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第三十一話

 観客席も何だかよく分かっていないが、とりあえずノリで歓声を上げて盛り上がる。

 訳の分からない方法でいつの間にか敗北していた悠里はワナワナと体を小刻みに震わせ、

「冗談じゃないわよ! いつどこで私が負けたってのよ!」

「お前が項垂れた時に言っただろ『あっち向いて見ろよ。ホイ』って」

「そ、そんなの駄目に決まってるでしょ! そもそも掛け声変えてるじゃない!」

「あれー? 天下の生徒会長様が負け惜しみですかー? 掛け声変えちゃいけないルールなんてないはずですけどー。だろ、司会者ー」

『全くもって問題なしですよー、綾音君』

「ちくしょー! この『祝福された右手』がー!」

「自分で名付けて若干気に入ってんなよ!」

 まるであらかじめ話し合っていたかのように爽葵と大久保の間で勝手な確認が入る。

 だが、これには会場も賛否両論で観客席から様々な声が飛び交う。もちろん悠里が負けたことも一つの要因ではあるが、審判ともいえる司会者とグルになっていることに対する責めなのは間違いない。

 今まで大久保の活躍こそなかったが、そもそも当初生徒会が用意した別の司会者から無理矢理大久保を司会者に据えた理由は単純。自分達の有利な方向へ進ませるだけのため。別に爽葵の裏を突いて会場を笑いと嫉妬の空気に変えるためではない。

「まぁまぁいいんじゃないのぉ? まだ負けたわけじゃないしぃ」

「……心が広いねー。姉ちゃん」

 意外にも敵に塩を送る形で日菜が仲介に入った。

 しかし、負けた本人からすればチームの勝敗云々に自分の不本意な敗北への不満が募っている。開いた口からは未だ不満とやり直しを要求する言葉が流れ出していた。

「そもそも二勝二敗の引き分けでどうやって決着をつけるっていうのよ!」

「そこは爽君が考えてあるんでしょぅ? そのために先行を無理矢理取ったようだしぃ」

 どうやら試合中の作戦はともかくとして決め手の作戦があることに関してはある程度バレていたらしい。

 だからといって対策を講じられたわけではない。勝負が引き分けに終わったときの続きなんて誰もが想像出来ること。その後に如何なる勝負方法で戦うかが重要なのだ。

『メタモルフォーゼ部対生徒会の勝敗は二勝二敗! それでは参りましょう。泣いても笑ってもラスト一戦の延長戦!』

 誰しも延長戦というのは頭の片隅にあるがあまり表に出てくることはない。だからこそ現実に引っ張り出されるとテンションが上がる。

 正直四戦全て熱戦というわけではなかったが(というよりも内容が案外ショボイ)、延長戦という演出に会場は今日一番の盛り上がりを見せた。

『各チーム先の勝者二名を代表選手として前へ!』

 大久保の呼びかけに全力ダッシュからのトリプルアクセルを空中で披露して意外にも見事に着地した奈留が日菜の横に立ち、自分の美しさに酔いしれるかのように体を抱きしめる。

「いつ見ても気色悪いですね……」

「同意する……」

「それはともかくとして、ようやく二人の初めての共同作業ですね綾音さん」

「言い方! っていうか、共同作業するところないだろ……」

 まるで今から新婚がケーキ入刀をするかのような言い回しをしながら、ワザとらしく照れて髪の毛を指で弄る杏奈が爽葵の横に立つ。

 しかし、杏奈は共同作業と言うが、実際はここで各チーム代表を一人選ぶために勝者達を集めただけ。

 当然勝負内容を決めるメタモルフォーゼ部側ならば分かっているはずはのだが、とりあえず牽制も込めてやっておきたかったようだ。

『それでは延長戦最終お題を発表します! これだ!』

 大久保が高らかに叫ぶと、巨大モニターに白い文字が浮かび上がる。

 クイズ、と運命の三文字が表示された。

『最終戦はクイズ対決! 知力、想像力、発想力、記憶力を駆使して解答してください! これに勝利したチームが優勝だー!』

 大将戦から打って変わって、会場全体も参加出来る意外とまともな勝負方法に観客も今までになく湧き上がる。

 だが、一部から批判の声も聞こえてきた。その声はもちろん生徒会側。言わずもがな悠里である。

「待ちなさい! 勝負方法がクイズっていうのは構わないけれど、そっちが出題の答えをあらかじめ知ってる可能性があるでしょう。そんなフェアじゃない勝負認められないわ!」

