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第二十五話

 ようやく落とし穴から二人が完全に抜け出し、息を整えながら再び走り始める。

 だが、その足取りは最初息巻いていた時では考えられないほど遅く、落とし穴から脱出する時点で相当の体力を使ったと見えた。

 それでも今現在残る力を振り絞って香澄は走る。最初のパン食い場所へと辿り着き、見事に一度のジャンプで手を使わずに口を大きく開けてメロンパンが入った袋を噛む様にゲットした。すぐにまた走り出し、次の瓶に入ったジュース一気飲みへと向かう。

 続いて奈留もパン食い場へと辿り着き、ジャンプをした瞬間――地面が爆発した。

 特撮などであるような白煙が巻き起こり、地面やパンをぶら下げたポールの残骸が飛び散る。

「何で爆発すんだよ! まさか、あたしのとこにも仕込まれてねえだろうな?!」

 真剣に走っていた香澄だったが、あまりの轟音に後ろを振り向いてツッコミを入れる。

『えー、なになに? ああ、上北さん大丈夫。爆薬は第四コースにしか仕込まれてないっぽいよ。あと三か所かな』

「まだあんのかよ!?」

 爆風と爆破された残骸で香澄が怪我をしないか心配である。

 しかし、奈留はインナー寄りの第一コース第二コースを選ばずにあえてアウト寄り第四コースを選んだ。しかも爆薬が仕込まれたおまけつきコース。これは偶然だろうか。

『おおーっと、奈留選手が白煙の中から姿を現したぞー! 馬鹿な、無傷だー!』

 香澄の後を追うように現れた奈留は全くの無傷。というよりも、爆薬の黒い炭や落とし穴に落ちた際の砂まで取れて綺麗になっているような気もする。

「……つか、ジャージの色変わってね?」

 爽葵のツッコミの通り、黒いジャージからいつのまにか青いジャージへと変化していた。

 まさか中に二枚着ていて汚れたからそれを脱いだのだろうか。

 そんな変化お構いなしに奈留は顔を空に向け、両手を大きく広げた空気抵抗ガッツリの態勢で走りながら、台に障害物であるサイダー一気飲みに辿り着く。

 第一コースでは、実は炭酸が少し苦手な香澄が喉の痛みに耐えながら何度か咳き込みつつ瓶の中身を飲み下していた。苦しそうにしかめっ面になる表情と、時折口の端から毀れる液体が妙にマッチングしてどこかエロい。

 続いて奈留がサイダーを手に取ろうとした瞬間――

『またもや爆発ー! どれだけ奈留選手に厳しいんだ実行委員は!』

「ぶはっ!」

 爆音に驚いた香澄は口の中にあった最後のサイダーを勢いよく噴き出した。

 口から顎を伝いポタポタと垂れる滴を拭うことなく、横で起きた惨事に目が釘付けになる。巻き起こる白煙で様子が見えないことがより一層興味という視線を奪われる。

 だが、簡易待機場所から杏奈や爽葵の「もうサイダーないんだからとっとと走れ!」の声で正気を取り戻し、手に持った瓶を投げ捨てて走った。

 またもや香澄の後を追うように奈留が白煙から現れたのはパッションピンクのジャージを着た……女子。どうやらサイダーは爆発によって吹き飛んだらしい。

「いや、誰だよ!? 明らかに性別変わってんだろ!! しかもジャージのセンスないな!」

 爽葵にツッコまれたのは奈留……に結構顔立ちは似ているが髪の毛は背中まで伸びて、明らかに身長も縮み、出るところがでている。完璧に誰がどう見たところで女子だったのだが――

