第五話
「では皆落ち着いたことですし、自己紹介から始めましょうか」
爽葵の回復、茶髪少女の救出、爽葵を蹴り飛ばした少女の鎮静を待ってから黒髪少女が皆を元に戻したソファへと座らせた。
出入り口側のソファには爽葵が一人だけで、向かいのソファに残り女子三人が若干窮屈そうに座っている。肩幅の広くない女子程度が三人並んで腰かけても大丈夫な広さはあるが、原因は真ん中で大股を開きながら爽葵を威嚇してくる蹴り飛ばし少女がいるからだった。
この蹴り飛ばし少女は、髪は明らかに校則違反な金髪で、両耳に二つずつピンク色の丸いピアス、ややつり上がった瞳。制服のスカートは白い輝く太ももが覗く程に短い。また、ブラウスのリボンは取られボタンが二つほど開けられており、薄いブルーの下着が隙間から見える程度にはだけている。顔の作りは眉間に皺が寄っているものの爽葵が見る限りでも綺麗なもので、可愛いよりは美人に相当するだろう。
なのに見た目ほぼほぼヤンキーで凶暴な性格と台無しである。
というか三人中二人が初対面で凶悪な部活というのはいかがなものだろうか。
「おい、この状態で自己紹介を始めるのか……?」
爽葵の質問に両サイドの茶髪少女、黒髪少女が中央の蹴り飛ばし少女を見つめる。
「まぁ、シーサーみたいなものだと思っておいてよ」
「どう考えてもご利益無いよな! 百害あって一利無しだよな!」
「ああん? なら見せてやろうか、ご利益」
「そんな指をゴキゴキ鳴らしながらのご利益信用出来ねえよ!」
「はいはい、皆さん。これでは話が進みませんので静かにしていてください」
手をパンッと叩いて、黒髪の少女は注意を自分へと向けた。ヤンキー女子はまだ何か言いたげに視線を爽葵に突き刺し続けるが、二人の牽制もお構いなしに自己紹介が始まった。
「じゃあ最初はウチからしようか。ウチは一年二組の木枯紗央莉。クラスの子たちや同じ中学の子たちからは『百合姫』と呼ばれているよ」
いきなり一番まともかと思われた少女から不穏な言葉が飛び出した。百合というのは真実花の名前のことで、その美しく咲く花の如く綺麗で可憐だという含みを込めて呼ぶ場合ももちろんある。だが、自分で自分のことを綺麗だとか可憐だとか言う人はそうそういないだろう。いたとしたら相当のナルシスである。爽葵の見た感じ紗央莉は気遣いも出来るしナルシストではない。
ならば、もちろんもう一つの意味合い。業界でよく知られるほうで間違いないだろう。
「ちなみに女の子のストライクゾーンは無限大だよ」
「ほら、やっぱりきた!」
「大丈夫。君もストライクゾーンには入ってるからさ」
「あれ、百合じゃないのか?!」
「ほら、手でいらない顔の部分を覆って、君のこの綺麗な鼻と唇だけをウチの視界に映せば……。うん、これでなら愛せるよ」
「パーツだけじゃん!? やっぱり男ダメなんじゃん! そりゃ母親から遺伝子してる個所ならイケルだろうよ!」
結局予想通りの百合百合だった。この見た目まともな少女でこれだけギャップがある変人なら他の二人はもっと変人なのだろうか。
既に爽葵はより一層早く帰宅したい概念に襲われていた。
だが、そんな爽葵の様子に誰も気づいた様子はなく、紗央莉が次どうぞ、と隣のヤンキー少女に順番を回す。
「あたしもすんのかよ……ったく。あたしは同じく一年二組の上北香澄だ。終わり……んだよ、あ? 好きな物言えって? めんどくせえなぁ。好きなものはコレだ」
ぶつくさ言いながらポケットから手の平サイズの黒い箱を取り出し、上部をトントン叩いて中から白い一本の棒を引き抜いた。
それを口に咥え、美味しそうに口の端で白い棒を上下させる。
「おい、いくら何でも校舎内で吸うなよ。見つかったら俺たちも同罪になんだろ」
「んだよ、お前もコレをそう見るクチかよ。この箱をよく見ろ!」
手に握る黒い小さな箱を香澄がずいっと前に出す。
文字も同様に小さく、少し顔を近づけなければ説明書きは見えないが、商品名はある程度大きく書かれていてすぐに読めた。正体はなんてことの無いシガレットチョコ。香澄はお前も勘違いするのかと呆れていたが、香澄の外見で白いものを咥えていたら勘違いもするだろう。というか、正解を当てるほうが少ないのではないだろうか。
