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第二話

 本校舎下駄箱。

「ねぇねぇ知ってる? この学校でタバコを食べるヤンキーがいるんだって」

「何それ? タバコってそもそも食べたら死ぬんじゃないの?」

「あと、保健室のベッドから出てくる謎の女とか」

「さっきとどんな関係よ……。それは七不思議でしょー」

 上履きから外履きへと履き替えながら談笑している二人の女子生徒がいた。

 会話事態はイマイチ容量を得ないが談笑ならばこんなものだろう、と話しかけられた女子生徒は笑う。

「七不思議といえばここの部活の中に変な部活があって――ん?」

 思い出した噂を今度は自分の番だと意気揚々と語りだした女子生徒が視界の一番端に、猛スピードでこちらへと迫ってくる何かが映り込んだ。

「うおおおおおおおおおおお!」

 涙を零して涎を垂らして鼻水を流しながら悲鳴を上げて、談笑していた女子生徒二人の横を爽葵が突き抜けていく。

身の危険にさらされてなのか、それとも持ち前の脚力だからこそか、タイムを測る者がいないため正確ではないが、五十メートル走でいえば五秒台をマークする速度であった。

 きゃーっ! と風圧で揺らめくスカートのスソを抑えながら下駄箱に体をくっつける形で爽葵を避ける女子生徒二人。

 他にも彼が追い抜いていった生徒の大半が奇異な目で彼を見て奇妙な行動だと訝しむが、彼の行動理由はすぐに全員が理解することとなる。

 余談だがスペインでは牛追い祭りという街に大量の暴れ牛を放つというお祭りがある。日本でも地域によっては似たようなお祭りをするところがあるらしい。

 地鳴りのような音が鳴り響くこの光景はそれを彷彿とさせるものだった。

 爽葵が走っていく後ろを陸上部、サッカー部、ラグビー部、野球部、バレー部、バスケ部、科学部、茶道部といった様々な運動部のユニフォームを着た筋骨隆々で厳ついやら、モデルみたいな体型のイケメンやら、オタク気質満載の不気味な男連中がこぞって走って爽葵を追いかけていた。

 今度はギャー! という悲鳴が上がる。さっきまでの可愛らしい悲鳴とは打って変わって本当に怖いものを、気持ち悪いものを見たときの悲鳴だった。

 だが、爽葵を追いかける連中はそんな悲鳴に目もくれずそれぞれが口々に、「その持久力をうちに!」「その脚力は我らとともにあるべきだ!」「一緒に青春の汗を流そうぜ!」「とぅきだからー絶対離さないからー!」「お兄さんいい女の子いるよー二千円ポッキリだよー!」「君なら全国を狙える!」など、いくつかよく分からないものも含まれた怒声のように大きくそれでいて自分勝手な勧誘の言葉が飛び交う。

「なぜ、どうして、なんで、こうなったー!!」

 しかしながら必死こいて走っている爽葵の耳にはまるで届いていない。

 校舎内を逃げ回って外に出るまで一体どれくらいの時間を走っているのだろうか。

 爽葵の額からは滝のような汗が流れ、学校指定の紺色ブレザーの襟はいっそう濃く染まっていた。なんなら汗だけでなく顔から出るもの全部でブレザーとシャツ、ネクタイを汚していた。

