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第九話

「何勝手なことをしてくれてんだお前は!」

「痛ってえ!」

 こちらも選出を話し合おうと後ろを振り向いた瞬間に、香澄から頭頂部へ攻撃を受けた。それもどこから取り出したのか、学校備え付けお客様用の緑色スリッパで。

「言ったよな、あたしらは向こうの土俵に乗って相手を完膚なきまでに叩きのめすのが主だって!」

「確かに聞いたな」

「だったら勝手に勝負方法変えてんじゃねえよ!」

「けど、アンタたちの作戦は確実に勝てんのか? 俺の作戦なら間違いなく勝てる」

「ああ?!」

「へえ、面白いね。聞いてみようじゃないか」

 食って掛かろうとする香澄を両手で抱きかかえるように紗央莉が押さえ込んで爽葵の言葉を促す。

 爽葵は一度頷いて再度口を開いた。

 杏奈たちのことだから相手の土俵に乗ろうと勝てる作戦は立てているだろう。だが、それでも勝率は百パーセントではないはず。爽葵の立てた作戦ならば勝率は天候の被害さえ受けなければ天地がひっくり返らない限り勝てる。その上、上手くいけば完封勝利で終わることが出来るおまけつき。

「うーん。確かに絶対勝てるけど、この作戦は致命的な欠陥があるね……。まず相手は乗ってこないと思うけど。それこそ向こうの揚げ足を取ってるわけだし」

「そこは瀬戸に任せた」

「え、わたしですか? ここ一番を他人に任せるとかどんな無責任なんですか綾音さん……。はっ、まさか……そういう発言をして責められたいという性癖をお持ちなんですか?! こんな大一番でも自分の快感を求めるとはやはり大物ですね……」

「アンタはどれだけ俺をマゾ体質にしたいんだよ!」

「大丈夫です。世界中の皆が綾音さんを否定してもわたしは綾音さんの性癖を肯定します」

「仮にそうなったとして全世界の人間に嫌われんのか俺! てか、そんなこと言ってないで話を――」

 などとどうでもいいやり取りをしているうちに、「こっちの選出は終わったわよ」と女子テニス部部長が話し合いを終えてやって来た。

「ほら、終わっちゃっただろ! まだ何にも相談してねえよ!」

「大丈夫ですよ綾音さん。綾音さんの思われていることはわたしにも心の声で伝わっていますから。いわゆる以心伝心ってやつですね」

 何故か誇らしげに杏奈は爽葵にウインクを投げるなり、女子テニス部部長の前に堂々と仁王立ちで構える。

 実は本当に読心術を覚えていて、あのどうでもいいやり取りの中で爽葵作戦と選出を読んでいたとでも言うのか。

(ならここで悪態でもついて相手の思考力を奪ってくれれば――)

 先程と同様にこちらのペースに乗ってくれる……などと爽葵は軽い気持ちで思っていた。

 だが、人生が人の思惑通りに動くはずがない。

「えいっ」

 杏奈は女子テニス部部長の胸をおもむろに両手で鷲掴みする。

 男子一同の目が釘付けになった。

 だがしかし、見た目とは裏腹にどうやらお世辞にも大きくなかったようで杏奈の表情が一気に落胆の物へと変わる。というかあからさまなため息までついている。女子のお胸はいくらでも補正修正がかかるらしい。

 にも関わらず遠慮の欠片など一切見せずに揉みしだく。

 初めは恥ずかしさから顔を真っ赤に染めていた女子テニス部部長だったが、皆の視線を受けて次第に青ざめた色へ変わり、最後にはもうどうにでもなれと漂白されたように真っ白になった。

 あまりこういった行為になれていなかったようで女子テニス部部長は完全に沈黙し、他の女子部員二人にずるずると後ろへと引っ張られて姿を消した。

「……では、試合開始ですね」

「何事も無かったかのように話を元に戻した?!」

 などと爽葵が突っ込んではみたものの、相手側はそんなにのほほんとした空気ではない。何というか殺気立っている。

 図らずも部長を精神的に倒したため、こちらへの敵意を先程よりもより一層深めることに成功した。

 ならば、後は自分が立てた作戦を遂行するだけと爽葵は適当に杏奈を相棒として連れて行こうとするも、視線で紗央莉にしろと指示を出されたので迷うことなく紗央莉を連れ立った。

