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第二十三話

 天気は雲一つない青空が浮かぶ快晴。

 ほとんど風もなく、たまにそよ風が頬を撫でる程度である。まさに絶好の勝負日和。

『さあ、まもなく始まります! 本日のメインイベントであるエキシビジョンマッチ。メタモルフォーゼ部VS生徒会役員。司会はこの僕卓球部に舞い降りた純白の天使こと大久保がお送りいたします!! 急遽代役ですがしっかりと働きますよー!』

 小学校の運動会などでたびたび見られる司会席と書かれた簡易テントの下で、マイクスタンドを右手で握りしめながら大久保が叫ぶ。そしていつ誰がどこで呼んだか、中二病染みたあだ名が付いていた。

 実は元々司会をする実行委員がいたのだが、直前で体調不良を起こし急遽紗央莉が生徒会側に爽葵を弄れるので面白い子だと大久保を推薦して今に至っているという挺。

『このエキシビジョンマッチでは勝利チームが敗者チームへ何でも好きな命令を下せると言った特典付きです!』

「その特典いつ決まった?! つか、誰が決めた!?」

 爽葵の疑問は華麗にスルーされたが、皮切りにオォー! と地鳴りがするかの如く明らかな近所迷惑である歓声がグラウンドから爆発した。

 集まった生徒数は数えるのも億劫になる数。全校生徒四百人の大半が集まったのではないかと思うほどである。昨日の今日決まった勝負にここまでの集客があるとは皆相当暇なのか、それともそれほど注目のカードなのか。

 部活をサボる生徒や帰宅途中だった生徒もいれば、そわそわしながら事を見守る教師やたまたま工事に来ていたらしき作業服のおじさん達等様々な人たち集まっている。

「いや、最後の人達仕事しろよ!」

 そして、皆一同にグラウンドをぐるっと囲む、まるでサッカースタジアムのような階段上になった観客席に腰かけている。

 普通の学校のグラウンドにこんなものあるはずがない。一体どうしたというのか。

 答えは至って簡単である。学校側が昨日業者に依頼し作らせた他ならない。

「一日かけずに作ったのかこれ!? つーことは、あの作業服のおっさんら仕事した後か?! すみませんでした!」

 相当疲弊しているはずの業者のおじさん達だが、さすがに何にこの観客席を使うか気になったのか眠気を我慢して行く末を見届けようとしている。

 そして、もう一つこれまた存在感を放っているのは司会者席の真上に掲げられた――巨大なモニターだった。

 これまたサッカースタジアムでリプレイや広告を映し出す巨大なもの。

 こんなものまで設置するとは、どれだけの費用を使っているのか。そして、いつの間に用意したのだろうか。というよりも、この勝負どこまで大事にされているのだろうか。

 巨大モニターには先鋒、次鋒、副将、大将を四つの枠が二チーム分用意されており、それぞれ顔写真が映し出されるだろう空白の部分が見受けられる。

 だが、それも束の間すぐに電光掲示板みたく画面が消えて開始時間が現れたり、資金を提供してくれているのか近くにある商店街の広告や、急遽工事をしてくれた工事会社のホームページらしきものが映し出されたりしていた。

『いよいよ開始時間も迫って参りましたので、両チームに登場していただきましょう! まずはチャレンジャー、メタモルフォーゼ部!!』

 観客席右側の選手入場口から杏奈を先頭に、紗央莉、香澄、爽葵と続いて登場した。

 全員運動がし易いように学校指定の黒いジャージ姿。これだけ盛り上がっている中、衣装は全くパッとしない。

 選手が姿を現した刹那、試合会場独特の空気感にテンションが上がっている観客からサッカーのゴールを決めた瞬間のような歓声が巻き起こる。

 ところどころでメタモルフォーゼ部メンバーの名前を呼ぶ声や激励の声、部活への勧誘、逆に悪口を言っていたり、はたまた告白する声まで耳に届いてきた。

 歓声の中ほとんど聞こえないことに加え誰とも判別がつかないとはいえ、皆好き勝手言い過ぎである。

「あ、今の声七組の向井さんですね。いくら誘われても科学部には入らないのにしつこいですね」

「今の悪口は三組の皆口だな。後でしばく」

「ウチに告白してきたのは六組の佐藤さんだ。デザートは彼女かな」

「この中から声の主判別するとか、アンタらの耳は聖徳太子並みか?!」

 耳に神経を集中させれば僅かながら言葉の一端くらいは聞き分けられるが、誰が何を言ったかなど到底分かったものではない。

 まさかここ、本人達に聞き分けられるとは思いもしない観客達は未だ好き勝手なことを言っていた。

『それでは続きまして。会長、副会長のダブル美女がまとめる絶対王者。常清高校生徒会!!』

 左側観客席下の選手入場口からは、眉間に皺を寄せて姿勢正しく歩く悠里を先頭に、満面の笑顔と共に観客へと手を振る日菜、目立たないよう顔を俯かせる小牧眞子、秘技カッコイイポーズといった風に両手を広げて天を仰ぐ奈留史須斗が続く。こちらのメンバーも皆運動し易い学校指定のジャージを着ている。

 メタモルフォーゼ部に続き、熱く大きな声援と拍手が送られる。

 こちら側ではこれといった悪態はなく、観客は皆素直にエールの声を送っていた。たまに悠里や日菜への告白の声は聞こえてきたが、二人はものの見事に聞こえない素振りでスルーしている。