「奈留のやつ疲れを知らないのか……? ペースが全く変わってない」

「体力馬鹿の香澄でも二百メートルを障害物ありで走るのはキツイのに。生徒会ではどんな仕事をしているんでしょう……」

 横にいる紗央莉と杏奈は至って真剣に奈留の分析に取りかかっていた。

 確かに、奈留の走るフォームは腕を積極的に滑らかに早く大きく振っており、膝を腰骨辺りまでよくあげて前傾姿勢を保っている。

 理想のスプリンターフォーム。

「いや、注目するところそこじゃないから! もっと他に着眼点あるから! 人代わってんだから体力あるもクソもないだろ!」

「そんなまさか……」「人が代わって……?」

 爽葵の言葉を事実として受け入れにくいといった眉をひそめた表情で、紗央莉と杏奈は等間隔に八個並べられた第三の障害であるハードル飛びに差し掛かる最後のコーナーを曲がる奈留を見つめる。

「ああっ、あれはまさか……」

「嘘。信じられませんっ……」

「ようやく気づい――」

「あの大きな骨盤と丸いお尻の形は安産型だ! きっと出産時もさほど苦労せずに赤ちゃんを生むことが出来る!」

「おそらくあの揺れ方だとカップ的にはDくらいありますかね……。生徒会メンバーのくせに……」

「なあ、アンタらホントは気づいてんだろ! そうだって言ってくれよ!」

 安産型のお尻回りはともかくとして、胸のカップとか言っている時点で女子だと気づいているようなものである。 奈留を男子として認識しているのであれば、明らかに不正だとこの場で叫んでも全く問題ない。

 だが、この二人はおろか観客すらも不正に対する苦言どころか、疑いの目も向けられていなかった。生徒会メンバーも事実に気が付いていないかのように平然としている。むしろ、一人で勝手にツッコんで騒いでいる爽葵を不審な目で見つめいていた。

 いよいよ最後の障害物であるハードルを尻上がりに調子を取り戻しつつあった香澄が、慣れないハードル飛びに苦戦しつつも高身長を生かした早いスピードで四つ目に差し掛かっていた。

 後を続いて奈留がハードルへとなぜか飛ぶ素振りを見せずに突進していくや否や、奈留のコース上にある全てのハードルが爆発した。

 だが、今回は火薬の量が少なかったのか、それとも不発があったのか、爆発範囲の割に白煙の量が少なく奈留の姿を完全に覆えていない。

 覆えていないのに、最後のハードルの辺りから白いジャージ姿のこれまた奈留にそっくりな誰かが飛び出した。

 間もなく香澄もハードルを全て飛び終わるのだが、ハードル全てをショートカットし、リスタートし直す奈留によって当然の如く順位が入れ替えられる。

「まさか、瞬間移動?!」

「それとも爆発で加速したとでも言うの?!」

「まずは不正された事実関係に気づけや!」

 誰がどう見ても明らかにコース上に奈留が二人いたことは明白なのだが、あくまでもそれに気づいていないという女性陣二人。

 観客席からもパフォーマンスの歓声や、香澄を抜いた奈留への声援しか聞こえてこない。

 これだけの人数がいて誰も生徒会の不正に気が付いていないということは、自分の目が幽霊でも映し出しているんじゃないか不安になる爽葵だった。

 だとしても、香澄と奈留の差は僅か。

 疲労の色を窺わせる香澄だが、それでもまだ余力があったのかラストスパートといわんばかりに最後のストレートで速度を上げる。

 いや、違う。余力があったわけではなく、これが彼女本来のスピード。今までは全て障害物によってスピードが大きく制限されていたのだ。

『上北選手速い! あっという間に奈留選手を抜き返したー! 残りは二十メートル!』

「香澄、行けー!」

 いつになく大声の杏奈の声で爽葵もグッと握り拳を作り、まず重要な一勝をもぎ取ったと確信した――が、生徒会メンバーがいつになく落ち着き払っていたことに気づくことはなかった。

 香澄の目に白く細長いゴールテープが映る。それはもう皺の一つ一つがしっかり分かるくらい。残りは三メートルほど。

 奈留は体三個分後ろにいる。

(勝った……! ――あ?)