「……じゃ、行きますか」

「選ばれたからには相応の働きをするよウチは。それと女の子が相手だと俄然やる気がでるしね」

 意気揚々に二人は卓球台の前に爽葵の用意したシェイクハンドラケットを手に立つ。

 この時ばかりは風も空気を読んだのか二人の髪をなびかせる程の風を吹かせ、二人の登場シーンを演出した。

 それに続いてテニス部側も選ばれし二人が対面する。一人は髪の毛をお団子にして一纏めにしており、もう一人はベリーショートの髪形が特徴的。

 お団子の女子部員はどこか勝ち誇っているようにふんぞり返っている。

「裏を突いた作戦だと思ってるんでしょうけど残念だったわね。私は中学までは卓球部だったのよ。ちなみにこっちの子も同じく元卓球部よ。ちなみにあなたたちは何部だったの?」

「帰宅部だ」

「セパタクロー部だよ」

「中学にそんな部活あるの?! やるわね……油断ならないわ」

 お団子女子とベリーショート女子が驚いて一歩後ずさる。

 そしてテニス部一同に戦慄が走ったように皆ゴクリと喉を鳴らした。

「アンタらセパタクローにどんな恐怖抱いてんだ! そもそもセパタクローと卓球全く関係ないだろ!」

「まぁまぁ、爽葵君。ネットを挟む競技という点は似てるじゃないか」

「フィールドの規模が違う! そもそも使うの手じゃなくて足だから!」

 どうどう、と紗央莉が爽葵のツッコミを、猫をあやす様に背中を撫でながら押さえていく。

「さて、恐れられているのは恐縮だけど、ここからは萎縮してもらおうかな。サーブはこっちがもらうよ」

 紗央莉が右手に持つピンポン玉を卓上で小刻みに弾ませながらサーブのタイミングを計る。

 卓球部から爽葵が勝手に取って――快く譲り受けたピンポン玉は目立った傷もヘコミもなく、回転も楽にかけられそうだった。

 紗央莉がルーティンを終え、ピンポン玉を上に放り投げた直後――

「ちょっと待った!」

 お団子女子が紗央莉のサーブに右手の手のひらを突き出して制止をかけた。

 空中に投げ出されたピンポン玉はそのまま再び紗央莉の手中に収まる。

「サーブ中に声かけるなんてマナー違反じゃないかい? 仮にもスポーツマンなんだからマナーくらいは守ってくれないと」

「その前に、私たちラケットもらってないんだけど! これじゃ試合が出来ないわ」

「ラケット? それなら君たちがいつも使ってるやつがあるじゃないか」

 そこにあるやつ、と紗央莉がしれっと指差したのはテニス部が毎日使っている手入れの行き届いた使い込まれたテニスラケット。

「ありえないわよ! こんな大きなもので卓球が出来るわけないでしょ!」

 相手に打ち込まれたボールを弾き返すことくらいは出来るのかもしれないが、あんな大きなラケットではサーブはもちろん回転などかけられるはずがない。そもそもミートに当てることすら困難を強いるだろう。

「けど、道具は各自で用意するって言ったじゃないか。それに、テニスラケットでもやり方によっては勝てると思うけど」

「そんなわけないでしょ! いくらなんでもやり口が悪質すぎるわよ! こんな方法で勝って恥ずかしくないの!」

「仕方ないな……。じゃあウチらのラケットを使って。ウチらは別のでやるから」

「おい木枯……。じゃあ俺ら何使うんだよ……」

「コレでいいんじゃないかな? テレビでたまに見るから使えるよ」

「まさか……それは!」

 どこからともなく取り出したソレは紛れもなく、さっき香澄が爽葵の頭を叩くのに使った緑色のスリッパだった。

 確かにテレビの企画でプロがスリッパを使い、素人がラケットを使うものが放映されたことは少なくともある。

 ギャラリーからも「スリッパ卓球だと!?」「あの伝説の勝負が今ここに再現されるのか!」「こりゃ名勝負になりそうだぜ」などとよく分からない方向に折り上がり出した。

「イケルイケル」

 紗央莉は有無を言わさず爽葵のラケットを引っ手繰ると、二つ纏めてお団子女子に手渡した。

 突然のスリッパ卓球宣言にあっけに取られていたお団子女子だったがすぐ我に返り、再度勝ち誇ったように鼻を高くしながらふんぞり返る。

 だが、スリッパ卓球自体をよく知らないギャラリーからは「木枯は勝負を投げたの?」「まさか向こう相当の実力者?」「あのスリッパには秘密でも?」などとクエスチョンマークだらけのガヤが飛び交う。

 こんな茶番染みた勝負を未だに誰も帰らずに見届けているとは、ここにいる全員相当な暇人なのだろうか。

 などと、勝負そのものを受けた部長である杏奈は試合そっちのけで考えていた。

「一番の責任者が何やってんだよ!」

「……はっ! わたしの心を読むなんて。まさか綾音さんにも読心術が? それともわたしマニアにこの数時間で変貌を遂げたとか。これこそメタモルフォーゼ部の真価ですね!」

