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プロローグ

こんにちは、星屑蒼空です。頑張って書きます!

 これからそう遠くない未来のお話し。


 近年新しく発見された恒星――その名も『アリア』――の観測を行うためである。発見したのはアメリカ。

 アリアという名前は発見国と、この星が不規則に電波を発することから、歌っているようだとして名付けられた。どの国もこの歌う奇妙な恒星の観測を断った。

 そんな最中、世界経済が没落。金融危機が訪れた。一番ダメージを受けた国はアメリカやイギリスという大国だった。世界の中心となっていたそれらの国は一気に株価が落ち、世界恐慌を引き起こした。

 それに続いてロシアや中国という社会主義国の鎖国が始まった。日本の江戸時代と同じである。外国との関わりを一切打ちきり、内部事情も明かさないという完全な鎖国を決め込んだ。唯一公表したのは核は所持していないということのみ。

 北朝鮮もこれに続いたが、この国だけは核の所持を公表し、世間の注目を浴びた。

 国際連合も秩序を保てず、事実上名ばかりの機関となってしまっていた。

 世界中がぎぐしゃくした状態。しかし、わずか二国、新たなエネルギーを産み出し産業革命を成し遂げることに成功する。日本、ドイツである。新エネルギーといってもまったく新しい物質ではない。二国とも従来のエネルギーを進化させたという形だ。

 日本は電気。電気を使用したあらゆる事物が誕生し、多くの超現象などを人工的に引き起こすことに成功。

 ドイツは空気。混合物である空気を様々なことに応用できる技術を発明し、空を飛ぶ車など子どもたちが夢を描いたことを実現させた。

 そしてこれら両国の発明は、他のどの国にも公表されることはなかった。暗黙の了解によって日本とドイツによる世界制御が行われていたのだ。だが、この二石はお互い争うことはせず、温和な関係を保っていた。

 恒星『アリア』発見からわずか五年の間の出来事である。そしてさらに二年後、日本は『アリア』探索を全国に公表。どの国も反対することはなかった。

 新テクノロジーをふんだんに使った今までとは確実に異なる宇宙船を造ることに成功した。

 が、乗組員(クルー)はわずか二名。未知との遭遇も考慮すると、この人数が最適だったらしい。古からの財閥から青年二名が選抜された。もちろんただの財閥というわけではない。波に乗れなかった……謂わば落ちぶれた財閥を立て直すために志願させられた男だちだ。

 新型戦闘用宇宙ステーション『百合』。日本が打ち上げた最初で最後であろう戦闘を想定して造られた艦船。ステーションの形が、百合の花弁に似るよう設計されたため、こんな名前が付いている。

 探索期間は七年という長いものだ。しかし、約束事された報酬はどの大企業の社長よりも高い、莫大なお金であった。財閥を立て直してもまだまだお釣りがくるほどの大金。

 一年の乗組員育成の後、期待と希望を詰め込んだ『百合』は盛大に打ち上げられた。

 しかし、これがこの後、世界を一変させる引き金になるとは、どの国の誰も思っていなかった。


 ◇


 打ち上げから五年後――ステーション内、二人の青年は今日も元気に食事をしていた。


「だーかーらぁっ、なんでてめーは嫌いなもんを俺に寄越すんだよボケ。にんじんぐれー食えよ!」


 荒々しい言葉遣いをするのは剛健(ごうけん)一志(ひとし)。大柄な体格を持つのに関わらず、手先が器用な男だ。かくばった骨格で短髪。金髪に染めていたのだが、時間の経過と共に地毛の黒へと戻ってしまった。


「嫌いなものは嫌いなんだ、仕方ないだろ? それに君は食べることぐらいでしか貢献できないじゃないか。むしろ感謝して欲しいぐらいだよ」


 あくまでクールに残酷なことを言い放つすらりとした青年は神条(しんじょう)賢士(けんし)。ほっそりとした細身の体に小さい顔。地毛は元々は茶色で、染めたこともない。鼻が高く、美形。いわゆるイケメンだ。