 お互いの選手が司会者席へと歩みを進め、横並びに相対した。並び順としては生徒会はそのまま、メタモルフォーゼ部は歩いている途中で入れ替わり、爽葵、紗央莉、杏奈、香澄と大将から流れる順番で立つ。

両チーム視線を交わすなりドヤ顔を浮かべたり、笑いあったり、恥ずかしがったり、ガン付け合ったりと忙しない。

「今日は胸を借りるつもりで勝つよ」

 爽葵が悠里へと手を伸ばし、目が笑っていない嫌味な笑顔を浮かべて握手を求めた。

「胸を借りるって、いきなりセクハラかしら? だから女の子と付き合ったことのないダメンズは困るのよ」

「はい? 貸す程の胸もないくせによく言ったな。挨拶もまともに出来ないそんな尖った性格だから男も寄って来ないんだよ。だから胸も小さいっ」

最後の付け足した止めの一言で、悠里の理性が一つ音を立ててちぎれた。

 口喧嘩で俺に勝つなんて早い早い、といった相手を鼻で笑うドヤ顔を爽葵は浮かべる。

「いいわよ爽葵。生徒会の力を全て使い切ってあなた達を完膚なきまでに潰してあげる。私を怒らせたことを後悔しなさい」

 伸ばされた右手を悠里は全力で握りしめて、両者とも背後に炎を燃やす。

「あ、ちなみに先攻は俺達がもらっていいよな? そのくらいはいいよな、生徒会長さん?」

「……いいでしょう。その、くらいは、……許容してあげる!」

 さすがに男の握力には敵わないらしく、不敵な笑みを浮かべる爽葵と比べて、悠里の顔に力が入って強張り始めた。

 それを皮切りに他六名もお互いに握手を交わし始める。

 まずは副将組。

「どうかしらぁ、爽君はちゃんとやってるぅ?」

「それはもう。ウチらとは知り合ってまだ日は浅いですが、毎日楽しませてもらってますよ」

「ならよかったわぁ。爽君がアッチ系じゃないのは少し残念だけれど、ノーマルって聞いて少し安心したところもあるからぁ」

「じゃあ、日菜さんはどうですか? 女の子同士はありですか?」

「え、そ、そうねぇ。可愛い女の子は大好きよぉ?」

 などと日常会話の中にさらりと奇抜な発言を混ぜる二人だった。そして、なぜか最後日菜は挙動不審になる。

 だが、笑顔で握手をしている美少女二人が、まさかこんなところで百合会話をしているとは観客は皆思いもしないだろう。未だ不毛にも告白を叫び続けている声も聞こえる。

「……けど、勝つのは私よぉ?」

「いやいや、それはどうでしょう?」

 ふふふ、と好戦的に薄く笑い合う二人は案外この中ではまともな分類なのかもしれない。

 続いて次鋒組。

 こちらはお互いに無表情。だが、視線の先では火花を散らしながら睨み合っていた。

 もちろん握手をしているが、どこか気の抜けた様子。

「わたくしの相手はあなたですのね……。爽葵様じゃなければもう誰でもいいですわ……」

「それはこっちのセリフですよ……。どうしてヒロインポジションのわたしがあなたみたいなぽっと出の中途半端に作られた人物を戦わなきゃいけないんですか……」

「わ、わたくしがぽっと出の中途半端キャラですって!? そりゃ最近ヒゲとか濃くなり始めたかもしれませんが、その内脱毛するから問題ないですわ!」

「……誰もそこには触れてませんけど。というか、わたしツッコミキャラじゃないんで、あまりボケを入れられても困るんですよ。冗談は顔と女装癖と回文の名前だけにしてください」

「キー! さっきから言わせておけば人の身体的特徴をづけづけと! そっちだってちっちゃな身長に見合ったちっちゃい胸だこと! そんなのじゃ爽葵様を満足させることなんて出来ませんわね――」

 長く下ネタが入りかけるのでここでカット。

 その後もお互い爽葵とどうお付き合いをするか、どう結婚まで行きつけるか、どう子供を作って老後を過ごすか、どうでもいい……爽葵にとっては一生を左右させられる重要なことだが、他人からしたらどうでもいい話題で言い争っていた。

 最後に先鋒組。

 この組だけは握手をしていない。というか出来ない。

 未だに何かぶつぶつ呟きながら両手を広げて天を仰ぐ奈留に対して香澄はさっそく疲れを見せるげんなりした表情。

 耳を澄ませていなくても聞こえてくる奈留の呟きは、香澄の体力ゲージを徐々に徐々に減らしていく。

「美しい僕を輝かせるこれまた輝かしく神々しい太陽。この光が僕の肌を照らし、さらなる美へのステージアップへと誘う。それはそう、まるでこの地に降り立った神の御使いエンジェルルル」

 なぜか巻き舌でエンジェルを発言した奈留の気持ち悪さに思わず香澄は身震いする。それ以前に、聞きなれた日本語ではあるが何を喋っているか全く理解出来ない現象に気色の悪さを感じていた。

「おや? どうしたんだい、そんなに僕を見つめて。そんなに美しかったかいこの僕が。この美しく気高いこの僕が!」

「なあ、誰か対戦変わって――あー、駄目だ! 全員自分の世界に入ってる!」

 泣き叫ぶような香澄の救いの手はものの見事に全員から気づかぬうちに振り解かれていた。


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