第二十八話
『それでは実行委員の準備も整ったところで副将戦の勝負内容について発表しましょう!』
どうやら作業は机設置と配線を繋ぐだけだったようで、意外と早く終わった準備終了に伴い大久保の司会進行が再開された。
『これまた大胆な勝負方法ですが、皆一度はやったことのある勝負。きっと盛り上がることでしょう!』
いきなりハードルを上げだす大久保の声に反応して、次鋒戦の終わりと同時に電源が落ちたように暗くなっていた巨大モニターに光が戻る。
最初に製作会社のロゴが現れ、アニメのような軽快な音楽と共にオープニングが流れる。
だが、オープニングとは名ばかりの次々にアニメ調の人間やモンスターの姿と名前が表示されるだけのもの。内容がさっぱり分からない。
最後に現れたのはどこかで見たような男女二人の主要キャラクター。中央にタイトルロゴ。そのすぐ下にはプッシュスタートと英語で表示がされている。
そして、紗央莉が見た時にはまだ準備がされていなかった白い長机の上には、黒く四角いモーター音の響くゲーム機と、これまた黒いコントローラーが二つ。
机とモニターの間には選手専用の液晶テレビも置かれていた。
さすがに巨大もモニターを見上げながらの勝負は難しいだろう。
『副将戦のお題は落ちゲーだ! 三本勝負の二本先取した者が勝者です!』
正式名称は落ち物パズル。
上から落ちてくるブロックを用意されたフィールドに並べ、特定条件を満たすことでそれを消して得点を稼いでいくという単純な物。だが、得点を重ねるごとに徐々にスピードが上昇し自動的に難易度も上がっていく。ブロックがフィールドの最上段まで積み上がるとゲームオーバーになる。
とはいえ、これでは一人用のゲーム。熟練者ならば果てしなく時間を使ってプレイが出来る。
使える時間も限られてくる今回用意されたのは、対戦用の落ちゲー。
自分のフィールドで消したブロックの量や連鎖に応じて相手フィールドへの妨害は行えるシステムを持つ。おそらく現代っ子はこちらのほうが馴染み深いだろう。
落ちてくるブロックの積み方、崩し方、相手の妨害を回避するタイミング等々、上級者になればなるほど頭を回転させなければ勝てないゲームである。単純なものほど奥が深いというのはこういったもののことだろう。
「ゲームかぁ。あまりやらないかなぁ」
「そうなんですか。結構頭の運動になるもんですよ。ウチは勉強の直前のウォーミングアップとしてたまにやりますね」
「家で見るのは爽君がリビングでやってる戦うやつがほとんどかなぁ。あ、たまに部屋でエッチなやつもやってるけどぉ。あれは違うわねぇ」
「……まぁまぁ、思春期ですからね。見て見ぬフリをしてあげましょうよ。日菜さんはそういうゲームに興味ありですか?」
「えっ! 無いわよぉ。男の子がやるようなエッチなゲームは!」
日菜が焦ったように両手を胸の前で振りながら否定する。これは少なからず興味はある様子。というかやったことある反応。バレれば恥ずかしいといったところだろう。
しかしながら、爽葵がリビングで据え置き器を使って普通のゲームをしていて、部屋でやっているそれはパソコンゲームなのだろう。その姿を見られている爽葵にこの事実が伝わったら羞恥心に耐えられず身投げしかねない。紗央莉は苦笑しながらそっと胸に仕舞うことにした。
「そ、そういえばぁ」
「はい?」
「あなたも爽君のこと好きなのかしらぁ?」
「うーん、どうでしょうか」
二人はスタート画面からルール選択までを終え、キャラクター選択画面で好きなキャラを選びながら会話を続ける。
あなたも、ということは他に爽葵に好意を抱いていることを知っている様子。やはりツンデレている悠里がそうなのだろうか。
「まぁ、ウチからしても爽葵君とは仲良くしていきたいと思っていますよ。けど、恋愛感情があるかと聞かれれば……まぁ、ないですかね。彼は友達として見ているほうが面白いですから」
「そうかぁ。弟が珍しく女の子にモテモテだと思ったのだけれどぉ。私の勘違いだったかぁ」
「日菜さんはどうなんですか? モテモテなんですか? 毎日とっかえひっかえヤりまくりですか?」
「そそそそ、そんなわけないでしょぉ!」
顔を真っ赤にして大声で否定する。今回は真実を言い当てたのではなく、単に下ネタを恥ずかしく感じ取っただけらしい。校内で相対したときはあれだけ爽葵に対して男を紹介するやら言っていたように記憶しているが、恥ずかしく感じるラインが不明である。
日菜自身の話は一度置いといて、キッカケはどうあれ爽葵に杏奈、香澄、悠里の三人から好意らしきものを寄せられていれば十分モテモテではないのだろうかと思う紗央莉。
