橋場英男の場合 01
第一章 橋場英男の場合
第一節
「ふああ…」
「彼」こと橋場英男はで欠伸をした。
声にこそ出したが誰にも気づかれない様にだ。
それもそのはずで、教室の中には黒い覆面に抜き身の鉄砲を構えた男が睨みを利かせているからだ。
男子は詰襟の学ラン、女子は…コテコテのセーラー服でもなく、今時の女子高生風でもない、白いシャツに黒いスカートという「私服でない女学生の制服」としか形容のし様の無い制服姿で床に座らされている。
多くの女子高生は泣いており、ダサい制服を嘆くいつもの威勢のいい軽口は見られない。
少子化のために、大量に用意されていた教室の半分は開いており、その数少ない教室の生徒たちが3つの教室に押し込められていた。
学校がジャックされたのである。
主犯の男は放送室に立てこもっているらしい。
相手の人数は不明だが、各教室に2人。職員室に5人は最低でも配置されている。
生徒をまとめたのは監視がしやすくなるからだろう。
当然、「人質なう」などとインターネットソーシャルメディアでつぶやかれたのでは適わないので、生徒たちは虎の子の携帯端末を全て没収されていた。
ついさっき、隠し持っていた男子生徒が殴り倒されたところだ。
犯人は更に怒声を上げて携帯端末を出せとわめいている。
泣きそうになった女子生徒の三人ほどがおずおずと差し出した。
それまではどちらかというと紳士的だった犯人の一人は逆上し、後から差し出された携帯を床に叩き付け、完全に破壊されたと確信するまでしつこく踏み潰し続けた。
その様子に悲鳴が上がり、新たに何人かの女子生徒が泣き出す。
『…生徒諸君』
落ち着いた声の校内放送が流れた。
間違ってどこかのスイッチでも押してしまったのか、校内清掃時に流れる威勢のいいBGMを背景としていたが、すぐに音楽は止む。
『我々は目的を達すればすぐに立ち去る予定だ。それほど時間は掛からない。それまで大人しくしていれば命の心配はない』
リアクションは皆無だった。
(続く)