1、宇木上拍斗
「ん……」
いつも通りの目覚めだった。
毎日寝る時に、彼は布団を使うことはなかった。
いつの頃からか、満足に寝るという行為を忘れてしまったのだ。
彼はいつも、椅子に座ってただ目を閉じるだけ。
それでも、日々を過ごすには充分な位の睡眠時間は確保しているつもりだった。
「……」
闇のように深い色の髪は、手入れをしていないのか傷んでいてボサボサであり、長さは肩の当たり前で乱暴に切り揃えられている。
身長は高くもなく、低くもない。
およそ170位だと思われる。
その身長にしては細い体つきをしているようにも見えるが、無駄な肉がなくて引き締まっている。
どういった経路があるのか、左目に黒い眼帯をつけている。
もう片方の瞳は、紅い色をしていた。
彼の名前は宇木上拍斗。
ただし、この『宇木上』という苗字は彼が生まれつき持っているものではない。
彼の親は、もういないのだ。
「……」
首からぶら下げる黒い楕円形のネックレスは、蓋が開く構造となっていて、中には彼が幼い時の家族写真が収められていた。
そこに写っているのは、どこにでもいそうな幸せな家族。
父がいて、母がいて、自分がいて、妹がいて。
そんな細やかな幸せを……。
「俺が、壊した」
*
この世界では、魔術を使用することが当たり前となっている。
数十年前、とある科学者達の手によって発見され、以降驚くべきスピードで広まっていった。
生活に浸透し、今では魔術なしでは生活が不便になるのではないかと思われる位だ。
魔術の使用には、『生命力』を利用して『魔力』を練る必要がある。
その練り方によって、魔術師の種類は大きく二種類に分けられる。
一つが自然魔術師。
もう一つが科学魔術師である。
自然魔術師は、自らの力のみで魔力を練り上げることが出来る魔術師のことを指す。
任意によって技の出力を変えることが可能で、術を出すまでのタイムラグが発生しないが、自身の体力が影響してくるため、相当疲れている時は、術の威力もかなり下がってしまう。
一方、科学魔術師は体力の影響を受けずに術を施行することが出来、出力も安定するが、特別な回路を用いた科学製品を使用しないと魔力を練成することが出来ず、発生までにもタイムラグが生じてしまう。
彼――拍斗もまた、科学魔術師だった。
ただし、彼の場合は特殊なケースである。
本来ならば、彼は自然魔術師だ。
だが、幼い時に自らの魔力が暴走し、本人の意を介さぬまま、魔術を暴発――周辺一帯を燃やし尽くす程の大火災を引き起こしてしまった。
この影響により、彼は自らの力で魔力を練ることに恐怖を抱いてしまい、トラウマとして残り続けた結果……科学魔術師となったのだ。
才能に愛されていた少年は、その才能によってすべてを失ったのだ。
この火災で彼の両親は死亡。
妹は親戚の家に引き取られることになったのだが、当事者である拍斗を引き取ろうとする者など誰もいなかった。
故に彼は、孤独に慣れてしまった。
「……準備するか」
とはいえ、年齢で言えば十六。
彼もまた、例に漏れず学校に通う高校生であった。
彼の通う学園は、私立雷山塚学園高等科。
都内でも有数の、魔術を先行する学園である。
彼はその学園で、Sクラスという判定を受けている。
学園のシステム上、クラスは八段階に別れていて、一番上がSで、その後は順番に……A・B・C・D・E・F・G、となっているのだ。
ただ、彼はそんな事情などどうでもよかった。
自分がどのクラスに所属しているかなんて、興味なかったのだ。
「……」
学校なんて、単に身を置くだけの場所。
その方が都合いい時があるだけで、基本的には必要のない場所。
彼にとって、学校とはその程度の存在だったのだ。
それに、この学校に通っているのは……。
「……行くか」
呟くと、彼は用意していたカバンを持つ。
すでに制服には着替えてあった。
後は家を出るのみ。
「……」
一度、テーブルの上を見る。
そこには、一丁の拳銃が置いてあった。
リボルバー式のもので、六発弾が入る形式となっている。
これは、彼が魔術を使用する時にいつも利用しているものだ。
それを手にとり、ポケットの中にしまうと、彼は家を出た。
これは、彼の朝の行動。
毎日が、その繰り返し。