橋場英男の場合 32
第二十八節
「すぐに直します」
思い切ってやってみた。
セーラー服の上からお姉さんに触れると、たちまち乱れていた髪型や顔、ぐしょぐしょに濡れていたセーラー服の上半身などが綺麗に整っていく。
「…あら…」
鏡に振り返るお姉さん。
「便利ねえ…」
この場合、相手に害意は無いのだが、一旦変身が始まってしまえば「微調整」は継続して可能であるらしい。
「よし!それじゃあ準備完了!とにかく行くわよ!」
この時、どうしてそこまで急ぎ、かつ敵陣を突破するみたいに用心している様に見えたのか分からなかった。だが、走り始めてすぐに分かった。
勝手知ったる店の中を走るため、先導して手を引くお姉さん。
髪と長いスカートの裾を風になびかせ、飛翔するかの様に駆け抜けた。
予想通りセーラー服の美少女を見とがめたニューハーフさんたちは一様にギョッとする。
だが構わずその脇を学ランの橋場が遅れて駆け抜ける。
「ちょっと!」
非常に太った、貫禄のあるニューハーフのそばを通り過ぎた時、相手の目に光る敵意に射抜かれた様な気がした。
「待てやゴルァ!!!誰かそいつら止めろ!」
仮にボスと呼ぶが、そのニューハーフは一応女性を装っているんだからもう少しドスを緩めてもらっていいと思うんだが、ともかくゴリラ高利貸しに負けない怒声を放った。
声に気が付いて何人かがこちらを見たものの、咄嗟に事態を把握できない。
やっと出口が見えてきた。
背後にはボスの声と足音が追いかけてくる。
「開けて!」
セーラー服の美少女が叫ぶ。ゲイバーとは最もかけ離れた人物だろう。
入口のところにいたバーテンらしい制服の男は一瞬戸惑った。
「どいて!通してよ!」
追いかけっこであることまでは辛うじて分かる。
(続く)