 勝利への一歩を踏み出した瞬間、不意に体が沈み込んだ気がした。

 いや、気のせいではない。

 視線を下に向ければスタート地点と同じく、地面へと足が吸い込まれていた。

 スローモーションのように白いゴールテープの位置が徐々に目線を超える。

藁をもすがる思いでゴールテープを掴もうと腕を伸ばすが、当然三メートルの距離を埋められるはずもなく香澄の腕は空を――切った。

 香澄の落下を見た奈留は急ブレーキをかけ、地面に落とし穴が開いていないかどうかをつま先で突きながら確認し、勝利の快感に酔いしれるように体を抱きしめつつそのままゴールした。

『まさかまさかのゴール直前で落とし穴ー! 奈留選手はそれを見て警戒しながら今ゴール!』

 観客席からサッカーのゴールを決めた時のような歓声や拍手が巻き起こった。

 勝利を誇る奈留はその場で右手を天へ高らかに振り上げ、太陽光をスポットライトに見立ててポーズを取り始める。そして、その人数は徐々に増え出し、終いには戦隊物のヒーロー達のキメポーズのように――

「増えた?! ほら、見ろ! 奈留のやつ複数いただろ!」

 爽葵が香澄の敗退を悔しがっている仲間二人に自分が気づいた事実を突き付ける。

「さすが、奈留四兄弟といったところだね。今回ばかりは完敗だ……」

「ええ、長男の奈留史須夫、長女の奈留史須子、二男の奈留史須祖、そして三男の奈留史須斗。素晴らしいコンビネーションでした」

「あんたらどこ注目してんの!? つか、名前ネタに走り過ぎだろ!」

 しかも奈留が複数いることに気が付いていたというオマケ付きである。

 そこに、一勝を力技でもぎ取ってニヤニヤしている悠里が厭味ったらしく現れた。

「見たか爽葵。これが奈留四兄弟の兄弟愛の力よ」

「いきなり現れて意味不明なことかましてんな!」

「けど、作戦が崩れたんでしょ? 役に立たない奈留と小牧でまず二勝を上げて、日菜か私のどちらかに勝って勝利を収めるっていう作戦が」

 ピンポイントで言い当てられるが、そんなものは誰しもが考える作戦だった。

 だが、同時にそれしか通常の勝ち筋が見えないことも事実。

 というか、小牧と奈留の扱いはどうやら生徒会でもある程度ヒドイようだ。

「試合は最後まで分かんないだろ。最終戦で泣いてもしらないからな」

「その言葉そっくりそのまま返してあげるわ」

 ひらひらと手を振って悠里は自分の席へと戻っていく。

 爽葵が歯を噛みしめながら悠里の後姿を睨んでいると、

「あ、香澄戻ってきました」

 いつの間にか穴から脱出していた香澄がまるで映画に出てくる怪獣のようなのっしのっしとしたやや蟹股の歩き方と、今にも口から火を噴きそうに負けた自分への怒りと、申し訳なさが詰まった複雑な表情をしていた。

「すまん、最後油断した……」

「ほら、やっぱり負けフラグだったじゃないですか。意気揚々と出ていったのに情けないですね。恥ずかしい言葉が脳内に響いてますよ」

 今にも土下座せんばかりに落ち込んだ香澄へと辛らつな言葉を浴びせ続ける杏奈。

 さすがにいつものやり取りだとしても言い過ぎじゃないかと爽葵が口を挟む。

「おい、それはいくら何でもそれは――」

「だから、香澄の悔しさはわたしが晴らしてきます。どの道、あのオカマはコテンパンにやっつける予定でしたから好都合です。向こうがどんな手を使ってきたとしても綾音さんがどっちのものか思い知らせてやりますよ。後、香澄。一応簡易救急所で手当てしてもらった方がいいですよ」

「最後クッション挟んでも、俺は誰の物でもないからな! 仮に勝ったからってアンタの物にもならないからな!」

 爽葵のツッコミに「照れちゃってー」と薄く笑う杏奈だったが、すぐに表情を真顔に戻し、巨大モニターの下でこちらを手招いている実行委員の元へと歩き出す。

 同時に香澄も駆け寄ってきた女子の実行委員の肩を借りながら、司会者席の裏側にあるらしい簡易救急所へと向かった。


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