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しかたなく英雄的最後を迎えた魔法使いの受難  作者: 伊簑木サイ


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     片割れ

 さて。説教タイムだ。

 言いつけたこともきちんとやらないで、こっそり後をついてきて、挙句の果てに他所(よそ)(さま)の庭を破壊するとは、どういう了見だ。こってり絞ってやらないと気がすまない。

 俺は二人を引き連れて自分の部屋に入ったところで、ソファに直れ、と厳しい声で告げた。というのに、

「はいはいはいはい、わかったから、まずはベッドに入って」

 肩を貸していてくれたルシアンは、ひょいっと俺を横に抱き上げて、すたすたとベッドへと向かった。

「この、ばか、なにっ、やめっ」

「はいはーい、危ないから、暴れないでねー、兄さん」

 ルシアンはくすくす笑った。

「てめー、ちくしょー、全然危なくないだろ、魔法で俺を担ぎ上げてるくせに!!」

 ロズニスが、ささっと動いて、ベッドの上掛けをめくりあげた。そこへ、ふわりと優しく降ろされる。

 なんたる屈辱……!!!!

 ロズニスがかいがいしく靴を脱がしてくれるのに任せながら、下からギロリとルシアンを睨み上げれば、ふふっと上機嫌で鼻先で蹴散らかされた。

 屈辱感の上塗りっ!!!!

 俺のことを思っての行動だってわかってても、男にお姫様抱っこされるとか、受け付けられねーっ。男の沽券に関わるんだーっ。

「次やったら、ただじゃすまさないからな」

 苛立ちのまま凄めば、ルシアンの微笑みもキラキラしさを増した。

「次、無茶したら、公衆の面前で同じことするからね」

 逆に弟に脅されて、俺は睨んだまま沈黙した。ぐうの音も出なかった。

 うわーっ、ちくしょー、ちくしょー、ちくしょーっ。

 俺は足元の上掛けを引っ掴み、頭の上まで一気に引き上げ、背中を向けてごろりと横になって、ふて寝を決めこんだ。

 背後でルシアンがロズニスに指示を出しているのを聞く。

「すぐにおなかすいたってわめきだすから、兄さんに何か軽食をもらってきてもらえる?」

「はい、わかりました。行ってきます」

 軽やかな足音が遠ざかっていって、扉を開けて出ていく音がした。

 静寂が落ちてきた。上掛けの中で、自分の息遣いだけが聞こえる。それでもルシアンの気配は感じていて、怒っている俺には、それが鬱陶しかった。

「ねえ、兄さん」

 俺は返事をしなかった。したくなかった。

「あんな状態で誰かに襲われたら、いくら兄さんでも助からないよ」

 そんなもしもの話なんかに、乗るつもりはなかった。このあいだ、ジジイとルシアンの二人掛かりで説教されて、懲りた。

 誰に何の話をしていると思っているんだ。自慢じゃないが、喧嘩なら負け知らずだ。

 相手が複数なら、その内の一人だけに勝っても意味のないことくらいわかっている。やるなら、全部倒す。そのためには体力魔力の配分も考えるし、多少ずるかろうが汚かろうが手段も選ばない。

 負ければそこでお終いなのだから。俺は勝つ。勝ち続ける。それで問題はないはずだ。

 それに、もしも、と言うのなら、それは諦めてもらうしかない事態のはずだ。その時は、前世のように、絶対に誰かが犠牲にならなければならない災禍が起きた時に違いないのだから。

 だとすれば、俺じゃなければルシアンか、そうでなければ、俺たちの力に匹敵するだけの力を集めるために、たくさんの魔法使いが死ぬことになるだろう。ジジイや、ロズニスも、きっとその中に含まれてしまう。

 だったら俺は、それを人に譲る気はなかった。

 それは、献身でも自己犠牲でも英雄的行いでもない。ただの俺の我儘だ。

 誰も失いたくない。そんな世界で生きたくない。いや、生きていけない。それは、俺が生きていく上で絶対に譲れない、俺の弱さでしかない。

 たぶん、それを暴露すればいいのはわかっている。

 でも、そんな恥ずかしいこと、言いたくないだろ。言えないだろ。それこそ羞恥で、俺は死ねる!