「タバコなんて百害あって一利なしだ。あんなもん吸わねえよ。それに比べてチョコはいいぜ。抗酸化作用があるからガン予防や動脈硬化の予防作用があるし、テオブロミンって成分が入ってるから気持ちを落ち着かせる作用があるし、カカオの甘い香りは集中力や記憶力を高めたりするしな。食べる量さえ調節すりゃ太らないし、健康を害することもない。さらに言えばタバコと違って周囲の人間に迷惑をかけることもない。いいことずくめだ!」
「見た目とは裏腹にすげえ健康志向だった!」
しかもスラスラと全く知らなかったチョコレートの豆知識が飛び出してきた。
糖分が脳を活性化させることは有名だが、チョコがガン予防ことは知らない人も多いのではないだろうか。
さりげなく知識も豊富だということが分かった。ヤンキーなのに博識。
「最後にわたしは一年四組の瀬戸杏奈です。好きな食べ物はイチゴで、嫌いな食べ物はゴーヤ。得意技はピッキングと宝探しです。あと、数学がどうしても苦手でしていつも苦労しています」
「さらりと危険な臭いのする特技混ぜんな! てか、俺の部屋の窓割ったって言ってなかったか?!」
「綾音さん確か数学得意でしたよね? テスト前に教えていただけると助かります」
「自然な流れでスルーすんな!」
「…………?」
杏奈は聞こえないと言わんばかりに耳に手を添えて、爽葵へと傾ける。
「都合よくセルフミュートにしてんな!」
「さすがのツッコミですね。これで我が部も安泰です。わたしも見習って綾音さんのツッコミを研究しましょう」
などと適当なことを言いながら、先程まで紗央莉が持っていた黒歴史ノートにシャーペンで追記をし出す。
「てか、それ寄越せよ!」
「出来ません! これは綾音さんを釣って手足のように動かすことが可能な重要な秘密アイテムなんですから!」
「秘密アイテムを堂々と初期段階に使ってんじゃねえよ!」
爽葵のツッコミに女子陣三人が「しまった……」と顔色を暗くする。
まさか本当に失念していたわけでもあるまいに。
女子三人は狭いソファでさらにお互い近づき、顔を合わせてヒソヒソと何やら会議を始めだした。
長くなりそうなら帰ろうかなと考えた矢先、意外とすぐに会議は終了し三人はパッと体を離す。
ゴホンと、今のやり取りを曖昧にするかのように杏奈が咳払いを入れる。
「綾音さん、単刀直入に言います。わたしたちと一緒に戦ってください!」
「……嫌だ」
爽葵が一言で杏奈の単刀直入をばっさり切ると、すぐさま二回目の女子会議が開催された。三人共どこか真剣な表情だが、口々に「やはりバスーカを……」「だったら性転換させて……」「本コピーしてばら撒くか」など、一部危険で一部意味不明で一部不穏なワードがちらほらと爽葵の耳に入り込んでくる。
やっぱり帰ろうかと腰を少し浮かせた刹那、また素早く女子三人は体を離し、ゴホンと杏奈が咳払いを入れる。
「何で俺が帰ろうと思った瞬間に会議終了出来んだよ! 心読めんのかアンタら!」
「え、わたしたちにそんな能力があるんですか? いつの間に……」
「聞かれちゃったし!」
「まぁまぁ、爽葵君。とりあえずウチらの総意を聞いておくれよ。答えを出すのはそれからでも遅くはないさ。それに君にとっても悪い話にはならないはずだよ」
紗央莉が火花を走らせる二人の間に割って入り、お茶を濁す形で宥めにかかった。
総意は杏奈が短縮した形で伝えたのだが、そもそも肝心な5W1Hのほとんどが抜けているので何が目的なのかがさっぱり分からない。
だが、紗央莉が最後に付け足した一言は爽葵にとって非常に気になるところだった。
「聞くだけ聞こうじゃないか」
「心が広いですね、流石は大天使綾音さん。これからはセイントミカエルアヤネと呼ばせていただきますね」
「……帰る」
「冗談、冗談ですってば。今度は茶々入れませんのでご安心を!」
三回目の咳払いを杏奈が無理矢理入れる。もしかすると杏奈は咳払いを場の空気をリセット出来る魔法の行動だとでも思っているのかもしれない。無論そんなことはあり得ないのだが。
「わたしたちの目的は生徒会長を倒すことなのです」
「生徒会長を? どうしてまた……」
「順を追って説明しますと、まずわたしたちの部活動は主に他の部活動に勝負を仕掛けて相手を従えたり、部費や設備を奪ったり、そこの部員に罰ゲームを与えて面白がるものなのですが、なぜかウザさマックスの生徒会に目を付けられてしまいまして……」
「いや、どう考えてもアンタらの活動内容のせいだろ! 誰が見ても生徒会が正しいわ!」