 さっきまであっち向いてホイに敗れて悔しがっていた反動がここに来た。

 しかし、爽葵は相手側から言われるだろう抗議くらい予想済み。だから余裕たっぷりな不敵な笑みを浮かべて答える。

「もっともな意見だな。だから出題書はそっちが選んでくれよ」

 爽葵が大久保のアイコンタクトを送ると、競技場の入り口からどこか不機嫌そうな表情の卓球部部長が現れた。手に五つの茶色い紙袋を抱えている。

「今さっき買ってきてもらったばっかりの封すら開けてないクイズ本だよ。もちろんレシートもある。こん中から一冊選んでくれ」

「綾音さん……。こんな時まで欲望を満たす本を持ち出さなくても……」

「はい出ましたよ! お決まりのパターン! もう読めてたよ!」

 さすがに中身は杏奈の言うようなものではないし、茶色の紙袋の上からでは中身を見ることは出来ない。これならば仮に爽葵達が何か仕込んでいても生徒会チームに特定の本を選ばすことは出来ない。そして、いくら頭が良くても超がつくクイズ好でクイズ書を読み漁っていない限りランダムで買って来たクイズ本の答えをあらかじめ知っておくことは不可能である。

 もちろん真っ向から雑学クイズで挑むわけないのである程度ジャンルを絞ってはいるが、第三者の誰もがフェアだと思える方法であった。

 じゃあ本はこれでぇ、とおもむろに日菜が卓球部部長の抱える茶色い髪袋を一つ抜き取る。

 そのすぐ後ろで奈留も手を伸ばしていたのだが、日菜がワザとか無意識かガッチリ体でガードしていた。

「生徒会からは私が出るわぁ。そっちは誰が出るのかしらぁ?」

 爽葵へと視線を投げかけながらの発言は、無論出てくるのだろうと遠回しな発言。

 日菜の発言に奈留が驚きを隠せない表情で目を見開いていたが、爽葵の視界には入っていない。この場では唯一杏奈がキモッと顔をしかめながら一歩引いていた。

「ねぇ、爽君?」

「っ……」

 上目線な態度は生まれてこの方植えつけられた上下関係の圧力となり、爽葵の笑顔を一瞬で消し飛ばし、徐々に体を強張らせていく。

初めから最終戦に出るつもりで立てた作戦だったが、いざ足を踏み出そうとするとこの作戦で本当に大丈夫なのか、自分の力で勝つことは出来るのか、それとも全く別の作戦の方がよかったのかと不安が体全体を駆け巡ってしまう。

 不意にそっと爽葵の背中を杏奈が触れる。

 元々体温が高いのか、手のひらから暖かな熱を感じ取れた。

「大丈夫です。仮にもし負けたとしてもわたし達は後悔しませんよ。それは綾音さんもじゃないですか? 負けたらまた新しい作戦立ててリベンジしましょうよ」

「…………」

「ね?」

「……負ける前提で言うなよな」

「負けてもリベンジ出来ますからね?」

「どうして不吉なことを二回繰り返した?!」

「何となくさっきから若干カッコつけてたのでつい……」

「たまにはいいじゃん! 俺だってシリアスシーンくらいカッコつけたいよ!」

 あからさまに文句を言うものの、その一言で爽葵の体から硬さが抜けていく。それは誰の目から見ても明らかだった。

 自分では気が付いていないだろうが、くしゃっと笑うその姿。消えかけていた闘争心に再び火をつけ、激しく燃え上がらせる。

 杏奈の手の温度を感じながら爽葵は一歩前へ踏み出した。

「こっちは俺が出る」

「あらぁ、やる気満々ねぇ。良い顔になっちゃって。もうちょっとお姉ちゃんを立ててくれてもいいんじゃないのぉ?」

「冗談。いつも立ててるだろ。それに……せっかく姉ちゃんを打ち負かす機会なんだからしおらしくしてる場合じゃない」

 本当良い顔になっちゃって、と一瞬日菜が我が子の成長を見届けるかのような暖かな眼差しを浮かべた。

『それでは代表者の二人は解答席に着いて下さい!』

 大久保から指定された場所は解答席と良い響きで銘打つが、さっき紗央莉がゲームを行っていた長テーブルだった。今回はゲーム時とは違い巨大モニターを背にして座る形。

 その上にソフトボールを真っ二つにしたような形の半透明な赤い半球の物体が二つ置かれていた。

 説明されるまでもなく早押しで使う早押しボタンである。どうやらボタンを押すと、中が光るタイプになっているようで中に電球の姿が窺えた。

 爽葵と日菜は間に一人分の間を開けて横並びに座る。

『皆様もうお分かりかと思いますが、これは早押しクイズ! 答えが分かった選手からテーブルの上にある赤いボタンを押してボタンが光ったら解答権が得られます! もし解答を間違ってしまうとお手付きとして相手が一度答えるまで解答権が無くなります。先に三問正解した選手が勝利だー!』

 答えが分かってもボタンを早く押せなければ正解を口にすることは出来ない。知力、発想力の他に反射神経も必要とするゲームである。

 さらにお手付きをしてしまえば無条件で相手に考える時間を与えてしまうところも重要だ。

『問題は我が卓球部部長がランダムに開いたページから出題されます。それでは参りましょう。第一問!』

 問題を読み上げる大久保の隣の席に座る卓球部部長が、仏頂面で適当にページを開く。

 開かれたページの文字が大久保の視界に入るなり、息を吸う音がマイクを伝う。

 胸の前で手を重ねて何かを祈っている杏奈が緊張した眼差しで爽葵を見つめる姿が視界に入る。

 最終対決の火蓋が切って落とされた。


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