「あぁ? なんだそれは!? てめぇ、ふざけんのも大概にしろや」

「まぁそうかっかするな。折角の男前が台無しだぞ。もっとクールに冷静に」

「お、俺が男前!? おっ、おまえわかってんなー!」

「バカか貴様は。何度騙されれば気がすむんだ」

「ばっ、バカは言い過ぎだろ!」

「……うるさい」


 ちなみにいまの会話はこれで二百回を越した。五年も一緒にいれば同じ会話ばかりになる。食事のとき、仕事のとき、就寝のとき。

 この宇宙ステーションの構造は極めて近代的で、地球にいたときと同じような生活が送れるようになっている。リビングやキッチン、お風呂までも用意されている。新テクノロジーの産物であろうか。ところどころに小窓も設置されており、どこからでも魅惑に満ちた宇宙を眺めることができた。

 ふと、賢士は窓の外を見た。

 窓の外に聳えるのは紅い恒星『アリア』。表面温度は極めて高く、簡単に近寄れることはできない。しかし太陽ほど高温というわけでもなく、しっかりと厳重に装備を施せば地表探索も可能だ。見たところ海など川などが存在せず、水というものが無い。山などの起伏も無く、本当にまっ平らで地に降り立つと水平線が綺麗に見れる。

 体積は地球の約六分の一。小さな恒星である。しかし、水も起伏も存在しないこの星にはおかしな点がある。

 まず電波だ。不規則に発せられるそれは、どんな暗号解読を施しても解せることはできない。だが、こちらの電波に干渉もしてこず、妨害などはされていない。また身体にも影響せず、いまのところまったく害の無い電波だと言っても良い。本当に本当にただ歌っているかのように電波を発しているのだ。

 そして次に判明したことは、賢士と一志が近づいて初めてわかったことだ。アリアの地表から高度三○○○メートルに及ぶ範囲で、濃度の高い紅い粒子が飛び交っている。このせいでアリアが紅いといっても良い。分子レベルにまで細かい無数の粒が空間を舐め尽くしている。しかし、これも人体や船体に影響は出ていない。二人とも五年間の中で、幾度も降り立つ機会があった。何回目かのとき、超分子観察スコープという分子の動きさえも見切れる新な技術の産物で、その様子を見てみたが粒子が人を避けている現象が起きていた。理由は理解(わか)らないが、とりあえず人体へ影響は出ないことが立証された。不規則な電波と粒子の動きの関連性は未だ見られない。

 もちろんこれらのことは、既に日本政府へ報告済みだ。


「まったくよー、もう五年だぜ、五年。ほんとこんななにもねぇ星でなにさえてぇんだか……お偉いさんたちはよ」


 いつの間にかアリアに見とれていた賢士の横に来たのは、よりによって一志だった。というか一志しかいない。彼は元々はよく喋る性格らしく、なにかと明るく振る舞った。そのお陰で五年経った今も、二人の関係は崩れていない。もっとも小さな小競り合いはあったが。

 一志は続ける。


「最初はよ、見たことねー機械ばっかで浮かれてたよな、俺ら」


 賢士はどこまでもクールだ。だから、いつでも落ち着いた口調で返す。


「ら、って一緒にするな。僕は浮かれていない。ただ興味が沸いただけだ」

「それって浮かれてるってことじゃねぇのか? ……まぁ、いいけどよ」


 賢士はいつもこうだ。一志と一緒にされるのが嫌、というわけではない。ただ単にいじりたいだけだ。


「あーあ、早く家族に会いてぇや」


 これは一志の口癖だ。これまで一志と共に暮らしていて、恐らくこの言葉を一番多く語っただろう。そしてその後には決まって、


「妹はどんぐれー大きくなったかなぁ」


 と、続けるのだ。曰く、彼には妹がおり五年経ったと考えると、ちょうど中学二年生になるらしい。なかなか俺になついていて可愛いげがあった、とよく話された。

 そして賢士自身もこの話を聞く度に胸の底が熱くなる。自分の家族を。残した弟のことを思い出す。偶然にも賢士の弟は、一志の妹と同い年だった。高校こそ違うが、いつか地球に帰ったときは四人で顔を会わせてみよう、と約束までした。


