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第七話

 あまり待ち望んでいない放課後がやってきた。

 ホームルームを終えて教室の掃除を嫌々行った後、爽葵は教室で教卓に背中を預けながら、黒板に白いチョークを使い凛々しい大型犬を描く大久保と特にこれといった内容のない会話をしていた。つまるところ時間稼ぎである。

 昼休みに部活に参加するとは呟いたものの、謎めいたあの面々の中に入るのに決心が鈍っていた。勢いで「許さん会長!」などと叫んだものの、彼女たちのように生徒会長にそこまでの黒い感情を抱いているわけでもない。いや、恨みがないわけではないが。

 そもそも、杏奈を筆頭にあの三人のテンションについていける自信がなかった。

「深く考えすぎじゃね? 部活なんだし、いくら打倒生徒会長っつても一泡吹かせてやるだけだろ。依怙贔屓をなくさせて部費を正当に行き届かせる。そのために会長を囲む壁を剥がして行くのは真っ当な方法だし。目的がしっかりしている案外まともな部活かもよ」

「けど、会長倒すのに俺の力がいるってのは変な話だと思うんだよな。そもそも凡人な俺が会長を倒す手段を持ってるわけないし……」

 いつの間にかどうでもいい話題からメタモルフォーゼ部の話に切り替わっていた。爽葵が切り出したのか大久保が聞き出したのか定かではない。

 そして、さらにいつの間にか大久保が黒板に某映画で出てくる少年と犬が天使に連れて行かれる絵を完成させていた。チョークを使用したにしては非常に高いクオリティ。

「それはほら、お前の姉ちゃんが生徒会――」

「綾音はいるか!!」

 爽葵と大久保の会話を遮って教室の入り口から怒声が響く。

 まだクラスには爽葵たちの他にも六人ほどが残っていたのだが、全員がこぞって反射的に反応する。

 教室の入り口に立っていたのは堂々とココアシガレットを咥えた校則違反である金髪の少女、上北香澄が立っていた。

 そして、肩に担いでいるのは金属バット……ではなく、なぜかテニスラケット。テニスラケットを持っているからといってテニスのユニフォームやジャージを着ているわけではなく、いつも通りの制服姿。

「お前どうして来ないんだよ! おかげでこっちは計画崩れて大変な目に合ってんだぞ!」

「んなこと言われたって、こっちにだって用事くらいはある。ミーティングに遅れたからってそこまで怒鳴られる筋合いはないぞ……!」

「ミーティング……? それ、誰が言ったんだ?」

「……昼休みに瀬戸が来て、帰り際に言ってった」

 その言葉を嘘か本当か確かめるように香澄はジッと爽葵を見つめる。

 徐々に近づいてくる香澄の顔を直視するのが気恥ずかしくて爽葵はすぐにふいっと視線を逸らす。出来れば後ずさって距離も取りたかったのだが、教卓に阻まれてそれは叶わなかった。

「あの馬鹿……。来て欲しいからってそんな遠回しに言わなくても。――ああ、クソッ。だからこんな部外者を信用すんなって言ったんだよ!」

 一人で後悔しながら髪の毛をクシャクシャと掻く香澄の態度に、爽葵は何が何やら分からずただただ香澄を見つめることしか出来なかった。

 すると、不意に香澄の手が爽葵のシャツの襟首を掴み、鼻がくっつくかと思うほど顔を接近させる。

「杏奈は今女子テニス部との勝負に向ってる。お前を戦力としてカウントした作戦を引っ提げてな! このままだと確実に負ける」

「女子テニス部との勝負って、いきなりな展開だな……。つかどうして女子テニス部と勝負するんだよ」

「決まってんだろ。あいつらが生徒会と手を組んでやがるからだ」

「生徒会と……」

 まさかこんなに早く生徒会と裏の関わりを持つ部活が現れるとは。そもそも、爽葵は裏取引をしている部活が本当にあるとは夢にも思わなかった。

 しかし、事実今目の前に真実が提示されている。

「杏奈はお前を頼って声をかけたんだ。なのに、お前は杏奈の呼びかけを気にも留めず無視しやがって……」

「瀬戸が俺を……?」

「くそっ! 向こうから仕掛けてきた勝負とはいえ、今回賭けてんのは生徒会長を倒すために用意したアレなんだ。アレが取られれば実現は遠のく……。それに杏奈も危険な目に合っちまう。それもこれもお前が杏奈の頼みを無視するから――あ? んだよ?」

 爽葵がシャツの襟首を掴み上げる香澄の手を掴んで、無理矢理離させる。力いっぱい襟首を握っていた香澄の白くなった手のひらには薄ら爪の跡が見えた。

「勝負方法は?」

「は?」

「だから、女子テニス部とどんな方法で勝負するんだって聞いてるんだ」

「今さら教えたってもう遅――」

「いいから教えろ!」

「っ……。近寄んな!」

 突然真剣な顔で睨み返してくる爽葵の姿に香澄がわずかにたじろぎ、反射的に近づけていた顔も離される。

「教えた方がいいよ、クールビューティーさん。スイッチの入った爽葵に何言っても聞かないからさ」

 大久保の一言で香澄は諦めたように口を開く。

「……テニスのダブルス勝負だ。向こうは女子が試合に出て、うちはハンデとして男子を一人入れてもいいっていうルールになってる。道具は各自で用意。メンバーが揃い次第すぐさま試合が開始されるんだよ!」

「それは向こうが提示したのか?」

「いや、こっちが提示した。喧嘩を売られたら相手の土俵に立って完膚なきまでに叩き潰すのがあたしたちの手段だからな」

「アンタら途中経過真っ当なのに締めが非道すぎるだろ……。けど、まぁそういうことか」

 爽葵が口元を右手で覆いながら目を瞑って何やら思考を始めだした。

 そもそもテニス部相手に素人がテニス勝負を受けている時点で勝ち目はないような気もするのだが、果たして杏奈は経験者だったりするのだろうか。仮に杏奈が経験者だとしても爽葵は生まれてこの方テニスなど漫画でしか触れてきていないため、男の力でプラスどころか足手まといのマイナスになるのは間違いない。

 思考を終えた爽葵が目を開ける。

「『テニスのダブルス』なんだな。それで道具は向こうが用意したものじゃなくて持参したものを使ってもいいんだな?」

「だからそうだって言ってんだろ!」

 香澄のイライラした怒鳴り声にもビビらず、爽葵はニヤリと今までにない黒い笑みを口元に浮かべる。

「分かった。すぐに準備する。大久保、悪いけど頼めるか?」

「オーケー」

「あとアレ貸して」

「アレ?」

 爽葵がシャープペンと紙を取り出して二つ返事で頼みを了承した大久保に手書きのメモで要件を伝える。

 メモを数秒見た大久保は「ああ、アレか」と一度頷き、また後でと香澄に手を振ると教室を駆け足で出て行った。

「ほら、行くぞ。俺の初陣を勝利の栄光で華々しく飾ってやる」

 などと自信たっぷりに勝利宣言をするのであった。


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