鈍い爽葵がその事実に気が付くのはいつになることやら分からないが。
そうこうしているうちに二人はキャラクター選択を終え、最後の難易度選択まできていた。ちなみに紗央莉が選んだのはスタート画面に出ていた主人公らしき青い短髪の女の子で、日菜が選んだのは頭に一輪の赤い花を刺したスライム。
『それでは二人とも準備はよろしいでしょうか? では、難易度は通常の三を選んでもらって……試合開始!』
紗央莉と日菜の二人が同時に難易度三に置かれたカーソルをそのままに決定ボタンを押す。
画面の上からがゆっくりと歪な長方形をした灰色のブロックが――モザイクを付けて落ちてくる。
「……ん?」
紗央莉だけでなく会場全体が首を捻った。イメージとしては何の変哲もない色取り取りの丸いブロックが落ちてくるものだったが……。
続いて落ちてきたのは心なしか少しだけ上を押されたような丸さがあるベージュのブロック。当然モザイクがかかっている。
「さっきからこの気色悪いブロックは何! うわ、ドクドクしてるんだけど?!」
思わず紗央莉が声を荒げた。
これは丸く赤いブロックが脈動しながら落ちてきたことに対するドン引き。
形の歪な長方形の灰色、上部を押されて横長になったベージュ、丸く脈動する赤。
これは間違いなく――
『ご覧いただけましたでしょうか! これがこのゲームの裏技によって変化したZOMOTSUブロックだー!』
「どうしてあえてコレをチョイスしたのさ! うわ、また変なもの落ちてきたー!」
どうやらこの手のものはあまり得意ではないらしい紗央莉は珍しく落ち着かない様子で再び声を荒げた。
あまりこの手のゲームを見たこともやったこともない日菜は、適当にコントローラーのボタンを押しながらブロックを回転させたり、急降下させたりと、操作方法を確認しながら危なげにブロックをフィールドに積み重ねていく。顔をコントローラー、画面、コントローラー、画面と交互に動かし忙しない様子。
紗央莉が感じている気味悪さなど微塵もないようだ。
もちろんゲームを選んだのは作戦の一つ。勝負方法があらかじめ開示されないということは操作方法を確認も出来ない。ならば、操作に慣れる前に勝ってしまえばいいという紗央莉と爽葵の作戦である。
ただし、三本先取というところにネックはあるが、レースゲームのようにアイテムを使用されて起こる不慮の敗北などはない。
完全に頭脳による実力勝負で打って出たわけである。
だが、ここまで悪趣味なソフトをチョイスされるとは誰が想像したか。
『おお、スゲ……』
大久保がマイク越しに感嘆の声を漏らす。
紗央莉の画面ではすでに半分ほどブロックが積み重られており、全て計算されたように同じ色のブロックを三つずつ段々に並べられていた。そして、ブロックを崩したことで段がズレた後も連鎖が続くよう、時折落ちてくる妨害ブロックや単体や二連結のブロックも考えて配置されている。誰が見ても綺麗に大きな連鎖が出来ると分かる組み合わせ。
いよいよ起爆剤のブロックが一つでも落ちてくればもう連鎖爆発が可能なところまで組み上がっていた。
臓物ブロックに対する気色悪さを何とか払拭したのか、本来のペースを取り戻しつつあった。
対する日菜はまだ操作に慣れていないのか、ブロックを急降下させることなく初期のゆっくりとした降下スピードを保たせている。
日菜のフィールドをよく見ると、全くブロックは積み重なっていないし、連鎖など考えてもいないブロックの配置になっている。
(キモイキモイキモイ! ……けど、こっちはもう崩せるな。さてさて向こうはまだ操作とルールを理解しきっていないようだ。なら、起爆スイッチも来たし、もう崩してしまって先手を打とうかな)
『これは綾音選手の敗北は必至か? いや、待て。綾音選手は何をしている……?』
大久保が、日菜の動きが止まっていることに気が付く。
(……しまった!)
不意に紗央莉は自分の考えの甘さに気づいた。
遅いスピードのまま落とすブロック、それを積み上げていないフィールド。
勝つ意志が全く感じられない。
たまに少ない連鎖をして妨害ブロックを送ってきた事実は、単なる偶然だったということか。
証拠に日菜はコントローラーの操作方法を確かめてから画面に顔を固定したまま、コントローラーには目もくれていない。
つまり、一試合目を捨ててどのような内容のゲームかを確かめつつ、真剣にやる相手の画面を見ることで勝ち筋を見極めるということ。
紗央莉が起爆スイッチを落下させ、積み上げたブロックをものの見事に崩していく。
次々と妨害ブロックが日菜のフィールドへ発生し、陣地を埋め尽くしていった。




