序文
JR宗谷本線路線図
JR宗谷本線時刻表
(注意)この時刻表は事件解明のための参考資料となります。
登場人物
瑠璃垣 青葉(二十歳) 大学生
如月 恭助 (十九歳) 大学生
如月 惣次郎(四十八歳) 愛知県警千種署の警部
又村 俊樹 (三十七歳) 乗客
笹森 昌弘 (三十八歳) 乗客
日陰 隼 (三十二歳) 北海道警札幌中央署の警部
熊林 大輔 (二十八才) 北海道警天塩署の警部補
目次
序文
1.旭川 (八月二十一日、木曜日、十一時〇九分)
2.北比布 (八月二十一日、木曜日、十一時三十四分)
3.名寄 (八月二十一日、木曜日、十二時三十九分)
4.智東 (八月二十一日、木曜日、十二時五十五分)
5.南美深 (八月二十一日、木曜日、十三時〇八分)
6.豊清水 (八月二十一日、木曜日、十三時三十三分)
7.天塩川温泉(八月二十一日、木曜日、十三時三十八分)
8.音威子府 (八月二十一日、木曜日、十三時四十七分)
9.神路 (八月二十一日、木曜日、十四時〇九分)
10.天塩中川(八月二十一日、木曜日、十四時二十八分)
11.糠南 (八月二十一日、木曜日、十四時四十五分)
12.安牛 (八月二十一日、木曜日、十五時〇二分)
13.下沼 (八月二十一日、木曜日、十五時五十六分)
14.抜海 (八月二十一日、木曜日、十六時三十三分)
15.南稚内 (八月二十一日、木曜日、十八時三十九分)
16.茶屋ヶ坂(八月二十四日、日曜日、十時三十五分)
17.茶屋ヶ坂(九月八日、月曜日、十七時〇二分)
18.旭川 (九月九日、火曜日、十四時二十五分)
19.安牛 (九月十日、水曜日、七時四十五分)
20.豊富 (九月十日、水曜日、十一時〇〇分)
21.幌延 (九月十日、水曜日、十五時十四分)
22.南幌延 (九月十日、水曜日、十五時五十九分)
23.糠南 (九月十一日、木曜日、七時〇〇分)
宗谷本線は、北海道第二の都市である旭川市と、日本最北の都市である稚内市とを結んだ、全長が二百五十九キロにも及ぶ、国内最長の巨大地方路線である。その桁違いの規模で南北に展開する宗谷本線は、列車に乗って少し移動するだけで、沿線の景観がめまぐるしく変化を遂げていく。
例えば、農業ひとつを取りあげてみても、旭川を出てしばらくの間は、のどかな稲作の田園風景が続いているのだが、美深近郊で、一転して、蕎麦や小麦などの畑作農業が主流となり、さらに中川までやってくると、ロールベールが点在する牧草地が、広大な北の大地にうららかにたたずんでいる。
走行する列車の車両は、『キハ系』と呼ばれる、ディーゼルエンジンを動力とした気動車だ。この車両は、動力源としての電気の供給を必要としないため、通常の鉄道では不可欠なものとされる目障りな架線が、宗谷本線ではどこを探しても見当たらない。この辺りの線路沿いの景観が、どこまでも開放感に満ちあふれていて、とても爽快であることも素直にうなずける。
近年、路線に並行する国道四十号線の整備が充実してきて、列車の利用者が激減した。かつて、枝葉のごとく繁栄していた数多くの分岐路線(天北線、美幸線、羽幌線、深名線、名寄本線)も、時代とともに徐々に姿を消していき、根幹の宗谷本線だけが最後にポツンと残された。したがって、現在の宗谷本線は、道北地域の緊急災害時における輸送路確保のための、たったひとつしかない重要路線であるといってよい。
一方で、乗客減少の歯止めは一向にかからず、二〇〇六年には智東と南下沼の二つの駅が廃止されてしまう。現在の二〇一四年の時点で、宗谷本線は五十三の駅で運営されているが、その中の、実に二十もの駅が、『秘境駅』と呼ばれている。
