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第二十九話

『一戦目はメタモルフォーゼ部、木枯選手の勝利! 続いて二試合目開始!』

 爽葵の言葉を全く信じていなかったわけではないが、鵜呑みにするほど信用もしていなかった。本当にたった一回見ただけで物事の本質を理解出来る人間などそう簡単にいないはず。

(これはこれは……。まさかとは思ったけれど……)

 日菜の親指が先程とは比べ物にならないスピードで動くと同時に、画面のブロックが目まぐるしい速度でフィールドに落下していく。まるでテトリスの右端に差し入れる長い棒を落とすかのような速さ。

 次々と積み上げられていく勝利への方程式を持ったブロック。その二列横では不必要なもので相手を妨害する用の小連鎖ブロックまで積み上げている。

 本命ブロックを積み上げながら相手の好きを窺って妨害まで行う。これはさっきまで操作方法すら知らなかった人間の動きと考えなのだろうか。

 紗央莉も一試合目と同じスピードでブロックを積み上げているが、日菜の妨害ブロックに邪魔され思うように自分のペースを保っていられない。

 すると日菜が組み上げた本命ブロックの導火線へ着火し、瞬く間に紗央莉のフィールドへ妨害ブロックをなだれ込ませていく。紗央莉も途中で構成を切り上げてブロックを崩すことで抵抗するが、組み上げと組み上げ途中では元々の威力がまるで違うことは明らかだった。

『……二戦目は生徒会、綾音選手の勝利です!』

 最初落ちゲーのルールやコントローラーの操作方法すら分からなかった人間が、たった数分そこら相手のやり方を盗み見ただけで、ここまで玄人並みの力を発揮できるものなのか。

 一戦目とは打って変わる日菜の実力に観客席は大いに盛り上がるが、対称に紗央莉の頭は冷え切っていく。

(さてさて、どうやって彼女に勝てばいいか……)

 まず、先程の日菜が行った動体視力を使ったハイスピード落下は自分には使えない。

 ならばどうやってあのスピードを超えるか。ただ単に運任せに落として積み上げるならかなりのスピードを出せるが、これは格下相手にしか通用しないだろう。

 確実に破壊力のある爆弾を作り上げてくる日菜相手には悪手である。

 では、いかなる方法を用いて日菜を攻略するか。

 頭の中でいくつものルートを想像し、道を辿って行っては失敗し途中で切断する。

(なるほどね、予想以上に怪物だったってことか……。なら、もう最終プランで行くしかないかな……)

 当初から考えていた日菜と相対したときの最終プラン。これを使うには紗央莉のプライドを掛ける必要があった。

 だが、最後に笑うのは自分たちであればいい。そう、紗央莉は自分に言い聞かせる。

『お二人とも準備はよろしいでしょうか? ヒートアップしてきました副将戦、第三試合開始!』

 開始の合図と共に紗央莉は意識を現実へと引き戻す。

 横では日菜が画面へと目をくぎ付けにして、コントローラーを握る指をこれでもかと神経をすり減らすかのように目にも止まらぬ速度で動かす。

 第二試合と同じく驚きの速さで積み上げられる起爆装置に対し、紗央莉は――

『おっと、木枯選手どうした!? ブロックを積んでいく気配が全く見えないぞ! まさか……、木枯選手コントローラーをテーブルに置いたー! これは事実上の棄権か?』

 コントローラーをテーブルに置いて一息ついた紗央莉は、選手控え席にて心配そうに自分を見守る仲間達に向ってゴメン、と手を合わせて謝った。

 紗央莉のフィールドの底に最初に落とされたブロックが到着する。

 同時に、棄権を認めた日菜が爆弾の製作途中で起爆剤に着火し、妨害ブロックが紗央莉のフィールドへ降り注ぐ。

 次々に積み重なる妨害ブロックはとうとう最上段に到達し、紗央莉のフィールドに『負け』の一言が表示された。

『副将戦終了! 序盤木枯選手の余裕かと思われた勝負も終わってみれば綾音選手の圧勝。これでもう後がなくなったぞ、メタモルフォーゼ部! 大将戦でどうあがきを見せるのか!』

 試合終了の合図と共に、紗央莉は席から立ち上がると日菜に一言「ありがとうございました」と笑顔で礼を言い、その場を後にする。

 全く悔しそうな表情をしていない紗央莉だったが、右手を硬く握りしめていたのを日菜は見逃さなかった。だが、勝者が敗者に何を言っても嫌味にしか聞こえないと今までの経験から悟っている日菜は無言でその背中を見送った。


「ごめん、負けてしまったよ」

 仲間の元へ戻った紗央莉は開口一番に謝る。

 まだチームとして負けてない、とこの場をいなそうとした爽葵が口を開く前に、

「お前、どうして最後諦めたんだ?」

 香澄のトゲのある一言を放った。

 どうやら杏奈も同じ気持ちのようでジッと紗央莉を見つめている。

 確かにいつも余裕綽々な紗央莉が最後まで勝ち筋を追わずに諦める姿は珍しい。だが、逆に自分よりもスペックの高い人間に圧倒されて諦めるしか選択肢がないと悟ってしまうこともある。

「単純に勝つのは無理だなと思っただけだよ。ほらほら、ウチのことはともかく大将の爽葵君を応援しようじゃないか。これで負けたら本当に終わりなんだから。頑張っておくれよ」

