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第二十六話

『それでは熱が冷めないうちに次鋒戦に移りたいと思います! 次鋒戦は……えーっと? おいおい、地味すぎやしないか。まぁ、学生特有の勝負ってところだな。続いては数学勝負! ルールはこれまた至って簡単。十問出される問題を解いて多く正解したほうの勝ち! 今までの勉強の成果を生かして頑張れ!』

 またもや大久保の試合内容発表にツッコミが入る。どうやら、司会者も直前まで内容を知らされない形の司会進行のよう。

 巨大モニターの下には毎日見飽きた茶色い学習机が二つ配置されていた。机のどこにも傷や落書きがないことから新品を空き教室から持って来たようだ。

 机の上には長方形のプリントが各一枚ずつ置いてあり、そよ風でも飛んで行かないようにプリントの上には重石の四角く白い消しゴムと、銀メッキ一色のシャーペンが乗せられていた。そして、何故か左隅にはマイクが置かれている。一体何に使うのか。

 杏奈は正面向かって左側の机を選び、そそくさく気配を消しながら歩いてきた小牧眞子は右側の机を選択した。

 二人はスカートがシワにならないよう手で太ももに引っ付けつつ椅子へと腰かける。

 この場所へ来るまでやけに大人しかった小牧だが、座った途端堰を切ったかの如く饒舌になった。

「残念ですわね、わたくしと数学勝負をするなんて。これであなた達の二敗目が確定してしまいましたわね。ギャラリーの皆さんももう少し善戦して欲しいとお思いのことでしょう。けれど、それ以上にわたくしがあなたを完封して逆にギャラリーを沸かせて差し上げますわ」

「そう言えば、一つ聞いておきたかったんですけど」

 杏奈は小牧の嫌味を全く意に介すどころか、口に出した事実すらなかったかのように見事なスルーをかます。さすが香澄と毎日言い合っているだけのことはある。

 これにはさすがの小牧も信じられないと顔を引きつらせていた。

「……なんですの?」

「綾音さんと女装どっちが好きなんですか?」

「あ、あなた……! そんな恥ずかしいことこんな公然の前で言えませんわ……」

「恥ずかしい? 綾音さんのことを好きと言うことが恥ずかしいんですか? よくそんな生半可な気持ちで綾音さんのことを好きになりましたね! 堂々と告白も出来ない人に綾音さんを好きになる資格はありません。幼な妻属性のわたしの手によってここで脱落させます」

「その設定まだ生きてたのかよ!」

 幼な妻発言によって観客席に集まる男子女子全てから集中して興味ありありの視線を向けられる。クラスメイトの、親しい友人などは笑いながら声を張って質問を投げかけてくる者もいた。

 だが、一番視線が痛かったのは真横で疲れ果てて項垂れている香澄と、生徒会席から今にも駆け寄ってきて胸倉を掴んできそうな悠里だった。飛び出してこないのはこの状況を面白そうに笑っている日菜が羽交い絞めにしているからである。

『さあ、爽葵に幼な妻がいたことも発覚したところで、数学テスト勝負を開始します! 妬みがある人は全試合が終わった後に問い詰めてくださいねー』

「大久保ー! この裏切り者!」

 爽葵に関わりのある男子全員の瞳が一斉にギラギラと光り出した。もう爽葵は明日日の目を見ることは敵わないのかもしれない。

 そして、杏奈にそこまでの人気があったことに驚きであった。

『制限時間は十五分。二人とも問題用紙を表向けて……開始!』

 合図と共に杏奈と小牧の二人は問題用紙を捲り、シャーペンを手に問題を解き始めた。

 カリカリとリズムのよい音がマイクを伝う。

「なあ、木枯。瀬戸は本当に大丈夫なのか?」

「え?」

 腕を組みつつ、足で貧乏揺すりをしている、明らかに緊張と不安な態度丸出しな爽葵が尋ねた。

 もう機嫌は直ったのかと、少し驚いたように目を丸くした紗央莉。

 いつもならしばらくは怒りを引きずったままなのだが、それが消え失せる程杏奈のことを心配しているのだなと感心する。

「大丈夫さ。一応帰ったらやるように宿題も出しておいたから。公式さえある程度暗記できれば数学なんて大したことないからね。暗記なら杏奈ちゃんもそこまで苦手じゃないだろうしきっと……」