秘境駅とは、牛山隆信氏が個人ブログで紹介した造語で、利用者が極端に少ない閑散とした駅や、あるいは停車する列車の頻度が低くて極端に不便な駅、インフラが整備されてないため列車以外の手段で到達するのが非常に困難な駅、を総称したものだ。
さっそくであるが、ここで、宗谷本線にある二十個の秘境駅の名前を、旭川方面から順に羅列していくことにしてみよう。それらは、
北比布、東六線、北剣淵、瑞穂、北星、
智北、南美深、紋穂内、豊清水、天塩川温泉、
筬島、歌内、糠南、雄信内、安牛、
南幌延、上幌延、下沼、徳満、抜海、である。
(秘境駅ランキング二〇一四年度版による)
ほかにも、南比布、塩狩、兜沼なども、秘境駅に認定はされていないものの、それらに準ずる、利用者が非常に少ない駅だ。
牛山氏はブログで二百個の秘境駅を定めているが、全国に二百しか選ばれていない内の二十もの秘境駅を有する宗谷本線は、他の路線と比べてもその多さが傑出していて、経営の苦しい現状を如実に物語っている。
そんな秘境駅が宗谷本線の新たなる魅力のひとつとなってしまったのも、なんとも皮肉な話ではないか?
誰も利用しなくなって時代に取り残されたさびしい駅の写真が、さまざまなネットの記事で配信されるうちに、しだいにそこが観光地のような特殊な象徴として、多くの人々から容認されてくる。いったん受け入れられてしまえば、不思議なもので、実際にその地を訪れて、写真どおりの光景を目の当たりにするだけで、誰もがその独特な趣きに引き込まれ、深い共感に酔ってしまうのだ。
駅によっては、訪問すること自体が困難な駅もあるから、それを克服してたどり着いた時の喜びは、達成感も伴ってひときわ大きなものとなる。これこそが、秘境駅を訪問する醍醐味といえよう。
道東、道央、道南に比べて、人口が少なく、目立った観光地に乏しい道北地域であるが、それだけに返って、その土地にひっそりとたたずむ秘境駅の姿には、ほかの地区にはない独特な風情が感じられ、感慨も一層深いものとなる。
今回執筆したつたない文章を読んで、ひとりでも多くの読者が、宗谷本線というユニークで魅力あふれる地方路線に興味関心を抱いていただければ、作者としてこれ以上の喜びはない。
そうだ――。あなたも、この小説の主人公瑠璃垣青葉がたどった宗谷本線のファンタスティックな列車旅行に、これから出かけてみられてはいかがだろう?
母なる美しき大河、天塩川。海の向こうに浮かぶ崇高な山岳、利尻富士。キラ星のごとく点在するミステリアスな秘境駅群落。その中を、電車ではなく、一両編成の汽車が、ゆっくりと時を忘れながら移動していく、あのめくるめく宗谷本線の旅を……。
これはいささか唐突なお誘いであっただろうか。困惑をされた読者がいたとしたら、もちろんそれは作者の意図するところではない。たしかに、このような最果ての地に出向くなんて、仕事に追い回される現代人にとっては、非現実的な儚い夢物語に過ぎないのかもしれない。
でも、心配はご無用。この件に関してあなたが早急に準備をしなければならないことは、実のところ、なにもありはしない。あえていわせてもらえば、美味しい紅茶でも用意して、それを飲んでリラックスしながら、この小説の先へと眼を進めていただく。たったそれだけでよいのだ。
その時、童心に戻ったあなたは、北の大地を縦断する壮大な旅路に、きっと満ち足りていることだろう。
では、ごいっしょに……。
宗谷本線一言回想録
旭川市よりもさらに北に壮大なドラマがあるなんて……。