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     味方

 師匠の弟子は、ロズニス、ルシアン、俺の三人になった。毎日師匠の研究室で、三人で研究と研鑽にいそしむ日々が始まった。

 ただし、帰ってきてからも何やら師匠は忙しいらしく、ほとんど研究室にいない。

 用事の合間に時々ここに顔を出しては、『くれぐれも危ないことはしないように。ブラッド様、頼みましたぞ』と、特に俺に注意しているのか、俺に他の二人を押し付けているのか判断つかないことを、毎回判を押したように言い置いていく。

 まあ、気持ちはわかる。確かに俺は問題児かもしれないが、密かな厄介さは、二人の方が上回っているからだ。

 なんていうのか、二人ともフリーダムだよな、いろいろと。俺には真似できないって、本気で思うもん。

 そんなわけで、今日も三人で同じテーブルにつきつつ、それぞれに興味の赴くまま、別の課題に取り組んでいた。

 俺は連絡玉の改良。ていうか、魔力の圧縮技術の開発。思いつくままに、見開きのノートにアイディアを書き殴っていた。

 すると、

「ブラッド、ちょっと土の魔力ちょうだい」

 ルシアンに話しかけられる。俺はペンを置いて、そちらに向き直った。上の空で返事してると、危険なことになりかねないからだ。

「いいけど、今度はなんだ」

「これと同じものを生成したいんだけど、精査できるほど魔力が練れなくて。精度がいるものは、やっぱり魔力にムラがあると、うまくいかないね」

 ルシアンは掌の中にあるものを見せてくれた。アダマスの原石だ。今のところ、地上で最も硬い物質だ。

 また、いきなり難しいところから始めてんな。

「生成じゃなくて、変化からやったらどうだ。そうしているうちに、物質の特徴が掴めるから。対象物を理解できてなきゃ、生成は無理だぞ」

「うん。だから、理解するのに、精査したいの」

 言っていることは、正しい。

 ルシアンは系統こそ違うが、俺以上の魔法の使い手だ。なにしろ、前世で王都を覆うほど巨大な魔法陣を、大地に焼き付けることができたのだ。

 その魔法使いが、冷静に必要なことを俺に要求している。

 切っ掛けさえあれば、手順や段階を経ないで高みに一気に到達できるだけの才能が、ルシアンにはあるのだろう。

 そう。俺の体を創造したように。

 それを不意に思い出し、俺は苦笑した。人体が創造できて、鉱物を生成できないわけがない。

「わかった」

 テーブルの上で右手を差し伸べる。そこへ、左の掌を合わせるようにしてルシアンが重ね、お互いに指を絡めて握り合った。

 俺は目をつぶり、意識を集中して、ムラのない調子を揃えた魔力を送る。

 しばらくそうしていると、ふ、とルシアンの手から力が抜けた。次の瞬間、美しく調えられた魔力が流れるのを感じて、俺は手を離した。

 目を開け、見守る先で、さっきまで繋いでいた掌に、小さな粒が現れ出でる。

 アダマスなのだろう。原石ゆえに鈍く濁って見えるそれが、徐々に大きくなっていく。やがて、一握り分もある大きさになったところで、ゴン、と音をたててテーブルの上に落ちて転がった。

 ルシアンが大きな息をついた。それを拾って、俺に差し出してくる。

「どうかな」

 持ってみれば、ずしりと重い。それに、うん、アダマスそのものだ。

「一財産だぞ、これ」

「……だね」

 ルシアンは俺が返したアダマスを両手で包むと、柳眉を寄せて目を細めた。ふくらみが、ぺしゃんとつぶれる。

 分解してしまったのだろう。そうするのが賢明だった。

 どうせ実験中に生成したものは個人の物にはならない。真理の塔の魔法使いは、国家に飼われているのだ。その成果も、すべて国家に帰属する。

 だったら、こんなに簡単に宝石を生み出せると知られない方が、よっぽど面倒事にならなかった。

 だいたい宝石なんてのは、どこにあるのかもわからない土中から苦労して掘り出すから価値があるんであって、ほいほい作れるなら、ガラス玉と変わりないだろ。

 そんなもんで金を稼ぐなんてけったくそ悪い(わりー)こと、したくないしな。

「ロズニス、誰にも言うなよ」

 いつからかこちらをじっと見ていたロズニスに、俺は言葉短く命令した。

 耳に届いた声が、自分でも思ってもみなかったほど低くて冷たくて、ぎょっとする。脅すつもりじゃなかったんだ。ただ、ルシアンが心配だっただけで。

 ロズニスは硬い表情でこちらを見返した。俺は内心慌てて、続けて語りかけた。

「もちろん、ちゃんと師匠には話を通す。だから、その、なんだ、えーと、」

「はいー。言いませんよ~」

 ぼそりと答えが返る。少々拗ねた口調だ。

 彼女はつまらなさそうに、目をそらした。

「わかってますよう。ブラッド様がー、ルシアン様を大事にしていることくらいー。だから私だってー、味方ですー」

 だから味方?

 思いがけない理由に、驚くと同時に、嬉しくなった。

 そっけない顔しながら、ロズニスは、俺の大事なものを一緒に大事にしてくれるって、言ってくれたのだ。

「おう。ありがとうな」

「それに、弟子仲間ですしね」

 ルシアンに視線を向けて、そんなことも言う。

 なんか初めて、ロズニスが歳相応に見えた。頼りがいのある、十八歳の姉弟子に。

 だから俺は、思わず願わずにはいられなかった。

 大切な人たちが誰一人として欠けることなく、傍にいてくれる。

 そして、穏やかで、優しくて、親密な時間を共有できる、こんな関係で、ずっといられたら、と。

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