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しかたなく英雄的最後を迎えた魔法使いの受難  作者: 伊簑木サイ


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     斜め下の決意

 俺たちはまがりなりにも王族で、本来なら護衛だの侍従だのが付く身分だ。王も、降嫁したとはいえ母も、従兄弟である王太子も、王族でなくても要職にある大臣たちだって、ぞろぞろと有象無象を連れ歩いて移動している。

 だが、俺たちの場合、そういうものが付かなくなって久しい。それというのも、自分たちの秘密を守りたいがために、近辺から人を遠ざけ続けた結果だった。

 そんなわけで、格好つかないことこの上ないが、王宮の廊下を、ルシアンは食事を載せたワゴンを自ら押して歩いていた。

 その隣に並んでロズニスが歩き、俺は二人の後ろを妙な気分を抱えてついていく。

 ワゴンを押すなど、王宮内では、本来侍従か侍女の仕事だ。この状況の場合、誰か適当な者を探してきて仕事を言いつけるか、ロズニスに任せるのが正解だ。なにしろ中身がどうであれ、俺たちはネニャフル王国の王子なのだから。

 実際、ロズニスはそうしようとした。真理の塔では、掃除洗濯料理は弟子身分の者の持ち回りだ。いつも俺たちの食事はロズニスが配膳を担当してくれていて、だから当然のようにワゴンの柄に手を掛けようとしたのだ。

 しかし、ルシアンはそれをやんわりとさえぎり、信じられない言葉を吐いた。

「離宮までは遠いから、重いワゴンは女性にはきついよ。俺が押していこう」

 俺は、自分の目と耳を疑った。えっ!? という叫びは呑みこんだものの、目をよくこすってから、耳をかっぽじってみたくらいだ。しかも、

「塔を出るまでは案内してもらえるかな」

 などと、人当たりのいい笑顔まで浮かべている。もちろん、不穏な気配も微塵もなかった。

 ロズニスもロズニスで、こちらです、と、ささっと動いて先に行って扉を開いて押さえてみせたと思ったら、ルシアンを相手にして、ありがとう、どういたしまして、などという、ごく普通のやりとりまで成功させたのだ。

 俺は、他人に親切なルシアンと、とろくさくないロズニスなんていう、信じられない光景にあぜんとした。

「配膳用のエレベータは必要ないよ、魔法で浮かしていけるから」

「素晴らしい腕前でいらっしゃいますね。でもこちらの階段は急なので、お足元にお気をつけくださいませ」

「ところで君はどの属性持ちなのかな。閣下は水と土だけど、君もそうなの?」

「いえ、私は土属だけでございます」

「そう。今度、腕前を見せてくれるかな」

「まだ未熟で、とても殿下にお見せできるようなものでは……」

 などと、今も、和気藹々と会話を繰り広げている。

 こいつら、いったいどこの誰だ。

 ルシアンとロズニスの皮を被った別人じゃないのか。

 俺はあまりの違和感に、体中がざわざわとしてしかたなかった。どうにも気持ちが落ち着かない。一人黙って数歩下がって二人を観察しながら、何が起こっているのかと、猛烈な勢いで考えをめぐらせ続けた。

 時折笑みすら浮かべて、静かに言葉を交わす二人。さっきのさっきまで、こんなふうになるとは、夢にも思っていなかったのだ。

 だって、今、ルシアンが話している相手は、『俺と二人きり』でいた女性だぞ? ルシアンが、そんな人物と楽しげに会話できるなんて。

 ルシアンは俺を慕うあまり、小さい頃は、俺が懐いた侍女のスカートの端を燃やしてしまったことすらあったのだ。

 一瞬で塵も残さず燃やし尽くすことも、風でミンチ状に切り裂くこともできるのに、その程度ですましたんだから、かわいい子供の嫉妬だ。

 でも、その頃、火を扱えるのは俺だってことになっていたから、犯人は俺ということになったのだった。そうして、その侍女に、掌を返したように怖がられて避けられるようになってしまった。

 ついさっきまで微笑みかけてくれていた子供好きの優しい人に、怯えた目で見られるのは、さすがに堪えた。

 ルシアンが疑われるよりマシだったし、しかたのないことではあったのだけれど。

 ただ、俺はそれ以来懲りて、特に個人的に親しい人物を作らないようにしてきたのだが。

 それは膾を吹く的な杞憂だったのかもしれない。嫉妬して攻撃するどころか、ちゃんと優しくしているのだから。

 これはどういうことなのだろう。ルシアンが成長したということなのだろうか。

 それとも。

 俺は突然頭の中に閃いた考えに、息を呑んだ。知らず、足が止まる。

 俺は、間違えてしまったのか?

 愕然としている俺の目の前で、二人が見つめあって、にこりと笑った。

 ……まさか、ルシアンの運命の相手は、ロズニスだったのか?

 その恐ろしい憶測に、俺は足元に底なしの穴がぽっかりと開いたかのように感じた。


 離宮のダイニングルームにはリチェル姫が待っていて、俺たちは四人で食事をすることになった。

 いつもそうだったように、俺とルシアンが並んで座り、その反対側で、俺の前がロズニス、ルシアンの前がリチェル姫だ。

 無駄に立派なテーブルなおかげで、向かい合うと、少々遠く、話がしづらい。いきおい、会話は隣とすることになる。

 女性二人は、会ったばかりだというのに、こしょこしょ話しては、くすくすと仲良く笑っていた。実に楽しそうだ。

 それを、複雑な気分で眺める。

 リチェル姫は国と国が正式に取り決めたルシアンの婚約者だ。俺がそれを望んで、無理矢理推し進めてしまった。

 それだけならまだしも、彼女は本気でルシアンに惚れている。

 もし、本当に、ルシアンがロズニスを望んだら、そしたら、俺は。

「彼女、度胸の据わった子だね」

「え?」

 じっと女性陣を見ているところに急にルシアンに話しかけられて、内容を理解するのに、数秒が要った。

「物怖じしないし、兄さんのことも、ぜんぜん怖がっていない」

「ああ、うん。彼女は最初からそうだった」

 初めてロズニスが挨拶して目を上げたとき、そこに恐怖が浮かんでなくて、俺は心底安堵したのだった。

 それからもずっと、彼女の傍は肩肘張らずにいられた。

 ロズニスは、とろくさくて、細かいことが苦手で、面倒くさがりで、大雑把で、超弩級のマイペースな人間だが、人をけっして色眼鏡で見ない。きちんと真正面から向き合おうとする、芯の強い人だ。

 だからきっと、ルシアンにも安らぎをもたらしてくれるだろう。

 きりきりと胃と胸が痛くなった。なんだかぜんぜん食事が腹に入らない。

 俺は視線を手元に落とし、カトラリーを皿の上に戻した。

 もしも。もしもの時は。

 リチェル姫を攫って国外逃亡しよう。

 俺はそう決めると、さっそく逃亡ルートの構築を頭の中で始めたのだった。

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