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第十九話

「まずは皆さんご存知の通りの書記の奈留史須斗ですが、アレは綾音さんの功績で戦闘不能な状態に陥っていますのでまず放置して構わないと思います」

「え、アイツそんなに重症なの……?」

 意外な情報に爽葵は驚く。まさかあの女子生徒に殴られたことで脳震盪でも起こしていたのか。それならばあの時に助けなかった爽葵にも原因が――

「お前が心配することじゃねえよ。あたしもクラスの女子から話に聞いたんだけど、自分のクラスの女子のスカートを捲ったとかで生徒指導にみっちり叱られているらしい」

「だったら俺の功績とか全く関係ないじゃん!」

 そもそも功績どころか、実際はただ一方的に話しかけられていただけで、一つのアクションも起こしていないのだが。

 しかしながら、これで生徒会側の戦力がダウンことは事実。アドバンテージが爽葵達に回ってきた。奈留史須斗ならばいてもいなくても同じような気もしなくはないが。

「次に会計の小牧眞子ですが、姿をあまり見せない彼女ですが、彼女もある程度放置していいかと思います。馬鹿なので」

「この時点で半数放置じゃん?! 脅威少なすぎるだろ。つか、馬鹿だから放置していいってどんだけの馬鹿だよ!」

「そうだね。例えるなら杏奈ちゃんや香澄ちゃんよりももう少し馬鹿かな。テスト全教科で二桁取って喜んでいるような奴さ」

「ちょっと紗央莉、わたしと彼女を一緒にしないで下さいよ。わたしは苦手な教科が少しあるだけで、それでもほとんど二桁取っています!」

「あ、あたしもだぞ!」

「あれだけ教えて二人共あの点数ってどうなのさ……」

 紗央莉がこめかみを指で押さえながら、小牧眞子と共に杏奈と香澄も同時になじる。

 二人共頑張ってはいるのだろうが、結果が努力に追いついていないらしい。

 それにしてもテストで二桁取って喜んでいる生徒が生徒会役員とは一体どういうことなのか。しかも会計である。役職的には重要なポジション。余程人望があるのか、それともアイドル的存在なのか。

「小牧眞子に関して補足を一つだけ。彼女は数学だけ普通に出来るようです。テストも大抵九十点台に乗せます」

「九十点台って凄いじゃんか。……ああ、だから放置の度合をある程度って言ったのか」

「ええ、数学の類いである計算やそれに準じる勝負を挑まれれば八割方勝利はもぎ取れます」

一応これで二勝は硬いということになるのだが、ここで杏奈がメモを閉じて口をつぐんだ。どうやら問題はここからということらしい。

当然爽葵も覚悟はしていた。むしろ、ここにいる誰よりもそれを実感している。

 というよりも、先の二人に警戒点がほぼなかっただけにここまでの緊張感が走っているだけなのだが。

 勝利に必要な三勝のうち二勝を難なく手にしているのだから後は個々の対策を立てて、一人に辛勝すれば爽葵達の圧勝で幕を閉じる……のだが、爽葵の握られた手は徐々に湿り気を帯びていく。

「じゃあここからは爽葵君に聞いたほうがいいかもしれないね。ウチらが得ている情報以上のことを知っているだろうし。ではでは、君の姉であり、ウチの思い人である綾音日菜さんの情報公開をお願いするよ」

 何か言いたげにジト目で紗央莉を見つめる爽葵だったが、百合姫に何を言ったところで時間の無駄だと判断し、そのまま黙ってスルーを決め込んだ。

「……たぶん、姉ちゃんには勝てない」

「なんだよやけに弱気じゃねえか。あのおっとりしてるヤツに負けるってのか? スポーツ万能なあたしは勝てる気しかしないけどな」

 弱腰になる爽葵に向って香澄が余裕綽々といった風に胸を張って豪語する。

「初めてやる競技なら勝てる可能性は十分にある……。上北の言った通り常にのほほんとしてるからな。けど、二回目以降は全く話が別だ」

「一回見ただけでその競技の攻略法を見つけるってのか? そんなもん無理に決まってるだろ」

「ああ、普通は無理だ。けど、アイツの負けず嫌いは異常なんだ。スポーツでもゲームでも相手の行動を異様にガン見して、そこから攻略法を見つけてるっぽい。原理は分かんないけどな。中学時代もそうやって一回目は必ず負けて二回目以降は相手を完全に負かしてる」

「なら、くじ引きとか運の入った勝負はどうだ?」

「それも駄目だよ。あいつ懸賞とかくじ運ハンパないから。試写会応募とかデパートのくじ引きとか確実に当ててくるんだよな……」

「じゃあどうすんだよ。初めてやる勝負なんてそうそうねえだろ。……っていうか一番姉キのことを知ってるお前が諦めてどうすんだよ!」

「一番近くで見てたから言えることだろ」

 香澄が爽葵に詰め寄って襟首を無理矢理掴みにかかる。

弟として初めから諦めモードに腹が立ったのか、それとも男らしく立ち向かう姿勢を見せていないからか。

息巻く香澄の肩を横から「まぁまぁ」と杏奈が軽く二回叩いて落ち着かせる。

「あからさまにしおらしくしてますけど綾音さん。何か策がありそうですね」

「……そうなのか?」

 香澄に襟首を掴まれていることで苦しげに俯いている爽葵だったが唐突にニヤリと含み笑いを顔に浮かべ始める。

「策があるのかって? 当たり前だろ。今までの人生どんだけ負けてきたと思ってんだ。策の一つや二つや三つや四つ持ってるっての!」

「お前も大概負けず嫌いじゃねえか……」

 策があると言ってもまさか四つも持っているとは思っていなかったのか、香澄が若干引き気味に呟いて、握っていた襟首から手を離す。

 しかし、兄弟のいない香澄には分からないだろう。兄弟間の年功序列というものの恐ろしさが。無害そうな姉だからといって必ず無害ではないし、実際優しいからといって必ずしもストレスがないわけではない。弟からすれば無意識の不満感が募るというものだ。