「ああ、早く戻りたいな。地球に」


 地球。

 もはや石油はほとんど枯渇し、貴重な資源となってしまっていた。貧困層は増え続け、紛争は終わるどころか広がっていった。相変わらず宗教関係も紛争を続け、各地に炎の爪痕を残した。

 サウジアラビアなど、石油輸出国などは非常に苦しかった。石油による利益のみに頼る形だった。

 アメリカやイギリスの堕落ぶりは物凄く、無法地帯と成れ果ててしまっていた。暴力がモノを言わす世界とでも言おうか。数少ない武器を使って争い、奪う。しかし、もちろんこれはアメリカとイギリスの中だけだ。そこから外国に出ようとするなら、即座に逮捕されるだろう。だからこれは、あくまでこの二石の中だけの状態だ。


「そーだなぁ……」


 ため息。五年もこんなところへ詰め込まれているのだ。五年も。一年は三百六十五日。それをかける五だ。長い長い月日だ。

 最初の頃はまだよかった。子どものときに夢見た宇宙だ。賢士としても、宇宙飛行士になるーっ、と言っていたこともあった。まさにここがそれだ。飛行士ではないが乗組員として、青い惑星地球を離れ、辺境の地に……いや、空間にいる。無重力感覚――船内は電磁重力発生装置により重力を発生させ、地球にいたときと同じ体感でいれるが――や誰よりも間近に見る星々に高鳴る胸を抑えきれなかった記憶は鮮明に残っている。

 光を含む黒の中で泳ぐように流れる星。

 万物を吸い込むブラックホール。

 神々しい光を放つ星雲。

 どれもこれも息を飲むほど綺麗で、心を打たれた。  ――が、それもせめて二回までだ。三回目にもなると感動が薄くなる。ブラックホールに巻き込まれようとも今の科学力だと振り切れるし、常時超高性能電磁フィールドという、半径約五○○○メートルという遥か遠いところまで関知できるシステムがあるので危険なども即座に察知し、回避してくれる。よく映画になっている宇宙でのハプニングなど起こり得るはずもないのである。

 地球から恒星『アリア』までの距離は数値にして約二光年離れている。一光年というのは光が一年で進む距離だ。光は一秒で地球を七周半移動する。今までの宇宙船ならば、たどり着くことは叶わず道中で死んでしまうだろう。

 しかし日本が開発した新技術は、それを難なくクリアした。核融合反応とまったく同じ性質をもった核電磁反応という反応が元となっている。

 日本は核融合自体を成功させれたわけではない。電気によって発生する磁力を使い、核反応と同じことを引き起こしただけだ。

 核融合反応で具体的になにができるのか。単純に膨大なエネルギー量のことだが、簡単な話、ワープが可能となる。物質を分子レベルまで解体、移動。そしてその先で再構築。

 核電磁反応はそれを電子と陽子によって可能にしただけである。ある物体に電磁による磁力を当て、陽極と陰極にわける。プラスとマイナスのことだ。そして陽極は陽子に変換。陰極は電子へと変換。さらに陽子と電子の大きさを統一するため、陽極はさらに分解を進める。プラスでもマイナスでもない、そよ中間の中性子を使うことで分解は可能となった。

 そしてそれらを電子式へと転換する。分解された陽子もだ。一度全て電子へと変換し、それを式に転換する。後は単純だ。その式を移したいところで組み立て、そこに原子を放り込む。すると勝手に式から原子が繋がり合わさって分子となり、それがさらに合わさって電子となって、同じ物質を産み出すというわけだ。だが、これにもやはり欠点は存在する。それは生物は移動させれない、というものだった。だったらなぜ、ここに二人の青年がいるのかと疑問になるが、それを解決したのはいささか非道徳的な方法だった。二人は死体として運ばれたのである。死体ならば生命活動は行われていない。すなわち、ただのタンパク質の塊だ。死体として運び、無事目的地へ着いたとき蘇生される。