「その割に一問目から手止まってるような気がするんだけど……」

「うん。気のせい気のせい」

「ポジティブになるところじゃないから!」

 マイクを伝うシャープペンを走らせる音は最初こそダブって聞こえていたのだが、今は完全に一つとなっていた。

 巨大モニターにどこから撮っているのか、テスト中の二人の手元が映されている。

 小牧は途中式や計算を細かく紙に書いてしっかり答えを導いているのに対し、杏奈は考え込む様にシャーペンの先を紙にトントンと当てていた。

 計算の途中でルーティンのように紙を芯で叩く人はいるが、書かれた問題自体を解読するためにルーティンを行う人はまずいない。

 これはつまり――

「全く分かってないんじゃん! どうなってんだ木枯!」

「うーん、考えられる理由は暗記した公式を思い返しているか、勉強しなかったことを後悔しているかかな。けど、出題されてる問題はどれも授業しっかり受けてれば分かるものばかりなんだけど。全部教科書から抜き出しているようだしね」

「冷静に分析してんなよ! しかも普段から勉強とか今更だからな!」

 出題は二次関数、因数分解、二次方程式等々。受験した直後の一年生ならばおおよそ解けるであろう問題ばかり。

 だが、いくら教科書から抜き出した基礎応用問題だろうと数学者が挑戦するような計算式だろうと、解ける人には解けるし、解けない人には解けない。

 一つ幸運な点を上げるとするならば、解答選択がマークシートになっているため、最悪当てずっぽうで答えだけを書くことが可能なところだろうか。

だが、マークシートの選択肢は五つ。勘に頼っても確率は五分の一。計算をして確実な答えを出している小牧との正解率は雲泥の差だろう。

「その割に余裕よねぇ」

「おや、日菜さん。ウチとの親交を深めに来てくれたんですか?」

「ええ、そのつもりよぉ。だから教えてちょうだいなぁ。どうしてそんなに余裕があるのかしらぁ?」

 親交を深めることに肯定はしたものの、自分の興味がある質問をそのまま続け出した。どうやら紗央莉の冗談染みた発言にただ頷いただけで、深い意味は全くないらしい。

 事実に紗央莉は少し残念がるように肩を落とすが、

「まぁ、見てたら分かりますよ。ここからが杏奈ちゃんの本領発揮ですから。それよりもウチと親交深めませんか? どことは言いませんけど、いやどことは言っちゃいますが誰の目にも入らない木陰の裏とか――でっ!」

「おいっ」

 息を荒げ始めた紗央莉の頭上に爽葵が冷ややかな視線を送りながらチョップを落とす。

女子に暴力行為をするのは心が痛むが、杏奈から暴走しそうなときは容赦なくやれと言われているので躊躇はない。

「も、もぅ木枯さんは大胆発言がお好きですねぇ」

 軽く流しているつもりらしいが、爽葵の目は誤魔化せない。顔は別段変化ないが、耳が赤かった。

 多少なりとも痛む頭をさすりながら、

「ほら、出るよ」

と呟く紗央莉の注目点に、爽葵と日菜がテスト席へと視線を移す。

 依然モニターに映ったテスト用紙には名前以外書かれておらず、見たところ変化らしい変化はない。

 残り時間も十分を切った。ここからどのような覚醒を披露するというのか。

 さすがの日菜も紗央莉の言葉が理解出来ずに首を傾げている。

「何やってんだ瀬戸は……?」

 ここで爽葵が杏奈の変化に気づく。

 持っていたシャーペンを、テストを諦めたかのように手放した。そして、カンニング用紙でも取り出すかのように右手でポケットをまさぐり始める。

 通常テストでは行わない行動に司会者、実行委員、観客の全てが杏奈に不正がないか見守りながら見張り始めた。

 しかし、そんな心配事は無用。ポケットから取り出したのは一本の五角形の緑色の削られていない未使用鉛筆。

 不意に杏奈が鉛筆を握った右手を真横へ大きく伸ばした。

『ま、まさかそれは……!』

 何か思い当たる節があるのだろうか、大久保がテスト中でありながらテンションを高めに反応を示した。観客席も同様にざわめき出す。

 これには爽葵も嫌な予感しか覚えなかった。


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