橋場英男の場合 30
第二十六節
「ありがとう…本当に…何てお礼を言っていいのか…」
すぐに涙がこぼれてくるので必死に抑えていた。
「ね?言ったでしょ?」
「ホントね…。あなたすぐにここから逃げた方がいいわ。私も一緒に行くから」
突然何を言い出すのか、と橋場は思った。
「あたしもすぐに荷物をまとめるわ」
「え…?」
「今夜のショーはキャンセルよ。っていうかもうここでのお勤めもおしまい!そもそも未成年は働けないわ」
理屈は通っているが、どうして橋場まで逃げることになるのか。
「ついさっきまで女の格好した男だったあたしには良くわかる。あなたみたいな人がいて、正体がばれたらあたしみたいなのに追い回されるわ」
橋場には先ほどの事件で良くわかった。
この能力は、「自分に対して害意、敵意を持っている相手」にしか使うことが出来ないのだ。だから最初は上手く発現しなかった。だから、お姉さんが怒りにまかせて首を絞めてきたところでやっと発現したのである。
そんな調子で希望者へのボランティア性転換を引き受けていたら命が幾つあっても足らないのではないか…という気がする。
「とりあえず一気に店の外まで出るわよ。その後は新宿駅にまぎれちゃえば大丈夫だから」
「…その恰好で?」
思わず橋場は言った。
(続く)