 少し難しいので簡単に説明しておこう。考え方としては、モノを一旦零にしてまたあとで組み直す、といったところだろうか。完成したプラモデルを取り崩し、また最初から造るイメージだ。ただし生きているものはワープできないという欠点がある。

 故に本物のワープというわけではない……が、擬似ワープという形で二光年という長さは一瞬で解決した。


「まぁ、これから一仕事といこーや」


 彼らは地球の時間にして朝食を終えたばかりであった。それにご飯という面でもこのステーションは完備していた。尽きることのない食料が保管されている、というわけではなく、なんとこの艦自体で自給自足が可能なのである。といっても肉までは製造不可能で、野菜のみになってしまっているが。健康的で彼らの血液はサラサラであろう。肉は保管されたものを週に一度食べている。

 なら、擬似ワープで運べばいいじゃないか、と思われるかもしれないが、それは不可能だ。

 なぜかというとただ単にエネルギー不足だ。先程は簡単にワープできるといったが、その背景には莫大な量のエネルギーを必要とする。わざわざ食品ごときに使われるほどではない、との判断だった。


「ああ、今日はなにするんだ?」

「今日もただの観測だろ。俺らの仕事が変わることなんてねぇよ。それとも降りるか?」

「…………いや、降りるのはやめておこう。というか、正直あんまり降りたくない。気持ち悪いだろ? 紅い霧に包まれてるみたいだ」

「いいじゃねぇか、ロマンチックでよ。でも、ま、降りるのは俺も反対だ。今日も仲良く星さまでも眺めてよーぜ?」

「仲良くだなんてやめてくれ。君と一緒にされると吐き気がするよ………………おい、一志?」


 賢士の最後の毒舌は一志の耳に届いてなかった。


「おい、どうしたんだ? なにかあったのか?」


 代わりの返答は一志の好奇心に満ちた顔だった。彼は一度こちらを見ただけで、ついてこいと言わんばかりの手振りをし、ステーションの観測用部屋に向かった。怪訝に思いながらも賢士はついていく。

 観測用に設けられた部屋は、花でいう雌しべの部分に存在していふ。新テクノロジーの賜物で敷き詰められたその部屋は、日本国の宝と言っても過言でない。


「なァ、見てみろよ、これ。妙だと思わねぇか?」


 そういって一志が指差したのは恒星『アリア』ではなく、そのすぐ横にある黒い空間だった。

 賢士はいっそう怪訝な顔を浮かべる。いったいこれがなんだというのか。 


「なにがだ? ただの宇宙空間だろ。狂ったのか?」


 そういう賢士に、一志は大袈裟に手を頭に当てた。


「見てわかんねぇのかばっきゃろー。ほれここ! この空間、変だろ? 紅い霧の範囲内なはずだぜ? ぽっかりとってほどでもねいが、穴みたいになってるだろ」


 お前にばっきゃろー! とか言われたくないな、と口ごもりながら改めてその空間を見る。なるほど、注意深く見ないとわからないが、確かに少しへこんでいた。


「なあ、アリアの粒子って高度三○○○メートルだったよな?」

「……ん、ああ」


 という会話をしながら一志はレーダーの見て、驚きの声をあげた。


「…………おい、今の高度は八○○○だ」

「――ッ! なに?」


 急いでレーダーを確認する。本当だ。確かに高度が上がっている。


 ビーッ、ビーッ、ビーッ。


 警報。

 二人は顔を見合わせて、音声解説をオンにした。機械音で現在の状況のアナウンスが始まる。


『電波強度ガ許容オーバーシマシタ。電磁重力不安定。未確認生命体カラ通信ガアリマス』


 アナウンスが終わるや体が浮く。入水したかのような浮遊感。空気は掴み所がなく、無防備に宙へと投げ出された。固定していなかった機材が浮き、すべて宙で目的もなく漂う。

 だが、それよりも二人には気になることがあった。先程のアナウンスが告げた単語。

 ――未確認生命体。

 不安と期待、恐怖と好奇心。

 二人はステーションのコントロールルーム……花でいう茎と花弁の接触部分へ向かった。といっても走れるわけではないので、普段よりかなり時間をロスした。いつも使っている椅子を掴み、座るやスーパーコンピューターを立ち上げ、システムを変更する。電波設定を開き、謎の通信の周波数に合わせ回線を開く。