 だが、爽葵の逃走劇も不意に終わりを告げる。

「へぶしっ……!」

 闇雲に走っていたせいで疲労が出てしまったのか足をもつれさせ、全力疾走のまま地面へとダイブした。当然受身を取ることはなく顔から。

 周囲から傍観者として見ていた同校の生徒はそれぞれ眉間にシワを寄せしかめっ面をしながら「痛そう……」と口々に漏らす。

 痛む顔を抑えたい衝動を我慢してすぐに爽葵は立ち上がり逃げようとするが、右足に力を入れた瞬間――またもツルリと足を滑らし顔から転倒する。

「あれ、俺ってこんなドジっ子だったっけ……」

 校内でさえ滑る上履きなのに砂が散りばめられている外を全力疾走なぞすれば疲労も相まって転倒するのは当たり前のこと。ある意味ドジっ子である。

 爽葵は這いずりながら目の前に広がるフェンスに近づき、すぐ脇に立っている電柱にしがみついた。

 このフェンスを右に沿っていけばすぐに外への道へ飛び出せる校門にたどり着くのだが、分け目も振らずに全力疾走した運の悪さがここで発揮されてしまう。

 爽葵の行動停止を確認すると部活動の面々も速度を落としていき、あらかじめ決めていたのか爽葵が逃げることの出来ないよう取り囲むフォーメーションを組みだした。

 運動部さながらのスピードであるのだが、彼らも疲労から息を切らしながら何故か手をワキワキしているため傍から見ると大量の変質者が爽葵を囲っているようにしか見えない。

 左胸にラグビー部と刺繍された緑のユニュフォームを着た先程とは違うガタイの良い男子生徒が一歩前に出る。

「では諸君。先の約束通り、とりあえず彼を部活棟に連れて行き、そこで彼の入部先を話し合うということで相違はないかな。その後は個人個人の自由だ……!」

 男子生徒の問いかけに部活連中が「おー!」と同意の叫び声を上げた。

 皆いよいよだと言わんばかりに目を輝かせている。

 爽葵は逃げ道がないか左右に目を走らせるが一部の隙もないフォーメーション。

 では、後ろに逃げればいいのではと思うがなかれ。後ろには部活連中は配備されていないが、フェンスを乗り越えれば六メートル下の駐輪場に直滑降となる。逃げることは出来ても怪我は免れない。

 どうするか悩んでいる時間は爽葵にはなかった。すでに部活連中は手をニギニギしながら爽葵へと一歩、また一歩と近づいてくる。

 ぞわっと背筋に冷たいものが走り、

(覚悟決めるか……?)

 腰を低く落とし、拳を握りしめた刹那。

「そこまでです!」

 声と共に花びらが舞い落ちたかのようにふわりとスカートを翻しながら上空から優雅な着地を見せ、少女が爽葵の遥か頭上から降り立った。

 爽葵へと手をワキワキさせて近づいてきた先頭の男子生徒の真上に。その男子生徒はカエルが潰れたような短い声を発し沈黙した。

「うおい! さすがの俺も下敷きになったほう心配するわ!」

「ご心配なく。彼らは特殊な訓練を受けています……たぶん」

「曖昧に誤魔化した!?」

 降り立った少女の髪は陽光を反射させる艶やかな黒髪。大きな瞳は色素が薄く、輝くようなアッシュブラウン。キュッと一文字に結ばれた唇は艶やかな桜色。

 身長は百五十センチ半ばと小柄だが、老若男女問わずすれ違う人が振り向くような可愛らしさを持ち合わせていた。

 獲物を狩る猛獣のような瞳を爽葵に向けていた部活連中の輩も一瞬で視線を奪われていく。

 部活連中と、顔と服がボロボロの爽葵の間に立ちはだかった少女はビシッと目の前に群がる猛獣どもに指を突き付けて、

「弱い者虐めはおやめなさい! これ以上彼にちょっかいを出すなら、わたしがお相手いたしましょう」

「おい、やめろって! 狙われてる俺が言うのもなんだけど、あんたみたいな小柄で細っせえやつがこの人数相手に敵うわけがない!」

「大丈夫です。話し合いで解決しない場合は武力で解決しますので。あれをご覧ください」

「え……?」

 少女が校舎の屋上を指差す。

 つい条件反射で爽葵だけでなく、部活連中も釣られて屋上に視線を向けた。

 降り注ぐ陽光が眩しく目を細める。薄らとその武力とやらが見えるが、一度見ただけでは全員頭の認識は追いつかなかなかったようで、誰も何の反応も示さない。

 それはそうだろう。あんなものを見て一瞬で信じられる者が何人いるのか。

 瞬きを数回繰り返し、陽光に目も慣れてきた爽葵の頭が正常に働く。

「なんか、バズーカらしき丸い筒持ったやつ配備されてるんですけど!?」

「マジか、ここ学校だぞ!」「あ、漏らしちゃった」「俺まだ童貞なのに!」「あれはまさか先の大戦で使用されたバズーカでは?!」「こんなことなら捨て身の覚悟で突撃しか……」

 爽葵の叫び声と共に少女を除いた全員がパニック状態に陥った。周囲で傍観していた生徒たちも一目散に逃げ出した。

 混乱して色々おかしな発言はあったものの少女の作戦は成功した模様。

 だが、逆にここまで精神を不安にしてしまっては話し合いなど出来るものなのだろうか。そもそも、武力行使に出たところでバズーカをここに打ち込みなどしたら自分もろとも塵になってしまうのではないだろうか。

 爽葵が少女へと視線を戻すと、少女は顎に指を当てて何やら考え事をしていた。

「漏らされたのはちょっと予想外でした……」

「問題そこかよ! 自分の考えた作戦の矛盾に気づけや! 自分も死ぬぞ!」

「……ああ、ご心配なく。あれはバズーカなどではありませんから」

 少女の一言でテレビの音声をミュートにしたごとく場が静まった。

そもそも、一介の学生がバズーカなどを所持していることのほうがおかしいのだが。

 そして、脅威が無くなったことで再び部活連中の野獣性が高まっていく。

「――あれは重たい物を火薬の力で遠くに飛ばすただの筒です」

「……バズーカじゃん!!」

 襲ったり襲われたり、焦ったり冷静を取り戻したり、ボケたり突っ込んだりと忙しい学校である。


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