「敵はどこかに隠れて、兄さんが弱るのを待っているかもしれない。いつも目の前にいる奴だけが相手とは限らないんだよ」

 ああ、そうかよ。そんなこともあるかもしれないよな。もしもの話でしかないけどな。

「兄さん。……ブラッド、聞いて。俺の話を、ちゃんと聞いて」

 ルシアンの声に、悲嘆と哀願の響きが混じった。俺はそれに、ぎくりとした。

 したけれど、今さらどうすればいいのかわからずに、そのまま体を硬くした。

 しばらく気まずい沈黙が過ぎた。

「どうしてブラッドが、真理の塔に預けられたと思う?」

 ルシアンが言葉を絞り出すようにして言った。

「どうして俺がアルニムまで行ったり、今はロズニスと二人で、ずっと一緒にいると思う? それに閣下が、どうしていつまでたっても出掛けたままでいると?」

 嫌な予感に、俺は上掛けを剥いで起き上がった。まっすぐにルシアンを見る。

 ルシアンは妙に歪んだ微笑を浮かべていた。

「カナポリで、ブラッドが、全部焼き払っちゃったせいだよ」

 そして震えた息をつき、視線を落とした。

「嘘。正確には、そう思われちゃったせい。ブラッド、不思議に思わなかった? あんな風にするつもりじゃなかったでしょ? 石の欠片も残さず、蒸発させるなんて」

「あれは、俺が未熟だったからだ」

 ルシアンの真意はわからなかったが、それだけは言っておかなければならない気がして、俺は即座に答えた。

「うん、だけど、俺はそれをわかっていて、わざと容量をオーバーさせて送り込んだんだ。ブラッドを気持ちよくさせたかったから」

 そう言ったルシアンの表情に、俺は体の中がざわりとざわめいて、心持ち体を引いた。ルシアンは妙に色っぽく、そして、俺を射すくめる目をしていた。

「俺は、気持ちよかったから。ほら、渇水期に水を蒔いた時に。おかしくなるかと思うくらい」

 俺は思いあたって、息が止まった。

 巨大な魔力は快楽を生む。魔力を操るのは、世界の真理に触れることであり、その力が大きければ大きいほど、魂は深く世界と交わり、言いようのない快楽をもたらすのだ。

 それを俺は、ルシアンに強いていた、と。

 渇水期と言えば、国中をまわって、朝から晩まで毎日毎日一ヶ月も……って、うわああああああ……。

 なんだろう、このバツの悪さは。なんというか、実の弟を手篭めにしていたような……、いやいやいやいや、モノの例えでもそれはないだろう!!

 ぎゃ~~~~~!!!!

 俺は心中、叫んだ。そうでもしてないと、考えたくないことが頭の中をめぐるからだった。

「俺は、ブラッドに、俺に夢中になってほしかった。快楽でもなんでもよかった。それで、俺に縛りつけられるなら」

 一人でわたわたしているところへ、ルシアンの深刻な声が響いて、俺はまた、注意をルシアンに戻された。

「ごめんね、ブラッド。ほんとにごめん。そうやって、俺、いつもいつもブラッドを追い込んで、その度に危ない目にあわせて、したくもないことさせて。ブラッドはいつも、俺のことを一番に考えていてくれたのに。俺はそれを、知っていたはずなのに」

「ルシアン、それは違う。俺は自分のしたいことをしていただけだ。おまえが気に病むことなんて、何もない」

 ルシアンは俺を見もしないで下を向いたまま、横に首を振った。

「なんだよ、俺の言っていることが信じられないのか?」

「信じてる。わかってる。ブラッドは、本当にそう思ってる。だからだよ!」

 ルシアンは悲痛な目を上げた。

「ブラッドは、絶対に俺を責めない。俺のせいで苦しんでも、殺されることになっても、笑って死んでいくにきまってる。でも、俺は、俺だって、ブラッドの苦しみの上でなんか、生きたくないんだよ」

 俺は口を噤んだ。俺には何も言ってやる資格がなかった。

 まさにそれを、ルシアンに押し付けようとしている俺には。

「ねえ、ブラッド、ぺリウィンクルで言ったよね。背中をあずけられるのは、俺だけだって。俺、それで思い出したんだ。俺が、本当に望んでいたこと」

 ルシアンは悲しげながらも、ほんの少しだけ唇に微笑をのぼらせた。

「俺は、ブラッドの横に立てる男になりたかったんだ。そのために力が欲しくて、だから家出して、魔法使いになった。俺は、ブラッドに頼りにされて、一緒に戦える男になりたかったんだよ」

 俺は驚いて目を見開いた。

 一緒に戦う?

「わかってる。まだ、俺の力が足りてないって。頼りないって。だから、待ってて。すぐにもっと強くなるから、それまで、ちょっと自重してて。ちゃんと強くなって、ブラッドに守られてるだけの男じゃなくなって、俺も一緒に戦うから」

 想像してみたこともなかった。

 誰かと戦う? 横に並んで、共に?

「あ……、ルシ、アン」

 何か言いたかった。でも、言葉にならなかった。

 ルシアンの思いに圧倒された。

 ルシアンの思い描いてみせた未来に魅了された。

 いや、俺はそれを知っていた気がした。

 遠い過去に。カナポリ村で鼻水垂らして悪さしていた頃から。

 優しくて、優しすぎて殴ったり逆らったりすることもできず、泣いてばかりいたルシアンが、ただの愚図じゃないってことを。

 だから、小突き倒しても、傍に置いて連れまわした。

 いなくなっても、ずっと探した。

 ……俺も、知っていたんだ。

 ルシアンが、俺の、片割れだってことを。

 俺は、思い出すようにして知覚したものの大きさに、未だうまく馴染めず、ぼんやりとルシアンを見上げた。 

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