 未確認物体なら、可能性は少ないが他国の宇宙船だったり、他の銀河の知的生命体からかもしれない。しかしそうではない。生命体自身から通信があるのだ。アリアにはなにもなかったはずだが、如何せん未知の恒星。見落としがあったり、ある変化があってもおかしくない。

 長い期間ただ退屈な観測を行っていた彼らにとって、このハプニングはまったく予期せぬものであった。

 相手からの通信を待つが、なにも来ない。周波数は合ってるか、と確かめるが間違ってない。これで大丈夫なはずだ。こちらから呼び掛けてみることにした。喋りたがりの一志が行う。


「はろーはろー、こちら日本のステーション。そちらはどこだ?」


 三秒の沈黙。一志は驚いて通信イヤホンを外した。無言でそれを渡してくる。聞いてみろ、ということか。

 言われるがままに装着、聞く。――が、


『――――…………ラールルンンーラーンルーンランラ――』


 聞こえてきたのは暴力的な騒音。思わずイヤホンを外した。軽く頭を押さえながら、一志と顔を合わせる。


「これは、なんだ?」

「わからん。俺にはただうるさいとしか思えねぇが……」


 なにやら気づいたことがある様子だ。促す。半信半疑に一志は言った。


「歌って、ねぇか……?」

「歌、だと? ちょっとまて翻訳ソフトを試してみる」


 賢士は翻訳ソフトを解答、相手からの通信電波を言語として解読してみようとする。


「……ロシア語に近いが、いや、違うな。似ているだけか……だが、だとすると」

「どうした?」

「僕はあまり歌を知らないが、似たような言語に訳すと一応リズムのある歌にはなる。音だけだけどな。翻訳された単語はまったく意味がないものばかりだ」


 そう。一応、リズムとしては成り立っている。

 だが問題はそこではない。誰がどこでなんのために歌っているのかが重要だ。

 と、ここまで考えて賢士はあることに思い付く。


「一志、アリアって確か歌う恒星って言われていたよな……?」

「確かそうだったよーな……って、ま、まさか!?」


 賢士は神妙そうに頷いた。


「この通信はアリアかも知れない」

「だ、だけどよ、アリアの電場って不規則だから歌ってる、って言われたんだろ? これは完全に歌じゃねぇか」

「わかってる。けど、一応、もう一度アリアの電波を見てみよう」


 コンピューターのファイルから『アリア探測』というものを選び、電波周期を確かめてみる。

 結果は違っていた。アリアの電波と一致しなかったのだ。


「だったら一体どこから……?」


 賢士は思考する。ここに通信を飛ばすなんて、まず地球からは不可能だ。距離が遠すぎる。日本やドイツならまだわかるが、こんな歌を通信なんてしてこないだろうし、そもそも警告なんて発されないだろう。

 となると、やはりアリアだ。ここまで来て無関係というのは腑に落ちない。

 ――今のアリアの電波を録ってみるか。

 と、決断した刹那、


「おい、見てみろ! 今のアリアの電波、この通信と同じだぜ!」


 一志に先回りされたようだ。悔しく感じるが、今はそんなこといってる場合ではない。一志が出したデータを見る。確かにアリアが歌っていた。

 これで誰がどこで歌っていたのかは解決した。あと残る問題はなんのために、だ。


「……おぇ」


 一志が奇妙な態度を見せるその奥に、日本への通信機。賢士は即座に日本へとコンタクトを試した。

 報告して指示を仰ごう、というのが目的だ。


「日本政府へ、こちら宇宙ステーション『百合』。乗組員の神条賢士。探測目的である恒星『アリア』が電波を通して歌っている模様。指示をお願いします」


 だが、返答は来なかった。ツーツーツー、と電話が切られたときのな音。これは、事情があっての沈黙ではない。意図があっての無視だ。もうそろそろ本能が危険だと叫んでいた。いまだに唸っている一志に叱責を浴びせる。


