橋場英男の場合 16
第十一節
お店はまだ開店しておらず、店内もまばらだった。
だが、稀にサンバカーニバルみたいな恰好の『美女』たちとすれ違った。お姉さんは軽く挨拶を交わす。
ふと気が付くとそこかしこに人はいる。
濃い化粧に露出度の激しいドレス…という点はお姉さんと共通だが、裏声交じりのだみ声が最大の違いだ。申し訳ないが、典型的な「オカマ」という風情である。
お姉さんは個室があるらしく、そこに招き入れてくれた。
もしも平凡な高校生ならば、こんなお店には怖くてとても入れないだろう。一体何をされるのか全く分からないからだ。
目の前のお姉さんは、このお店で働いているということはつまりニューハーフ…「男」であるはずだ。
はずなんだが、余りにも可憐で綺麗な容姿なので本当に女性に見える。それも「綺麗なお姉さん」という雰囲気だ。
普通の格好をしていればそれこそ深窓の令嬢のお嬢様で通りそうなのに、敢えてケバイ化粧をし、派手な露出のドレスを着ることで無理に水商売の雰囲気をだして清楚さを打ち消している様にしか見えない。
…まあ、自然な姿ということならば男性の姿が自然なのだろうが、少なくともこの人がスーツにネクタイで「男装」したならば、その方が「男装趣味の変態女性」に見えてしまうだろう。
お姉さんは傷の手当てをしてくれる積りだったみたいだが、こちらはあれだけの格闘をこなしながら全くの無傷だった。
仕方が無いので当たり障りのない話をした。
お姉さんはやはり話し相手が欲しかった程度であるらしい。
余りにも美しいのでやはりドギマギしてしまう。男と分かっていてもだ。
不思議なもので、目の前にしてしまうと「本当に男性なんですか?」なんてふざけて訊ける雰囲気ではない。
「…これからどうしようか」
「何でです?」
お姉さんは答えなかった。
「…さっきの男ですね?」
「君はとても勇ましくやっつけてくれたけど…基本的にはお金を借りてる側なのよね…」
(続く)