3、潜入
申し訳ありませんでした……。
大変長らくお待たせいたしました。
最新話です。
翌日。
生徒達の中で、とある噂が出回った。
それは、一年A組の生徒が『虚ろな使者』に遭遇したというものであった。
『虚ろな使者』に遭遇した女子生徒は、しばらくの間精神不安定な状態が続き、その後学校を辞めることとなった。
まさか本当に犠牲者が出るとは思っていなかっただけに、学校側も騒然としていた。
「……ちっ」
結局、彼の予想通り、『虚ろな使者』は単なる噂なんかではなかった。
それはつまり、彼--宇木上拍斗が動かなくてはならないという事実だった。
確かに、今回はこの一件を解決する為に動いていると言っても過言ではない。
だが、どうにも情報が不足している。
解決に至るにはまだ早すぎる。
かと言って、第二・第三の被害者を増やすわけにはいかない。
見逃してしまえば、『虚ろな使者』がまた新たなる標的を見つけてしまう。
「どうやら行動開始、みたいだね」
「うるせぇ。お前も協力しろよ、大和翔」
「そうしたいのは山々だけど、生憎これは僕の領分ではないからね。今回は君に任せるよ」
「合理主義な奴だ。気にくわねぇ」
「ははは。そう言われてしまうとはね。僕は僕の方で動いてるだけだよ」
「どうだかな」
夜の校舎内で、拍斗と大和はそのような話をしていた。
『虚ろな使者』の事件を解決する為に、彼はついに動き出す。
ただし、大和は今回の事件には介入しないと宣言している。
その態度が、拍斗を苛立たせるのに十分なものとなっていた。
「僕は僕で、解決しなければならない事件を抱えている……今回は君の出番だ」
「……勝手にしろ。俺だって、とっととこの学校を抜け出してしまいたいんだ」
「おやおや。僕はここにいればもっとたくさんの出会いが出来ると考えているんだけどね」
「出会いなんていらねぇよ。そんなものはただのまやかし。必要なものじゃねえ」
「仲間は必要になるよ。いずれね」
「俺に仲間は、いらねぇよ」
これまでだって、そしてこれからだって、宇木上拍斗は一匹狼を貫き通すつもりでいた。
大切なものがそばにいれば、必ずどこかで失ってしまうことになる。
そんな悲しみを背負う位なら、いっそのこと最初から一人になってしまえばいい。
自分の身を守るために、拍斗がした決意とはまさしくこのことだった。
「またそんなこと言って……まぁいいや。これ以上僕が何を言おうと、君の考えを捻じ曲げることは出来なさそうだからね。言うだけ無駄な気がしてきたよ」
「気がしてきた、じゃねえ。本当に無駄なんだ」
「まぁいいや。とにかく行ってきなよ。どうせ今日だけで終わる調査じゃなさそうだし」
今回の敵を倒したところで、すべてが解決するとは考えていない。
恐らく、『虚ろな使者』は元凶を叩かない限り解決するものではないだろう。
拍斗はもちろん、大和もそう考えていた。
「そうだな……俺は俺の事件を片付けてくる」
「行ってらっしゃい、拍斗」
「……ちっ。相変わらず、まだ根に持ってるのかよ」
拍斗が去り際にそう呟くと、大和は背中を向けて言う。
「その件はもう『終わった』筈だよ。これ以上触れない方がいい」
*
その日の夜。
拍斗は、任務を遂行する為に、夜の校舎への侵入を試みた。
この時こそ、拍斗は『生きた心地』を得ることが出来る。
昼間の『学生としての自分』など、ただのまやかしだ。
本当の『宇木上拍斗』は、ここにいる。
普段の学校指定制服を脱ぎ去り、全身を黒で統一した服と、靴の部分まで伸びた長さの黒いマント、ズボンには拳銃が仕舞われたホルスターが二つ備えられていて、手は指先だけが出た手袋をつけていた。
「……誰がどういう目的でやっているのかはしらねぇ。けど」
ホルスターに両手を添えて、双方にかけられた重みを感じる。
冷たくて、硬くて、重い。
これを使うだけで、人の命は藻屑となって消え去ってしまう。
拍斗は、その事実に対する重みを重々理解しているつもりであった。
「――何があろうと、闇に葬るまでだ」
その言葉と共に、拍斗は動き出した。
マントを翻し、校門を堂々と通り抜ける。
靴を履き替えることなく、そのまま校舎内へと侵入していった。