「一志! ここは危険だ。一刻も早く離脱すべきだ! 舵を頼めるか?」

「政府の、許可は……とったんか?」

「僕らを見捨てられた。反応がないんだ」

「政府が? ちょっと……まて、俺たちはどう、なる? 地球へは帰還でき、るのか?」


 賢士はかぶりを振って、


「……わからない。けど、僕の本能が危険だと言ってるんだ。早く逃げた方がいい」

「わかった……舵は任せ、ろ。目的先は?」

「どこだっていい! とにかく離脱だ!」


 声を張り上げて一志に命令を下す。一志は顔色が悪く気分も優れていないようだが、ここは本当に危険だ。心臓に銃を突きつけられているような感覚。気持ちが悪い。背中に汗をびっしょりかいていた。一志には悪いが時間が惜しい。

 自分はエンジンルームに向かい、出力を上げようと、足早にコントロールルームを出ようとした。

 しかし、その異様な空気を察知し、思い止まる。

 なにかがおかしい。

 高度の上がった紅い粒子。歌うアリア。未確認生命体。一志の急変。政府の見捨て。


「う、お……おげぇっ」


 突如、一志が吐いた。急いでそこにかけてあったポリ袋を持っていく。声をかけたところで戦慄した。


「おい、一志、だいじょ――――っ!?」


 そこに一志はいなかった。

 背中を擦ろうと手をかけたとき、明らかに人間とは異なる感触がした。続いて知覚したのは色だ。人間から緑色の突起物を視覚。一志の背中からでっぱっていたのは緑色の物体。いや、違う。よく見たことがあるものだ。地球にいたとき隣の少女が摘んでいるのを見たことがある。田舎都会を問わず、どこにでも見られるもの。これは、


 ――植物だ。


 一志の背中から出た植物は、その全貌を露にした。ヒマワリ。だが、地球のサイズよりもずっと大きい。大人と同じぐらいだ。ずるりとステーションの床に降りたそれは、黄色の花弁で一志を包んだ。

 不意に嫌な予感がした。賢士は本能的に走り出していた。渾身の力を込めて蹴りを放つ。


「――ッ」


 痛い。踏んづけるとすぐに折れていた植物とは違う。硬度が非常に高い。脚が折れたかと確かめる。大丈夫だ。折れてはいない。しかし賢士の蹴りも効果がなかったわけではなく、ヒマワリは一志を花弁から吐き出した。

 もう一度、蹴りを放つ。これはヒマワリを一志から遠ざけるためだ。痛んでないほうの脚で、押すようにして蹴り飛ばす。見た目に反してずっしりと重かった。だがそれでも距離は十分にとれた。一志の頬を叩き、生死の確認をとる。


「……う」


 こちらのシグナルに反応した。一志は生きている。安堵が込み上げるが、喉の奥でそれを噛み殺す。まだ終わっていない。目の前のヒマワリをどうにかしないといけなかった。

 ここでようやく、ヒマワリが体を起こした。ゆっくりとこちらを向く。

 ざわり。

 恐怖が思考を制した。本来ヒマワリの種がある部分は、無数にならぶ鋭利な牙。葉脈はヒトの筋肉の如く盛り上がり、どくんどくんと脈だっている。黄色の花弁は死への道。ぬめっとした粘膜に覆われているようで気味悪い。

 生理的に吐き気を催すレベルだ。

 知っているヒマワリと一致しない。植物が人を襲うなど聞いたこともない。まだ見知らぬ生物ならよかった。事態が早く飲み込める。しかし、知っているものが変貌を遂げると、まったく理解しがたい恐怖を煽る。というか、なぜ宇宙に植物が? そしてなぜ一志の背中から?