「うまくねえよ! 何だよわたしマニアって!?」

 そうは言いつつも、爽葵自身大久保に同じ質問をしたことがある。

「あ、綾音さん。紗央莉がサーブしましたよ」

「ちょっとはこっちも気にかけろよ!」

 などと焦ってはみたものの――焦る必要などまるでないのである。

 紗央莉が放ったサーブは本来のラケット使用時と比べると単調なもので、ただ相手のコートに球を入れるだけのものだった。

 中途半端に跳ね上がった球は経験者からすれば絶好のスマッシュ球。

「まず先取点はもらったわ!」

 高らかに叫びながらお団子少女がラケットを絶妙な角度を保ったまま振り切った。

 さすが中学時代卓球部というだけあって経験者のフォーム。誰が見ても完璧にスマッシュが決まったと確信する。

 だが、球はお団子女子のイメージとは異なり、急降下を見せて力無くネットに突き刺さった。

「は……? 嘘でしょ、ミスった……?」

 テニス部陣からも「馬鹿な! あの子があんなミスを?!」「一体スリッパでどんな回転かけたってのよ……」などのどよめきが走る。どうやらお団子女子は中学時代こんなヘタなミスをすることのないそこそこのプレイヤーだったようだ。

「ほら、次そっちのサーブ」

 自分のミスが信じられないといった表情で固まるお団子女子を置いといて紗央莉はベリーショート女子にサーブを促す。

 ベリーショート女子は任せて、と頷いてお団子女子に安心を与えながら、回転をかけるために球を高く放り投げる。そして、ラケットの表面に球を擦らせる――も球は自陣のコートにすら当たらず、明後日の方角へ飛んで行った。

 またもどよめきが起きる。

「サーブすらも……!? 何なのよ一体――はっ!」

 お団子女子が怒りと焦りに任せてラケットの丸い部分を両手で握る。通常握ったところでラケットに形状変化など起こることなどない。だが、お団子女子が握ったラケットは何故かグニャリと歪み、握った手が沈み込んだ。

「ちょっとコレ……ラバーの中身スポンジだああああ! ――って待っ」

 不意をつかれて爽葵に打たれたサーブを捌ききれずに、お団子女子は球を反射的に手で掴んでしまう。

「十一点先取だから後九点だな」

「ちなみに文句は受け付けないよ。ウチらが使おうとしてたラケットを寄越せって言ったのはそっちなんだからさ。だからテニスラケットでも使いようでは勝てるって言ってあげたのに」

 爽葵と紗央莉が眼光を光らせながらニヤっと黒い笑みを浮かべる。

「あんたたち図ったわね!!」

 単純だが異様に黒くセコイ二段構えの作戦だった。

 当然ながらテニス部だろうと卓球経験者はいるだろうし、最悪元卓球部がいることも考えていた。そこでいかに敵に自分たちの力を引き出させないか考えた結果がコレ。使う道具自体の攻撃力をマイナスに変えてやれば反動で相手の力もマイナスになる。いかにフォームよく力加減がベストだろうとマイナスにいくらプラスをかけてもマイナスなのだ。

 なので爽葵は大久保が昔冗談で作った中身スポンジの存在を思い出し、どうせお遊びで持ってきているだろうと踏んでそれを使用することにした。

 その作戦を実行するには相手を煽り、勝負内容を変更させたことを認めさせ、その上で相手の揚げ足を取った行動に理不尽さを指摘させて道具を渡す、といった面倒な工程が必要だったわけだが。どうやらこの部は爽葵が思った以上に嫌われているらしい。意外と簡単に事が成りえた。

 爽葵が立てたクサイ芝居もこちらを舐めてかかったテニス部にはバレずに済んだわけである。

「さ、次はそっちがサーブ番だ。何なら今からテニスラケット使っても構わないぜ?」

 ニコリと爽やかな笑顔を浮かべてカッコよく余裕ぶるも、手に持っているのはスリッパというダサさが玉に傷だった。


 卓球勝負も佳境に入りかかった頃。

 校舎四階にあるとある一室。謎の黒い影が四人。揃って窓から爽葵たちの勝負を何故か揺らめきながら見届けていた。

「あいつ、部活に入ったのか……」

「男の子ですわね。結構可愛い子」

「手出さないで下さいねぇ。あの子は大切な子なんですからぁ」

「誰が入ろうと関係ないさ。アイツらがいくら束になってかかってこようと僕に敵うはずがないんだから。あっははははは!」

 最後に余裕の発言をした黒い影は高笑いを上げていたが、「お前たちそんな黒い布被って何やってるんだ……?」と運悪く半開きになっていた扉から恥ずかしい姿を見られていた。


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