表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/24

10.天塩中川(八月二十一日、木曜日、十四時二十八分)

 筬島おさしま駅から佐久さく駅までの十八キロ区間は、かつての神路かみじ信号場の名残りのあのS字曲線カーブが描かれた線路の存在を除けば、天塩てしお川沿いの原生林が連なる静かな空間で、途中にはなにもなかった。やがて、普通列車は、宗谷本線の三十六番目の駅、佐久さく駅に到着する。

筬島おさしま駅と佐久さく駅の間が異常に長い理由は、あいだにあった神路かみじ駅が消えてしまったからですね。よくわかりました」

「でも、北海道にはもっと長い距離で、しかも途中に駅が存在しない無駅区間がある。例えば、石北せきほく本線の上白滝かみしらたき駅と上川かみかわ駅とのあいだは、距離が四十キロ近くあって、その区間を走行する列車は、一時間、どの駅にも停まらないんだ」

「ええっ、一時間も駅に停車しない? 新幹線でもないのに?」

「そう。その二つの駅の途中には、実に、四つの駅――


  奥白滝おくしらたき駅、

  上越かみこし駅、

  中越なかこし駅、

  天幕てんまく駅、


があって、その全部がことごとく消滅してしまったのさ」

「どうしてなくなってしまったのですか?」

「利用者がいなくなったから……、つまり秘境駅だったということ」

「やはり、時代の流れには逆らえない、ということですね」

 青葉が悲しそうにため息を吐いた。又村は外の景色に目を移した。列車が次の駅を目指して動き始めた。

「この次の、天塩中川てしおなかがわ駅は、特急も含めて、全ての列車が停車する駅なんだけど、なぜか無人駅だ。不思議だろう?

 宗谷本線では、そのような駅が、天塩中川てしおなかがわ駅と和寒わっさむ駅の二つある」

「特急列車が停車するのに、駅員さんがいない?」

「合理化のためとはいえ、なんとも皮肉なものだ」

「それでは、天塩中川てしおなかがわ駅も秘境駅ですか?」

「いや、駅周辺はいちおう街になっている。そこまでひどくはないよ。でも、そのまた次の、歌内うたない駅は、押しも押されぬ秘境駅だな」

 ここで又村はひと息入れて、話を続けた。

「でも、それらよりももっと悲しい駅がほかにあるんだ……。

 佐久さく駅と天塩中川てしおなかがわ駅の間には、かつて琴平ことひら駅という駅があり、さらに、天塩中川てしおなかがわ駅と歌内うたない駅との間には、下中川しもなかがわ駅という駅があった。

 いずれも廃駅となり、今ではホームや待合室などの当時のなごりの施設もあとかたなく撤去されてしまっている」

智東ちとう駅や神路かみじ駅のように廃止された駅ですよね。宗谷本線に廃駅って、いくつありましたっけ?」

 智東ちとう駅の跡地を通り過ぎる時にも、聞かされた記憶があったけど、もう一度はっきりと確認をしておきたくて、青葉が訊ねた。

「貨物駅に取り込まれて廃駅となった西永山にしながやま駅が旭川あさひかわ市内にあったけど、そこは大都会の中心にあった駅だから、まあ例外として、そのほかに、宗谷本線には全部で七つの、利用者がいなくなってしまったために消えてしまった廃駅がある」