「…………けん、し?」


 無理矢理思考を遮断。目の前のことに集中する。


「大丈夫か!?」


 一志は息絶え絶えにこう告げた。まるでもう自分の死を感じているかのように。肩を揺さぶる。死なせぬものか。


「おいっ、約束しただろ? 帰ったらおまえの妹と僕の弟も含めて会おう、って……だから――」

「…………あり、さ……」


 その先の言葉は言えなかった。

 一志が妹の名前を言ったこともあったが、息を引き取ったのがわかったからだ。

 人間には終わりが来る。

 それはいつか絶対に来る。

 だが、

 だが……、


「……あんまりだ」


 これは酷すぎるのではないか。

 あまりにも急すぎる。

 映画みたく劇的な話も、最期の言葉も、なにも言えてないではないか。

 財閥を立て直すために無理矢理宇宙まで来させられ、そして死んだ。

 日本政府はこの植物のことを知っていたのだろうか。

 いや、知っているはずだ。

 知っていたから見捨てたのだ。恐らくは未知のとの遭遇のサンプルにするために。

 そうだ。そうに違いない!

 賢士の友の死を慈しむ気持ちはいつしか日本政府への怒りに変わっていた。

 一志の目を閉じ、こうさせた元凶を睨む。

 ――殺す。

 立ち上がるのとヒマワリが動くのは同時だった。元いた場所にヒマワリが飛び込む。植物なのに異常な運動神経だ。まともにやりあえばあの牙の餌食になるだろう。

 走り出す。目指すところは緊急時に使用可能な小型銃。あった。壁のパネルを押し、それを取り出す。電磁銃(パルスガン)。電磁力によって弾を打ち出す。

 銃口を向け、引き(トリガー)に指をかける。

 発車。

 マズルフラッシュならぬ電磁光が輝き、弾丸が射出。撃ち出された必殺の一撃は着弾するも貫通せず。軽く食い込んだぐらいでダメージは期待できなさそうだ。


「くそっ」


 ヒマワリが飛び込んでくる。本来甘美な匂いを撒き散らす花粉は、肉に飢えた醜い獣の口臭のようだ。ずらりと並んだ牙が迫る。脚がすくんだ。一瞬動けなくなり、それが命取りへと繋がる。

 種のように生えている歯の中心。人間でいうと喉のあたりか。そこから涎と共に赤い舌が覗いた。ぐちゃぐちゃと奇怪な音をたて、こちらへ伸びてくる。

 恐らくは獲物を飲み込むであろう口腔は、すっぽりと闇に覆われように深い。そしてかすかにだが賢士は見た。口腔の少し奥、その辺りに第二の口とも呼べるようなものが存在していた。得物を軽く噛み砕き、ほとんど丸飲みしたあと、細かく砕くためにあるのだろう。ねちゃあ、と涎が糸を引いていた。

 必死に銃を構える。死んでたまるか。死んでたまるか。死んでたまるか。

 トリガーを引きまくる。弾丸は計十発。一つでも無駄にはしたくない。恐怖を目の前にしつつも、正確に急所であろう箇所を狙う。

 まずは無防備な赤い舌。予想は的中、風穴を空けてびくんと跳び跳ねた。

 次に口腔の中、第二の口だ。ここには四発撃ち込んだ。やはり表面より肉が柔らかいらしく、深々と弾丸を食い込ますことに成功した。

 最期に、弾丸全部発射して体を支えている脚となる茎を狙った。間接みたいに曲がっている部分に集中砲火。噴火のように白色のなにかを盛大に噴き出すと、目標は沈黙した。

 どっと疲れが押し寄せる。勝ったのだ。未知の生物に勝ったのだ。安堵と疑問が沸き上がる。なぜここに植物が。いや、あれを植物と呼んでいいのか。そしてなぜ人の背中から出現した。