「それじゃあ日菜さんの情報も貰ったことだし、組み合わせ予想と選出を決めようか」

 ヒートアップしていた場が落ち着いたところを見計らって紗央莉がホワイトボードへと再度注意を促した。

 だが、まだ話の流れ的には終わっていない。それどころか一番重要なことを話していない。

「おい、木枯。会長の情報はいいのかよ?」

「いいよいいよ。日菜さんの情報を貰ったのと、香澄ちゃんのツンデレっぷりを見てお腹いっぱいさ」

「ただの自己満足かよ!」

「あたしのツンデレっぷりってどういうことだよ!」

「どちらにせよ、会長は爽葵君に相手をしてもらおうと思っているから、正直ウチらが情報を貰う意味はないんだよ。というか、もうあのやり取りを見てればどんな人か分かるし、そもそも爽葵君と相対するのなら対策とかいらないしね」

「んん?」

 悠里に関してはただの頭が良くて運動神経がいい品行方正な生徒会長だと一言で片づけられる。苦手な物がなければ特別コレが得意という物もない。確かに爽葵が相対する相手であるここで彼女の特技や技能を話したところであまり意味を為さない。だが、一応対戦予定だけなのだから聞いておいて損はないはずなのだが。

「あたしは無視か!」

「香澄ちゃんは保健室でじっくり語り合ってくれるのなら喜んで付き合うよ?」

 瞳をギラつかせながら舌なめずりする紗央莉が、指を異様な速さと異様な滑らかさで動かす。

 対する香澄は何か嫌な思い出でもあるのか、体を両手で抱きしめてぶるっと震わせると、杏奈に庇護を求めるように抱き着いた。

「つか、俺が悠里と戦うのかよ。てっきり瀬戸か木枯がやるのかと思ってたぞ」

「全く綾音さんのニブさも筋金入りですね」

「はぁ……?」

 ため息交じりに失礼な言葉を吐く杏奈に爽葵はムッとした視線を向ける。

 確かに反射神経はよくはないが、場の空気は読めるからそこまでニブくないと反論した視線だった。だが、その反応自体がニブさをさらに強調することに気づくはずもない。

「わたしがこれだけ積極的にアピールしても気づきませんし。香澄や会長のアクションに気づかないのも必然ですね……」

「杏奈、適当なこと言うな! どうしてそこであたしが出てくんだよ!」

「ちょ、香澄。首締まって、締まってます……」

 両手でギュッと香澄に首を握られた杏奈の顔色は徐々に白く色を抜かしていく。幾度となくタップするも、焦る香澄の手が緩むことはない。

 動揺するということはあながち的外れな発言ではないようである。

「どうしてそこで悠里と上北が出てくるんだ?」

「お前ももう黙ってろよ!」

「ぐふっ……」

 混乱して暴力的になった香澄の右足が爽葵の腹部に直撃する。テーブルを挟んで僅かに距離があったことでダメージが少々軽減したことが少しだけ救いだった。

「はいはい、香澄ちゃん。杏奈ちゃんと戯れるのは結構だけど、爽葵君とじゃれるのはそこまでにしておいて」

 やはりここはまとめ役の紗央莉が手を叩いて、皆のドタバタラブコメディーを沈めにかかる。だが、杏奈の意識は遠く、爽葵の苦しげに蹲る姿に変化はない。

「木枯……、アンタマイペース過ぎるだろ……」

「君達の回復を待ちたいのはやまやまだけど、時間がないことも思い出してもらわないと困るよ。三日とか長く時間をかけて試合内容を考えたいところだけど、それじゃあヤジ馬や噂で聞きつけた生徒は納得しないだろう。時間をかけた分ギャラリーに不信感が募ってこっちが不利になるよ。アウェーほどやりにくいものはないからね。というわけだから、惜しいけれど香澄ちゃんも杏奈ちゃんの首を離してあげておくれ」

「……ちっ。しょうがねえな」

「いや、そのままだと瀬戸死んでたからな……」

「……う、うるせえ!」

 首を解放された杏奈はそのまま力無くソファに倒れ込んだ。

 腹を蹴られて苦しい爽葵もさすがに気になって頭を上げる。すると、爽葵を半開きの眼で見つめている杏奈が力を振り絞って唇を動かし始めた。

 それを一文字一文字見逃さないように爽葵は読唇術に神経を集中させる。

 ホ、モ、オ。

「……意味が分からん! 前にも言われた気がするけど全く意味が分からん! ……しまった、思わず腹に力入った。……痛ってえ」

「二人とも無事が確認出来た所で話を進めていくよ」

「本当に容赦ないな木枯……」

「だから時間がないって言ってるだろう爽葵君」

 いつもは何やかんやで意外と優しい紗央莉が容赦なく作戦会議をしたがっているところを見ると本当に焦っているのだと思われる。

 そこまでこの勝負には真剣ということだろう。

……理由はどうあれだが。

「こんなバラバラのチームでわたくし達に勝とうとかよく言えましたわね!」

「ん?」「あん?」「…………」「……え?」

突然どこからか爽葵達を否定する声が響く。


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