」
「それで最初は上手く行かなかったのね…本当にゴメンなさい」
「いえ!ボクだって知らなかったから」
「…多分、事前に知らされてたら上手く行かなかったわね。きっと『本気』で殺意を持って襲い掛からないと駄目でしょうから」
そうかも知れない。その意味では結果オーライだった。
「とにかく、そういう点を差し引いても無しね」
「どうしてですか?」
「どうしてだと思う?」
質問を質問で返された。余り他人の女性と込み入った話をする経験が豊富とは言えない橋場だが、これには当惑する。
「今の私は違うけど、もしもその立場…立場に同情して女になりたい男が女に性転換してもらった…だったら、あたしはあなたを殺すかも知れない」
「…え?どうして殺されなくちゃならんのです?感謝されるんじゃ?」
第三十五節
「あたしは違うわよ!こんな素敵な身体にしてもらって…感謝しかないけど、一部にはそういう男もいるの。精神的には女の腐ったのみたいで、女の悪いところだけ持ってるみたいなのが」
「良く分からないんですが…」
「…さっきのお店を抜け出した時のことを覚えてる?」
鬼気迫る表情で追いかけてくるヘビーなボスおかまのことなら覚えている。
「…分からないけど、彼女は多分勘付いてるわね」
「『勘付いてる』って?何に」
「…それこそ馬鹿馬鹿しいけど、あたしが本当に女の子になったってことに」
「…はぁ!?そんな馬鹿な」
「確かにバカバカしいわね。実際に見たって信じられないのに、それを瞬間的に勘付くなんてありえない…と言う風に思うわそりゃ。でも間違いないわ」
「それって…持ち込んでないセーラー服着てたからとか?」
「それも要素の一つだけど、そんな表面的なことじゃないわ。身長が前に比べて縮んでるとか声質がちょっと違うとかもあるけど、そこじゃないの。何というか…雰囲気というかオーラというか…」
「はあ…」
「あなたって相手を女の子にする時にとっても可愛くするでしょ?」
橋場は急所を衝かれた気がした。
「ええ…一応相手の元の顔をベースにはしますけど」
「最大限可愛くするわよね?或いは美人に」
「はい」
(続く)