 さらっと香澄の追及を流しながら、最終戦を迎える爽葵へとエールを送る。

 納得のいく答えを得られなかった香澄と杏奈はムスっとしながら未だに紗央莉を見つめているが、二人のふくれっ面を見て困ったような笑顔を浮かべる紗央莉にはそれ以上何も言えないようだった。

「ところで爽葵君。ちょっといいかい?」

 紗央莉に指で耳を貸せと言われ、爽葵は顔を傾けた。

 近寄ってくる紗央莉の顔は見えないが、シャンプーの芳しい薔薇のような香りが鼻を通る。

「助言してくれたとおり、日菜さんとは普通にやっても勝ち目はなかったよ。やはり、君が常日頃から考えていた作戦を実行する他ないようだね」

「言われなくてもそのつもりだよ」

「あと、もう一つだけ」

 なんだろうと、構えていた爽葵だったが、「ふぅ」と耳の中へ息を吹きかけられて飛び退くように顔を紗央莉から離した。体中に鳥肌を立っていくのが手に取るように分かる。

 意地悪そうに笑う紗央莉の意図は不明だが、他の二人の機嫌が悪くなっていったことは火を見るより明らか。

『それでは大将戦を始めたいと思います。大将は前へ』

 大久保の緊張を微かに孕んだ声が響く。

「……おっと。じゃあ、行ってくる」

 逃げるようにこの場を離れようとする爽葵に向って女子三人がそれぞれ、

「頑張ってください!」「負けんじゃねえぞ!」「ん、行っておいで」

「……痛ってえ!」

 くるっと後ろを向いた背中を三人から同時に叩かれ、背中に色々な意味で熱いエールを受け取った爽葵は運命の大将戦へと赴く。

 じんじんと後から痛みを伴う背中に意識を集中すると、少し気持ちが和らいだ。

「ほんっと仲いいわね」

 生徒会席で待っていたように立ち止まっていた悠里が爽葵の横を歩きながら呟いた。

「……お前の目は節穴か」

「ふん、どうかしらね。けどまあ、私の目が節穴だって言うんならこれで解放されて楽になるんじゃない?」

「はん。俺が負けるって? 自信過剰もほどほどにしておけよ。いくらお前のスペックが高いからって対策くらいはしっかり立ててんだよ」

「対策……」

 強豪ならぬ強敵に対して対策を立てていると爽葵は言ったつもりだが、何故か悠里は頬をほころばせ心なしかニヤニヤしていた。

「え、何でちょっと嬉しそうなの……? 気色悪っ」

「うるさい! あんたが私の対策を立てようが立てまいが、私の選んだ勝負方法にそんなもの無意味だってことを教えてあげるわ! ついでに会場の盛り上がりも期待しておきなさい!」

 はいはい、と適当な相槌を打ちながら爽葵は少し速度を上げ先行して巨大モニター前へと赴いた。だらだらと並んで歩いて横から文句を言われたくないというのが丸わかりである。

 試合場所前で足を止めると、先の三回戦で用意されていた何かしらのテーブルやゲーム機、はたまた競技場などはなく、ただ単に物のない開けた空間がそこにあった。

 一体何も無いところでどんな試合をするのかと、首を捻った爽葵に対して、様子を察知したのか大久保がマイク越しに応える。

『何も無い空間でどんな勝負をするか皆さんも気になるところでしょう。当然司会の僕も気になります! おっと、ここで試合内容が書かれた紙がやってきたー! どれどれ……ん? もう何回目か分かんないけどマジ? え、そうなの。あー、へぇ……』

 何やら大久保のリアクションが薄い。というか、明らかにつまらなさそうに声のトーンが落ちた。

 爽葵の目の前にいる生徒会長は自信満々にふんぞり返っているが……。

『ええい、ままよ。大将戦試合内容は「あっち向いてホイ」だー!』

「大将戦の内容が一番軽っ!」

「軽くないわよ。鬼気迫る物あるじゃない『あっち向いてホイ』。じゃんけんのハラハラ感に加えたあっち向いてホイのドキドキ感といったらもう……」

「つか、この歳で『あっち向いてホイ』もどうかと思うけどな……」

「……この競技を舐めてかかると痛い目見るわよ。ちなみに言っておくけど、私はかなり強いわ。『あっち向いてホイマスター』とも呼ばれてるんだから」

「誰だよ呼んだ奴?!」

「隣のクラスの松村君よ」

 さらっと答えた悠里が出した名前に対してまたも観客席から、「松村だと!?」「あの松村がまさか!」「松村……まさかここで命名を……」などと驚きの声が上がる。

「だから誰だよ松村君って! どんだけ凄いんだ松村君! その割にネーミングセンスないな!」

 命名した松村君の顔を見てみたいものである。

 しかし、マスターというくらいだから、複数人の集団で検定試験のようなものを行ったのだろうか。それとも、参加者を募って大会でも開催されたのだろうか。

 いずれにしてもどうでもいいことではあるが、少しだけ知的好奇心がくすぐられる――わけもなく心底どうでもいい。

 だが、モニター近くに席を取る観客は、生徒会長にもこういった子供心があるのかと逆に関心を寄せていた。

『痴話喧嘩はそこまでにしておいてもらって、そろそろ始めますよー?』

 大久保の静止の仕方に爽葵は僅かにムッとしたが、夫婦喧嘩ではなく痴話喧嘩という表現を口にしたのであえて言い返すことはなかった。


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