「傍から見ればそうだけどな。あたしは間違ったことはしてないと思ってる」
「どういうことだよ……?」
香澄が口を挟んだ言葉に爽葵は眉をひそめる。この少女たちの部活動のどこに正しさがあるというのか。完全に面白がっていると言っていたのだが。もっと特別な意味合いを含んでいるとでもいうのか。
「あたしらが狙いを定める部活は生徒会と繋がってるいけ好かない連中だ。ま、生徒会が上位の主従関係にも似た繋がりだけどな。へーこらして言うこと聞いてれば贔屓目に部費や設備を与えられる。もし、生徒会に逆らえば逆に容赦なく追いつめられる。今までいくつもの部活動が廃部に追いやられてる現状だ」
「どうりで今回追いかけてきた連中、前より少なかったような気がするんだよな。それでか」
「お前も意外と大変なんだな……」
「同情するなら変わってくれ」
「ざけんなっ。何であたしがお前なんかと変わらなきゃいけないんだよ!」
「はいはい、話を脱線させない。元に戻して元に」
紗央莉が香澄の肩を軽く揺らしながらズレタ話題を調整する。百合姫はどうやらこのメンバーのブレーキ役でもあるようだ。だが、おそらくは状況によってアクセルを全力で踏むときもあるだろうが。
「綾音さんも生徒会長とはただならぬ因縁がありますよね?」
膝の上で両手を組んで顎を乗せている杏奈が、再び話し手に変わる。その瞳は獲物を仕留めるかのようにギラついていた。
「別に……そんなんじゃないけどな」
「無理に否定されなくても大丈夫です。わたしは綾音さんのことを何でも知っていますから。おや、……妙に疑り深い顔されていますね。何なら証拠として生徒会長との間に合った赤裸々なことを言ってしまってもいいんですよ? えーっと例えば中学一年生のクリスマス――」
「わー! わー! わー! 分かったから言わなくていい!」
中学一年のクリスマスによっぽどのことがあったのか、爽葵は顔をリンゴのように真っ赤にして叫んだ。
「あ、あとですね。もし、生徒会長を倒せたあかつきには綾音さんの黒歴史が書かれたこの手帳もお渡しします。どうです? そんなに悪い話じゃないでしょう?」
「…………」
爽葵は考える。あの黒歴史手帳の存在は確かに脅威である。あれにどれだけ自分の情報が書き込まれているのかは定かではないが、杏奈が過去の情報を得ている限り脅しの材料になることは必至。
それに生徒会長との因縁が浅からずあることも間違ってはいない。だが、それでも自分が今ここまでして生徒会長と戦う必要があるのかと問われれば――
「ちなみに、この黒歴史ノートを作成したのは生徒会長です。わたしたちはとある部との勝負に勝ってこれを手に入れました」
「許さん生徒会長!」
「交渉成立ですね綾音さん。じゃあまずこの入部届に名前を書いて下さい」
衝動に任せて叫んでしまったことに「あっ、しまった」と思うが早いか、ニヤリと口元を歪ませた杏奈からハガキサイズの白い紙を差し出される。
一瞬差し出された紙を取るのに躊躇するが、女子三人の眼差しがさっさと書け、と訴えており記入するまでは帰れそうにない雰囲気だった。仕方なく入部届に記入してこの場を過ごすことにした。部活動に参加するかしないかは爽葵の自由なのだから。
「活動は明日から本格的に始めますので、準備は怠らないようにしてくださいね」
「ん? 準備?」
爽葵は首を傾げて質問をしようとしたときだった。
軽快に下校のチャイムが鳴り響く。許可を取っている運動部以外や帰宅部生徒は早々に帰宅しなければならない時間が告げられた。
教師に見つかれば怒られることもあるが、そんな短時間で見つかることもないので少しくらいならば残っても通常は大丈夫なので、もう少し質問を続けようとしていた……のだが。
彼女たちはすぐさまテーブルや床に出していた私物を慌ただしく無理矢理鞄に詰め、ものの数十秒で帰宅準備を終えた。
質問する間もなくあっけに取られていた爽葵だったが、「ほら綾音さんも早く!」と杏奈に急かされ部室から強制退去させられる。
「では綾音さん。また明日お会いしましょう」
杏奈は手を振りながら女子三人で下駄箱へ向かい、爽葵は鞄を取りに自分の教室へと足を運ぶ。
不意に「あっ」と何かを思い出したかのように杏奈が声を上げ、爽葵が「ん?」と振り返った。
「綾音さん、ようこそメタモルフォーゼ部へ」