 ちらりの一志の亡骸を見やると、再び怒りが浸透した。力強く立ち上がるとアリアとの通信機を耳に当てる。相変わらず恒星は歌っていた。イヤホン越しにうるさいほどロシア語に似た言語を叫んでいる。それに賢士は歯を剥いた。


「うるさい! だまれ! おまえのせいで、おまえのせいで――――」


 憤怒の言葉を浴びせる。星になにいっても意味がないのはわかる。電波に声で反応しても意味がないのもわかる。だが、だが間違いなく元凶はこいつだと断言できる。そんな自信があった。


「てめぇのせいで、一志がなぁ! あいつは妹思いのいいやつだったんだ! それを、それをなァ!」

『……なんで?』


「うるせぇっ! おまえは、てめぇは! …………あ?」


 反応が遅れたが、確かに日本語が聞こえる。それは儚げな少女のような声で。壊れそうな少女のように。幼い声音だった。


「……ッ。おまえはアリアか?」


 軽やかに、歌うようにアリアは答える。


「そうだよ、ずっとね、待ってたんだよ」

「待ってた……? 何をだ」

『あたしはひとりでずっと待ってたんだ。歌いながら。ずっとずっと待ってたんだ』

「だから何を、誰を? というか、君は星だろ? 待ちようもないじゃないか」

『寂しかった。誰もいなくて。だから、あなたたちが来たときは嬉しかった』

「僕らを待っていたのか? いや、待っていたのは人、なのか……」

『だから、遊んじゃった』


 遊び。

 一瞬それが何を指しているのかわからなかった。だが、息を吸うとき、鼻孔を擽る死肉に気がつく。遊びとはヒマワリのことか。一志を殺したことか。だが、疑問は氷解しない。恒星『アリア』が知能を持っていることはわかった。それどころか自我まで持っているようだ。だからなんだというのか。だからって人の体内に植物を住まわすことはできるのだろうか。


『――けど、まだまだたりないんだあ。寂しい。皆あたしを遠ざけてく……ねぇ、遊んで?』


 瞬間、船体が揺れた。警報と警告がけたましく鳴り響く。ライトが赤に変わり、危険を示す。アナウンスが壊れたおもちゃのように『危険危険危険』と繰り返す。揺れはさらに酷くなる。地に足を付けていることが難しい。震度にして六の強ぐらいか。視界も揺れ、膝を崩す。

 ――なにが、起きている……!

 急いで窓からアリアを確認する。しかし、その異様すぎる光景に目を奪われた。

 星が開いていたのだ。

 花が咲くように。亀裂が入りそこから内部を晒し出すように開いていく。アリアの地表は花の花弁。めりめりびきびき、と音をたてながら開花していく。その完成形に賢士は目を見張った。

 開花し終えたアリアは、恐ろしいほどにこの宇宙ステーション『百合』と酷似していたのだ。


「真似た、のか……?」


 真似るという表現がどこまでも突き詰めても正しいだろう。変化したアリアは花の百合そのもの。ただ花弁は紅い粒子を纏う土岩石なので白くはないが。


『あーそぼっ!』


 ゆっくりと恐怖の権化は近づいてくる。宇宙空間を移動している。もはや船は操作など受け付けなかった。アリアの発する電波によってハッキングされたようだ。どのキーを叩いてもパソコンは作動しないし、エネルギーの噴射で逃れることも不可能だった。

 やがてアリアはこの船の正面に近づいた。雌しべの先端部――といっても軽くこの船二つ分の大きさ――に虚構があった。恐らくはこの船全体を飲み込むつもりなのだろう。その深い深い虚構を睨み、賢士は決意した。

 ――生き残ってやる。

 どんな絶望に見舞われようとも諦めてたまるか。生きて生き抜いて、すべてを壊してやる。見捨てた政府も目の前の怪物も。全部壊してやる。

 もう窓からは虚構の黒しか見えなかった。賢士はそこに銃を向けた。最期に弟の顔が思い浮かんだ。


 宇宙ステーション『百合』は遥か遠くの宇宙で散ったことが報道されたのは、それから三年たったあとだった。












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