 又村は、すでに青葉に説明をしていたことについて、すっかり忘れているようであった。

「それらは、旭川あさひかわ駅側から順番に、


  智東ちとう駅、

  神路かみじ駅、

  琴平ことひら駅、

  下中川しもなかがわ駅、

  上雄信内かみおのっぷない駅、

  南下沼みなみしもぬま駅、


 そして、

  芦川あしかわ駅、


だよ」

 又村は、指を折って確かめながら、駅の名前をあげていった。

「今残っている駅は、ある意味、まだ利用者がいて頑張っている、いわば、勝ち組の駅なのですね」

「勝ち組ねえ……。まあ、そういうこと。でも、いつ廃駅にされてもおかしくない危険な駅もいくつかある」

「まあ、大変」

「だから、そういう駅は今のうちに訪問しておかなくちゃね。まだ、ホームや待合室が健在なうちにさ」

琴平ことひら駅の跡地もわかりますか?」

「そうだね、もうじき通過するよ。

 琴平ことひら駅の跡地は、今、進行方向右手に『道道』が、線路に平行して走っているよね。ちなみに『道道』とは北海道が管理する道路のことで、『県道』と同じ意味だよ」

「はい、すぐそばにありますね」

「間もなく、こいつが進行方向の左手にやってくる。つまり、線路と交差するわけだが、その交差地点にある踏切の北側に、かつての琴平ことひら駅はあったんだ。

 ほら、そこだよ!」

 そういったさなかに、列車が踏切を通過した。牧場らしき大きな施設が見えただけで、ほかに民家はなかった。それを見て、この駅が消えてしまった理由を、青葉は納得せざるを得なかった。


 琴平ことひら駅跡地を通過した列車は、数分後に天塩中川てしおなかがわ駅に到着した。時刻は十四時二十七分だ。駅周辺は、建物がそこそこ点在しているが、雰囲気はやや淋しげで、音威子府おといねっぷ駅と似ている感じがした。決して、名寄なよろ美深びふかのような規模の街ではなかった。

「ちょっと駅名の表示板を見てごらん」

 隣接駅の表示箇所に、『さく』と『うたない』というひらがなが書いてあった。

「はい、わかります。でも、両方とも上からシールが新しく貼られて、訂正がなされています。つまり、かつての隣接駅は、それぞれ違う駅だったということですよね」

「そういうこと。この天塩中川てしおなかがわ駅のかつて本来の隣接駅は、琴平ことひら駅と下中川しもなかがわ駅だ。

 両側がともに訂正されてしまった駅なんて、ある意味、貴重かもしれないね」

「もう一つの、下中川しもなかがわ駅の跡地もわかりますか?」

「わかるよ。そこは、まず、左手に見える天塩てしお川が、この先で、一変して線路から離れてしまうんだ。すると、左手にまあまあ広い平地が現れる。そして、下中川しもなかがわ駅だけど、天塩てしお川が線路から離れるその瞬間の踏切を超えたすぐの場所にあったのさ」

「あの……、口で説明されてもややこしくてよくわからないから、近くになったら教えてくださいね」

「はははっ、それもそうだね」


 天塩中川てしおなかがわ駅を出てから五分くらいして、列車は下中川しもなかがわ駅の跡地を通過した。こちらも、琴平ことひら駅と同様、線路と平行して走る道道が見えるだけで、民家はなにも見えなかった。こうして駅が次々と消えていく宗谷本線の惨状には、寂寥せきりょうの念を抱かずにはいられない。


 そして列車は、次の歌内うたない駅に停車した。ここにも、もはや定番となった黄色い貨車駅舎があって、民家らしき家々がひとかたまりあった。それでも、秘境駅に分類されても仕方がない駅であることには、疑念の余地がなかった。

「ここも貨車駅舎だね。ええと、宗谷本線で貨車駅舎がある駅は……、


  智恵文ちえぶん

  紋穂内もんぽない駅 ※、

  筬島おさしま駅 ※、

  歌内うたない駅 ※、

  問寒別といかんべつ駅、

  安牛やすうし駅 ※、

  上幌延かみほろのべ駅 ※、

  下沼しもぬま駅 ※、

  勇知ゆうち駅、


ということになるかな(※が付いているのは秘境駅)」

 歌内うたない駅のホームには、もちろん人など誰もいなかった。それを見た青葉は、自らにいい聞かせるように、小さな声でつぶやいた。

「でも、消えてしまった駅たちよりも、まだずっと元気ですよね。少なくても、ここは……」

 宗谷本線一言回想録


消えてしまった駅。そして、これから消えてゆく駅。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